第112話 遠吠えと祈りらしいです

 テツ達と別れて街の端に来た辺りで雄一は振り返り、心配そうにするのを見たリホウは肩を竦める。


「アニキ、任せたんだから心配するのは止しましょうよ。だいたい、アニキが「お前達が口を弾いたケツは自分で拭け」と言って責任者にしたんでしょうに」


 雄一はリホウの言葉に不機嫌そうにするが文句は言ってこない。


 さすがの雄一も言い分が通ってる事を捻じ曲げようとはしない。言われなくとも分かっていた事である。


 再び、目的地を目指して歩き出すと溜息を突きながら両手を翳すようにして首を振りながらリホウも着いてくる。


「だいたい、小さい子だけに甘いと、あの3人に誤解されてますが、あの3人の目の届かない所ではアレコレと世話焼いて心配してますから……あっ、アニキってツン……ぎゃぁぁ!」


 突然振り返った雄一にアイアンクロ―を食らうリホウ。


 雄一は冷たい声でリホウに問う。


「もう人生味わい尽くしたか?」

「アニキっ、マジ、スンマセン。やっと最近、人生が楽しくなってきた所なんで命大事にしたいです!」


 雄一の手を両手で必死に抑えて、「もう絶対にからかいません」と涙ながら許しを請う。


 そんなリホウを一睨みすると雄一は、フンッと鼻を鳴らすとリホウを放り投げる。


 解放されたリホウはコメカミを撫でながら雄一の後ろに戻ると、いつもの笑ってるのか笑ってないのか分からない顔を向けてくる。


「で、アニキ、俺達はどういう作戦でいきます?」

「どうもしないぞ、正面から普通に入っていくから戦闘が始まったと思ったら、お前も参加しろ」


 雄一のドンブリ勘定するような作戦にリホウは「へっ?」と呆けたように見つめて我に返ると雄一に問いかける。


「いや、さすがにそれは不味くないですか? アニキに勝てるような相手がいないのは分かりますが、人質を取られたら面倒じゃ?」

「ああ、だから人質に取られないようにすればいい」


 リホウの忠告も雄一はできれば苦労しないと言わんばかりの事を当然のように言う。


 雄一の言葉を聞いて、頭痛がするようで頭を抱えるリホウだが、相手は雄一だと思ったようで諦めたらしく肩を竦める。


 リホウは、「なんかとんでもないモノを見れそうな予感がしますねぇ」と他人事のように呟くと北の森へと入っていった。




 しばらく森を歩くと雄一達が住む家ぐらいの建物が見えてくる。


 その建物には巡回する者や門番の姿があった。


 雄一が振り返り、黙って掌を向けて止めてくるのをリホウは頷いて待機する。


 それを確認した雄一が、どうやって侵入しようとしてるのかを見守ろうとリホウが見つめる。


 雄一が取った行動を見たリホウは思わず、声を出して雄一を止めようとするが寸での所で口を塞いで耐える。


 雄一が取った侵入する方法は見た目は至ってシンプルであった。


 巴を肩に担ぎながら、市場を歩くように悠然に堂々と歩いていた。


 だが、巡回する者も門番も目の前を通りかかられても雄一の存在に気付かない。


 雄一は、テツに教えていた歩法を使っていた。廻りの者の意識と意識の隙間を縫うようにして歩いていたのである。


 だが、今回は、それとプラスに雄一を覆うように水の幕を作り最高の透明度を誇るが、雄一だけは光を屈折させて外に漏れないようにするという安全策も打っていた。


 それなのにリホウには見えるような小細工をする芸の細かさを見せる。


 いくら自信があるとは言っても、中の人を危険にさせるのは雄一の本意ではなかったから念には念を重ねた。


 そんな雄一であるが、扉の隣に立つ者に扉が開くのを意識させずに入っていくのを見ていたリホウは全力で呆れ、そして、諦めの溜息を零した。



 中に入った雄一は、辺りを見渡すとカードゲームをしながら酒を飲む男達4人と空いたドアの向こうで椅子に座り、船を漕ぐ眼鏡をかけた者がいるのを確認する。


 廻りには鉄格子の牢屋のようなものが並ぶようにあり、勿論のように酒を飲んではいたが一応は見張りもいる。


 一番手前の牢屋をを覗いていくとぼろ布を羽織るように着るガレットと同じぐらいの年頃のウサギ耳の少女が膝を抱えて震えていた。


 他の牢屋も見ていくが酷いモノであった。


 ほとんどが女であったが極少数、男も居り、最初のウサギ耳の少女のように震えていた。


 中には、裸で両腕を鎖で繋がれて、無理矢理立たされた格好で放置されている娘もいた。


 そして、ピンク髪の小さな耳を持つ男女を発見すると雄一は目を剥く。


 おそらくミュウの親と思わしき者の深刻な状況に気付いた雄一は、時間の猶予はないと判断して囚われている人達に水で作ったバリアで覆うとリホウが待機してる辺りからドーム状に水で結界の真似事をする。


 早速、掴まってる人を解放する為の狼煙を上げる為に牢屋を見張ってる男目掛けてウォータボールを放つ。


 男ごと壁にぶつかり激しい音をさせて壁が壊れる。


 その音に飛び起きた男とカードゲームを楽しんでいた男達が牢屋の方へと集まってくるが雄一に巴で薙ぎ払われる。


 首と胴がサヨウナラした4人が転がるが雄一は目も向けずに、表でも男の断末魔が聞こえてくるのを確認していると建物にリホウが入ってくる。


「表にいたのは始末してきました。まだいますか?」

「もう、いない。それより、急いで戻ってミュウを連れてこい、大至急だっ!」


 リホウは一瞬、人質の人達の処遇を聞こうとしたが、切羽詰まった雄一の瞳に黙らされて頷くと建物から飛び出していった。


 リホウを見送った雄一は片っ端から牢のカギを壊していく。


 牢の中に居る者達に申し訳なさそうに雄一は言う。


「悪い、すぐに保護して連れて帰るつもりだったが、少し待って欲しい。アイツ等の仲間が戻ってきても全部返り討ちにすると誓うから、俺を少しの間だけ信じてくれ」


 そういうとピンクの髪の男女がいる部屋にやってくる。


 扉を開けて入ると他の牢屋でも糞尿の匂いはしたが、ここにはそれより酷い腐敗臭がした。


 その男女の間で膝を着いて2人の様子を窺う。


 2人とも顔が青白く、生きてるのかと疑うレベルだが、辛うじて生きているのが分かる。


 だが、2人とも体の一部が腐り始めていた。


 とてもじゃないが下手に動かせない。


 雄一は2人の肩を片手ずつ触れると回復魔法を行使する。


 すると、眠るように目を瞑っていた2人が苦痛に顔を歪ませるようにして目を覚ます。


 目を覚ました2人は回復魔法をかける雄一に気付き、男の方が雄一に言ってくる。


「ど、どういう状況か分かりませんが、もうほっといてください」

「駄目だっ!」


 雄一は男の言葉を全力で否定する。


 反対側の女が雄一を涙を流しながら懇願してくる。


「もう助からない。廃薬を打たれ過ぎて、体は無茶苦茶、体を傷つけられてボロボロです。それなのに無理矢理回復させられると死んでた感覚まで戻り、これでは拷問と変わりません」


 涙する女の顔を見るのは辛いがミュウの面影を感じさせるこの女性は間違いなくミュウの母親だろう。


「ああ、俺はお前達に酷い事をしている。お前達を見た瞬間、もう助けるのは無理だと俺も分かっている」

「だったら、このまま眠らせるか、ひと思いに楽に……」


 男がそう言ってくるのを聞いた雄一が怒鳴る。


「娘に残すのはお前達の死体だけにするつもりかっ!」


 そう叫ぶ雄一の言葉を聞いた2人は目を剥いてくる。


「む、娘ですって……」

「み、ミュウを知ってるのですかっ!」


 2人は劇的な反応を示してくる。


「そうだ、今、ミュウは王都にいる。仲間に迎えに行かせている。だから、もう少し耐えてみせろ! ミュウは寝ながら、アンタ達を呼んで泣いた事は1度や2度じゃないんだぞ!!」


 苦しそうに見つめる雄一をジッと見つめる父親と声を殺して泣く母親。


「娘に会わせてください。その為ならどんな苦痛を伴おうとも喜んで耐えてみせます」


 静かに見つめて言ってくる父親に追従する母親。


 雄一は回復魔法に使っていた魔力を更に上げる。


「任せろっ! 俺がミュウが来るまでアンタ達の命を繋いでみせる。だから、アンタ達はミュウが来てからの時間を作ってみせろ」


 そう言うと2人は目を瞑り、楽な姿勢を取る。


 そして、「ありがとう」と呟くと息を浅くして痛みで苦しいはずなのに笑みを浮かべて、その時を待ち続けた。



 それから、どれくらいの時間が経っただろうか、表の扉を蹴り開けるような勢いで開く音がするとミュウを抱え息を切らせたリホウが雄一の下へと駆けこんでくる。


 ミュウの両親は、ミュウの姿を確認すると嬉しげに微笑み、リホウに床に降ろされたミュウは放心するようにふらつきながら両親の間に行くとペタンと座る。


「ミュウ、元気そうで良かった」


 そう呟いた父親がミュウの頭を撫でようと腕を上げようとするが、後ちょっとというところで腕が落下する。


 だが、それを支えた雄一が父親の手をミュウの頭に持って行く。


 雄一に礼を言う父親は震える手でミュウの頭を一度撫でるとすぐに床に手が落ちる。


「少し、大きくなったかな? お母さんに顔を見せて」


 ミュウの大きな瞳にはやつれてやせ細っている母親の姿が映っているが、現実が受け止められないようで機械仕掛けの人形のようにぎくしゃくと動く。


「毎日、ご飯食べてる?」


 そう言う母親にミュウは、力なくガゥと頷く。


「毎日、楽しいかい?」


 父親の言葉にガゥと頷くと同時にミュウの瞳から涙が零れる。


「お友達はできた?」

「アリア、レイア、それにスゥにイッパイ、イッパイ」


 一度零れ出した涙は止まらず、鼻声になりながら必死に母親に伝えようと小さな体で身ぶりをして説明する。


「ユウイチさんの事は大好きかい?」

「パパとママと同じぐらいに!」


 そう言ってくるミュウに父親は嬉しそうでもあるし、悲しそうでもある笑みを浮かべる。


 父親はミュウから雄一に目を向ける。


「ユウイチさん、お願いがあります」

「ヤッ! パパもママもユーイと一緒にいたいっ!」


 何かを感じとったミュウが父親の胸に縋りつく。


 父親も一瞬泣きそうな顔をするがそれを飲み込むように伏せると再び、雄一を見つめて口を開く。


「2つお願いがあります」

「ああ、いくつでも言ってくれ」


 そう言う雄一に「有難うございます」と母親のほうが礼を言ってくる。


「1つは、これからもミュウをよろしくお願いします」

「そんなのは頼まれなくとも立派に育ててみせる」


 父親は優しげな笑みを見せて頷くと、2つ目のお願いをしてくる。


「妻が着けている首飾りの宝石に魔力を込めてくれませんか? その宝石は強い魔力を込めると想いを宿らせる事ができると言われているのです」


 了承した雄一は、父親に言われるがままに夫婦の腕を伸ばさせて2人が宝石に触れるようにさせた後、魔力を込めると宝石が七色の光を生む。


 だが、すぐに光は落ち着くが最初と比べて光沢が出ていた。


「ミュウ、この首飾りを着けておいて。もう、パパとママは一緒に居られないけど、心はいつでもミュウと一緒だから」

「ヤッ! パパ、ママ、頑張ってっ!」


 そう言って母親を見たミュウの瞳は驚きで見開く。


 母親の腕が渇いた土が崩れるように腕が落ちるところを目撃した為である。


 慌てて父親のほうを見ると父親は足が既に土のようになってるのを見て、雄一に縋りつく。


「ユーイ、お願いっ、パパとママを助けて!」

「……スマン」


 雄一は歯を食い縛りながらミュウの悲しみに彩られた瞳を見つめる。


 もう既に雄一の魔法を受け付けない体になっていた。ミュウが到着する前に。


 まさにここまで話せてるのは、ミュウに対する親の愛の力としか言えない状態であった。


 ミュウは雄一なら何とかできるはずと必死にお願いするが、雄一は、「スマン」と言い続けた。


「ミュウ、ユウイチさんを困らせたら駄目だ。ユウイチさんが居なかったらミュウとお別れもできなかったんだから。それより、もう一度私達に顔を見せてくれないか?」


 どうしたらいいか分からないミュウの肩をゆっくりと押して両親の前に立たせる。


 涙で濡らす我が子を優しげに見つめるミュウの両親。


 そして、ミュウの両親はミュウに傍で見ている雄一にも伝わる愛しさが溢れる想いを言葉にして伝える。


「やっぱり、泣いててもミュウが世界一可愛いな。母さんに似てくれて有難う」

「ふふっふ、お父さん譲りの眉毛がチャームポイントだからよ」


 そう微笑むミュウの両親の顔にひび割れが入るのを見て雄一は、終わりの時を知り、ミュウに首飾りを着けて両親に披露する。


 そんな雄一の心遣いを感謝の籠った目をむけると雄一は首を横に振る。


 俺に構うな、という意思を込めて。


「ミュウ、ユウイチさんの言う事は良く聞くんだよ?」

「友達は大事にしてね?」


 両親の言葉に止まらぬ涙を流しながらミュウはガゥと頷く。


 ミュウの両親は、雄一に目礼すると再び、ミュウを頬笑みながら見つめて心からの言葉を贈る。


「「ミュウ、愛してる」」


 その言葉を言った直後にミュウの両親は土のように崩れる。


 ミュウは雄一に抱きつき、雄一の肩を遠慮のない噛みつきをする。


 血が流れるほど噛まれている雄一は、声どころか体を微動だせずにミュウを受け止める。


 頭を撫でられて泣くミュウが噛みつくのを止めると遠吠えをするように吼える。


「ワォォォォ――――ン!!」


 その悲しげな遠吠えは、まるで両親を送る祈りのように雄一には聞こえた。

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