幕間 亡命する馬鹿共達

 激しく息切れしたブタもとい、宰相ゴードンは隠れ家に取り撒き達を連れてやってきた。

 別に走ってやってきた訳ではないが、いつもの乗り心地の良い馬車を使うと目立つ為、仕方がなくボロい幌馬車に揺られてやってきた。


 何故、そんなに息切れしているのかというと悪路を速度を落とさずにやってきた為に自分の腹に無駄に余った肉が躍って気持ち悪くなり、そんななか、馬車を降り、階段で考えたら100段ぐらいの坂を昇ったからであった。


 明らかに不摂生と運動不足のレベルではなかった。


 這うようにして歩き、書斎にあるデスクの椅子に座ると目の前にいる者達を見てゴードンは隠さず舌打ちをする。


 ゴードンの取り巻き達は、2通りの反応を示していた。


 1つは、無事逃げられたと安堵する者とこの後の事を思いゴードンに縋るように見つめる者である。


 これには、ゴードンでなくとも舌打ちをしたくなるというものである。


 今までは、馬鹿な奴らだったから使い勝手が良かったがこうなってくると邪魔者以外の何者でもない。


 だから、ゴードンは思う。


 こいつらとも縁の切り時かもしれないと……


「しかし、あのタダの冒険者風情が調子に乗りおって腹立たしいっ!」

「そうだ、そうだ、しかも、フリーガン本部を1人で壊滅させたとか盛り過ぎであろう」


 いつものようにゴードンにゴマすりするやり方だと、くだらないものを見るような目で見つめる。


 普段であれば、それに気分良くしていただろうが、今はそんな状況ではない。


 それを分からずにいつも通りにゴマを擦ってくる馬鹿者達を本気で囮にして国外脱出を計ろうかと悩む。


 もう現状、ナイファにいるのは得策ではない。


 ずっと隠れ続けるという選択肢は嫌だという思いもあるが、エルフ相手にいつまでも逃げ切れるものではない。


 エルフも問題だが、エルフが動くまでには時間の猶予があるが、雄一達が動き出すのは早いはずである。


 この国の軍は警戒に値しない。


 何故ならば、ほぼ機能していなく、下手をすると空中分解する恐れすらある。何せ、国庫には殆ど金などないのだから。


 となるとフリーガン本部を1人でという話を脇に置けば、フリーガンを潰せるほどの戦力を有する冒険者、雄一の存在が目の上のタンコブである。


 ゴードンは思う。


 あの冒険者、ユウイチといった、あの男の名前がどうにも引っかかっていた。どこかで聞いた覚えがあると。


「誰か、あの冒険者を知ってる者はおるか?」


 ゴードンは、考えても思い出せなかったから取り巻きに問いかける。


「あんなどこの馬の骨と知れない者など知ってる者などおりましょうか?」


 先頭に立っていたゴードンを除いた一番の身分の侯爵の男が囀る。


 ゴードンは今は、おべっかではなく情報が欲しいんだ、と苛立ち隠さずに取り巻き達を眺めているとモジモジするように両手の指をワナワナさせる男に気付く。


「確か、お前はザザラン男爵だったか? 何か知っているのか?」


 モジモジするように困った顔をしていた男爵に声をかける。


 話しかけられた男爵は更に挙動不審になりながらもゴードンに促され口を開く。


「わ、私の記憶違いでなければ……ゴードン様が以前、冒険者ギルド長に出る杭は打てと仰った相手ではないかと……」


 そう言われたゴードンではあるが、心当たりがいくつもあり、眉を寄せる。


 気分次第でやり、その冒険者の恋人を奪う為になどという理由であれば数えるのも億劫になる数である。


「そんな適当な説明があるかっ!」


 先程、ゴードンにおべっかした侯爵が男爵を叱責する。


 それを見つめるゴードンは、それでもお前よりは有能そうだと思った言葉はかろうじて飲み込む。


「そ、その冒険者は、ロン侯爵の縁戚だったポメラニアン子爵と対峙して潰した男でございます。500という数の相手を5分とかからず殺さずに鎮圧し、そして……」

「ああ……あのドラゴンを倒したという冒険者か……」


 そこまで言われて、やっと雄一の事を思い出したゴードンに男爵は「その通りでございます」と頷く。


 ゴードンは、フリーガン本部を1人で壊滅させたというのも眉唾じゃないかもしれないと唸る。


 そうなると雄一の危険度レベルが上がり、ここにいられる時間が更に減った事に舌打ちをする。


 できれば、ここから隣国とゆっくり交渉して少しでも条件を悪くしないで協力を得ようと考えていたが3割は国を取られる覚悟も必要かもしれない。


 色んな意味で失態を重ねて焦った侯爵が勢い込んでゴードンに言ってくる。


「とはいえ、所詮は冒険者。先程、部下の報告を聞いたところ、フリーガン末端は勿論、私達と懇意にしていた商人共も襲い、金なども根こそぎ奪っていったようですな。生まれが知れると言うもの」


 無能は囀るな、と叫びたいのを堪える。


 その言葉に反応するように仕方がなく言葉を洩らす。


「冒険者など金の為に動いておる。どさくさに紛れるだろうな。何せ、フリーガンの資金だけでも国の予算レベル……」


 そこまで口にした瞬間、ゴードンの背中に冷たい汗が伝う。


 ゴードンは、手で口を覆い、声を洩らさないようにして言葉を発する。


「もし、あの冒険者が自分の懐を暖かくする為にではなく、別の目的の為に集めているとしたら……」


 ゴードンがブツブツと言うのを見ていた取り巻き達が首を傾げて近くの者達と目を交わし合う。


 そんななか、雄一の説明をした男爵が言ってくる。


「ゴードン様、一応、最悪の可能性は考えられた方が良いかと具申させて頂きます。ここを早めに放棄されたほうが安全かと」


 男爵の言葉に反論を始める取り巻き達。


 やっと逃げてきて一段落と安心した場所を手放せと言われて怒り狂っていた。


 ゴードンは、そう言ってきた男爵を見つめ、この男爵の優先順位を上げる。


 勿論、見捨てない順番である。


 正直、ゴードンとて騒ぐ馬鹿共と同じく、もう少しここでゆっくりしたい。


 だが、このまま座すると破滅の可能性が見え隠れしているのに留まるほど馬鹿ではない。


「ザザラン男爵、すぐに出る用意を始めろ」


 男爵は短く返事を返すとすぐに部屋から出ていった。


 どうしてだとか、考え直せなどとピーチクと騒ぐ取り巻きを無視して隣国パラメキとの交渉を考える。


 これはさすがに3割で被害を収めるのは無理と判断する。


 半分は持って行かれる覚悟を決めると取り巻きを放置して、書斎から出ていった。


 だが、このまま尻尾を巻いて逃げるのは腹立たしいゴードンは一矢報いる為に自分に着いてきている部下に命令する。


「あの者に連絡を」


 そう言いながらも嫌がらせぐらいにしか効果がないだろうと分かりつつもやらずにはいれないゴードンであった。




 そして、半日後、テツ達がこの隠れ家に気付いてやってくると、もぬけの殻になっていたと雄一に報告された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る