第110話 王都到着、後は夜を待つだけらしいです

 リホウからの報せを受けた雄一達は、次の日には王都を目指して出発していた。


 学校の子供達はシホーヌとアクアに任せて、北川家総出で出かける事になった。


 あの2人以外、総出という事はテツ達は勿論、アリア達、ちっちゃい3人とゼクスとスゥ、オマケでステテコを含んだメンバーである。


 ダン達は王都にいるし、コミュニティで死ぬ恐れがある事を言い含めた上で着いてくると言った者も雄一達とは違う馬車を調達して王都に向かう手筈になっていた。


 総勢50名ほどの集団である。


 後はエイビスがどれくらいの人数を出してくるかによって一気に殲滅できるかが決まってくるが、既にいくつかの優先順位は決めてあるので取捨選択は悩む事はない。


 最低、2つは間違いなく電撃作戦で潰しておこうと決まっていた。


 まず狙うは廃薬工場、つまり元の世界で言う麻薬工場である。


どうやら、金を得る為には何でもやる集団のようであるから持ち逃げされる前に抑えて焼き払ってやろうという考えである。


 もう一つは、ミュウの親など奴隷目的で調教や捕獲場所になっている、奴らの言葉を借りるなら牧場から潰す。


むしろ、雄一からすれば、これが大本命である。


 御者をしてる雄一の頭の上でまた王都に遊びに行くと勘違いしているミュウを見つめる。


 雄一の背中のほうにいるレイアとじゃれて楽しそうにしているミュウには、まだ親らしき者が見つかったという話はしていない。


 ミュウの親だとして、どんな状態でいるかも分からない以上、ミュウに報せるのは躊躇われた。


 それに最悪、ミュウが親を求めて飛び出すおそれもあったので伏せた。


 だが、それが一番の理由ではないという事に雄一自身が一番分かっていた。


 それは、ミュウの両親が無事に居て欲しいという願いとミュウとこれからも一緒に生活していくというのは、両立が難しいと雄一は考えていた。


 そう、雄一はミュウとの別れの時を感じて寂しいという気持ちも後押ししている事を自覚していた。


 それでも、雄一はミュウには両親と幸せに生きて欲しいと願う。もう自分には叶わない願いだから。


 だからこそ、雄一は腹の底で暴れるような感情を持て余す。


 ミュウの幸せな毎日を奪った宰相ゴードン、お前の廻りを全て破壊してから喉元に巴を突き付けてやると心に決めていた。


 例え、ミュウの両親に傷一つなかったとしてもだ。


 怒りを顔に出さないように意識しながら膝で眠るアリアの頭を撫でる。


 最近やたらと雄一をサンドバックという勘違いが進んでるんじゃないのかというレイアの蹴りを掌で受け止め、馬車を王都へ目指して走らせ続けた。





 3日後、王都に着いた雄一は真っ先に『マッチョの集い亭』に向かった。


 アリア達を預ける為である。


 マッチョの集い亭の扉を開けるとドアベルの音と共に「いらっしゃい」というミランダの声がする。


「あら、雄一。また泊りに来てくれたの?」

「まあ、俺は泊らないけど、この5人とジイさんを頼みたいと思ってな」


 ミランダは肩を竦めるとミュウをチラリと見て、雄一を見つめる。


「色々、大変そうね。色々と聞いてるわよ?」

「本当にアンタが何者か知りたくなるセリフだな」


 そんな雄一のセリフも余裕の笑みで受け流すミランダに勝てそうもないと諦めると、ちっちゃい4人の肩を押してミランダを見つめる。


「頼めるか?」

「ええ、任せて。この宿の住人には指一本だって触れさせないわ」


 そう言うとミランダは4人の下へくると4人纏めて抱き締めて、「しばらくミランダと一緒に遊んでね」と微笑む。


 雄一は名残惜しそうに4人に「いってきます」と手を振ると振り返される。


 ゼクスは雄一を見上げてくる。


「ユウイチ父さん、ご武運を……」


 雄一はゼクスの言葉に拳を突き上げて応えるとマッチョの集い亭を後にした。





 マッチョの集い亭を出て、大通りに出るとリホウとダン達が雄一と合流してくる。


「アニキ、後続の冒険者達の1つ目が王都入りをしました。他の4つもすぐに来るかと思います」


 リホウの報告に頷く雄一は、隣のダン達に目を向ける。


「エイビスさんのほうは、既に準備万端でいつでも声をかけてくれたら動けると言っておられました」

「どれくらいの数が動かせると言っていた?」


 雄一の質問をトランが答える。


「1000名ほどの兵隊を集めていると言っておられました」


 その言葉に絶句する雄一は、エイビスの力の入り様に頭が痛くなってきたので頭を押さえる雄一にラルクが傷痕をなぞりながら溜息を吐いてくる。


「俺達も王都で時間があったのでエイビスという人となりを伝聞だけではあるが拾って集めましたが、あそこまで誰かに執着するような人じゃないようですよ? ユウイチさん、貴方はあの人に何をしたんですか?」

「いや、特に何もしてない。向こうから勝手に接触してきて勝手に気に入られただけだ」


 そういう雄一であったがダン達3人は、心の中で絶対に嘘だ、と決めつけて信じていなかった。


 そのどちらの思いも理解するリホウは必死に笑いを堪える。


 確かに何を要求されるかと思うと頭が痛い思いだが、とりあえず、今は忘れようと雄一は腹を決める。


 1000という数が使えるのは大きい。


 宰相が抱える組織の末端まで全て一気に攻め倒せる数である。


「リホウ、宰相が抱える組織名は何だった?」


 そう聞く雄一に「フリーガンです」と答えるリホウ。


「ダン、トラン、ラルク。エイビスに伝言を頼む。日付けが変わるタイミングでフリーガン本部以外の組織を攻める。そこで得れる物は基本、好きにしていいが廃薬と人身売買絡みを懐に入れようとしたら、お前の前に俺が立ち塞がると思え、と伝えてこい」


 作戦の優先順位を書いた捕獲された人達がいる場所と一番大きな廃薬工場以外を潰すように伝えさせる為にラルクに書類を手渡す。


「ひぇぇ、あのエイビスさんに連絡といえど、それを言うのって勇気いるんだよな……」

「泣き事言わずに頑張ろうよ、ダン」

「そうだぞ、それより怖い人だと知ってる人に言われている言葉を曲げるほうが俺は怖い」


 リホウは、気が重そうなダン達の肩を叩いて、「まあ、頑張ってこい」と送り出してやる。


 それで踏ん切りが着いたらしいダン達が、「では、行ってきます」とマシな顔になって走っていった。


 走りゆく3人を見送ると雄一はリホウを見つめる。


「上司役が板に着いてきたな?」

「そりゃあね、コミュニティの代表代理やら色々、お任せ頂いてますから?」


 リホウの囁かなイヤミを鼻で笑って流す。


 勿論、リホウも雄一に効果があると思って言ったセリフではないので、すぐに気持ちを切り替えて質問する。


「それでこちらはどうしますか?」

「廃薬工場は規模も人も多いらしいから、来る冒険者全振りでいく。その指揮をテツ達3人任せて、監禁場所には俺とお前の2人で行く」


 その言葉を聞いたリホウは肩を竦めながら聞き返す。


「さすがにテツ君達には指揮は早過ぎませんか?」


 純粋な戦う力ならあの3人は雄一を除けば、突き抜けている。が、あくまで単独で戦うならである。


 雄一とて、そんな事は言われなくても分かっている。


「こないだのパパラッチを潰した時に置いていった事を責められたんでな。その大口をきいた代償はしっかり払って貰わないといけないだろう?」


 一見、無茶苦茶言ってるように見えるが雄一の優しさが見え隠れしている事をリホウは気付いていた。


 その言葉通りであるなら3人を一緒に行動させる必要はないのである。


 エイビスに任せた組織潰しのリーダーとしてバラバラに派遣すればいいのである。


 それを3人を一緒にするとこで手探りとはいえ、3人寄れば文殊の知恵というだけあって考えも気持ちのゆとりも持てるように配慮されていた。


「今のアイツ等は経験すればするほど、血肉にしていくからな。今が伸び盛りだ」


 そう微笑む雄一の顔は優しげであったが、すぐに引き締める。


「後続の冒険者達にしっかりと通達して夜まで体を休めるようにと、酒は飲むなとは言わんが酔うまで飲んだら言い訳を言おうが問答無用で俺が殴ると言っておけ」


 雄一の殴るという件で首を竦めたリホウが、「了解しましたっ!」と言うと冒険者とテツ達が待っているところを目指して走り出した。


 それを見送った雄一は、最古の受付嬢のユリアに会う為に冒険者ギルドに向かった。





 冒険者ギルドに着くと見目麗しい受付嬢と初めて接する機会を得るが、今のその時じゃないと心で号泣しながらユリアを呼んで貰う。


 しばらくするとユリアが出てくる。


「おや、ユウイチじゃないかね。また何かをやらかしに来たのかい?」

「おいおい、前回は俺が巻き込まれた側じゃないか」


 雄一の物言いにユリアは薄ら笑いをしながら流し目をする。


「今回のは否定しないんだねぇ」


 そう言ってくるのを雄一は笑みを浮かべるだけで答えなかった。


 その替わりに雄一は世間話を始める。


「今夜の月夜は綺麗だろうな。酔客共が騒ぐ煩い夜になるだろう。でもなあ、せっかく気持ち良く酔ってるのにそれを邪魔してくる者がいたら酔いも冷めて気分台無しだよな?」


 カウンターに乗り出してユリアを覗き込むようにして言うと一瞬、眉を寄せて考える素振りをしたユリアが楽しそうな笑みを浮かべる。


「確かにそれは興醒めもするねぇ。分かったよ、冒険者達には一声かけておくし、兵士達には鼻薬を効かせておくとするよ」

「助かるぜ、ユリア姉様。この借りはいつか返すよ」


 雄一の物言いにユリアは鼻で笑う。


 それを苦笑して受け止めると雄一は冒険者ギルドをユリアに後ろ手で挨拶しながら出ていく。


「後は、夜を待つだけだ……」


 そう言うと雄一は街の雑踏に紛れて姿を消した。

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