第86話 中途半端に置き去りにされた気持ちらしいです

 ポプリにギルバードの事を冷やかされた次の日の朝。


 宿屋の前には昨日の夜の話の主役が待ち構えていた。


「よぉ、偶然だな。これから出発か?」


 イヤミを感じさせない笑みを浮かべる二枚目であるが、やっている事は突っ込みどころ満載でどう扱ったらいいやらと困る一同の輪に自然に入ってくる。


「で、これからどこに向かうんだ?」


 と最初はホーラに問いかけるが、片手で顔を覆って今日は隠す気がないのか盛大に溜息を吐かれるが、気にした様子を見せない。


 ホーラが答える気がないと分かると近くで目を白黒させて対応に困るテツの肩に腕を廻して、「で、どこいくの?」と聞く。


 テツが馬鹿正直に答えようとしたのをホーラが止める。


「聞かれたからって何でも答える必要ないさ」

「でもねぇ、ちゃんと答えたほうが良くないかな? これから行く場所は惚れた腫れたで着いてきたら本当に危ないし、警告の意味でも教えてあげたら?」


 ポプリが止めるホーラに忠告してくる。


 昨日のままであれば、ただ、面白くてからかうネタであったが、今日もとなると危険なのはギルバードだけに関わらず、自分達にも影響する話だとポプリは言う。


「そうですね、話す機会も必要もなかったので伝えてなかったのですが、私とシホーヌの力は使う制約があります。大きな力を行使する条件がある人物が家族と認めた相手のみとなります。もし、彼が付いてきて大怪我をしたとしても私達は何もできません」


 切り傷や骨が折れたぐらいであれば問題はないとアクアが言ってくるが、今回の相手はそれだけで済む相手ではない。


 再び、盛大な溜息を吐くホーラは、どうしたらと目をギルバードとホーラを行き来しているテツに「教えていいさ」と伝える。


「えっとですね? 僕達は、ベへモスを狩りに行きます」

「ベへモス? なんだ、それは」


 テツは、家で説明されたはずの内容を必死に思い出しながら答える。


「口元からでかく長い牙を生やし、その牙より長い鼻を持つ巨体のモンスターらしいです」

「そんなのがいるんだ。どれくらい強いんだ?」

「ドラゴン並らしいのよ。だから、貴方が付いてくる気のようだから最初に警告しておくわ。来たら本当に死ぬわよ。貴方を追い払う為のウソじゃない。まあ、私としたら、貴方に頑張って貰ってライバルを減らしてくれるのは歓迎する立場だしね」


 そう言ってくるポプリの言葉にウソはないようだと感じたようであるが、また、ポプリの言葉でホーラに思い人がいる事にも気付いたようである。


「そんな危ない場所に行くなら、微力ながら俺も行くぞ!」


 余計に引き下がれないとばかりに言ってくるギルバードにホーラは頭を抱える。


「最後の一言は明らかにいらなかったのですぅ」

「あはは……本音が出ちゃいました」


 鼻息荒くするギルバードを横目に見ながらホーラは言う。


「自意識過剰と自覚して言うけどアンタの気持ちは嬉しいさ。でも、アタイがアンタに惚れる可能性はない」

「はっはは、お前がそんな簡単に靡いてくれるなんて思っちゃいないさ。そんなお前が俺は好きだ」


 気持ちがいいぐらい言い切るギルバードに、シホーヌとアクアは完全な観客気分なので黄色い声を上げるが、当事者の3人は渋い顔をする。


「これが日常生活での話なら私も後ろの2人に混じって楽しむところなんだけどね? 本当に邪魔なの。貴方の身を心配するどころか自分達だけで精一杯なのにいつまでも相手にはしてられないわ」


 ポプリが冷たい目と声でギルバードに威圧をかけるようにして言葉を紡ぐ。その威圧にギルバードは冷たい汗を掻き、唇を噛み締める。


「君みたいな小さな子が戦える相手なら……」

「貴方、灼熱の魔女という二つ名を聞いた事はないかしら? それ、私の事よ? 加えて言うなら、ホーラもテツ君もまだ知名度はないけど私達3人は実力が近しい者達よ?」


 絶対、雄一は一生お目にかかれないだろうという冷徹な瞳でギルバードを見つめるポプリは、「こないだあった中止になった冒険者ギルドの大会の実質的な優勝者は貴方が気軽に肩に腕を廻しているテツ君よ?」と鼻で笑う。


 驚きの瞳をテツに向けるのでテツは慌てて答える。


「ポプリさんは、ああ、言ってますが、決勝戦は行われる前に中止になりましたし、勝負は時の運ですからどうなったかは分かりませんしね」


 照れながら頭を掻くテツは、「えへへっ」と笑みを浮かべる。


 テツにとって大会の結果などどうでもいい。


 ティファーニアの顔を笑顔にする為に戦い剣を振るったのでティファーニアが大事にする兄弟達の未来を守れたので本懐は遂げていたからである。


「ポプリもそれぐらいにしとくさ。これで少しは分かったさ? 照れ隠しや、アンタを追い払おうという方便じゃないのさ。本当にアタイ達はギリギリの相手と戦う事になる。そこにアンタがいれば、アタイ達の身が危ない」


 ホーラはそう言うとシホーヌとアクアを連れて、ギルバードを放置して馬車へと歩き出す。


 歩き出したホーラに着いていくようにポプリも続き、テツはギルバードに「気を落とさないでくださいね」と苦笑いをしながら頭を下げると追いかけるように走って行った。



 ギルバードと距離ができてシホーヌとアクアは振り返り様子を見てホーラに声をかける。


「ギルバードって子。置いて行かれた犬のように寂しそうにしていますよ。なんとなく、ああいうのを見るとテツに似てる所があるから可愛そうな気がしますね」

「しょうがない所もあったと思うけど、ちょっと冷たかった気がするのですぅ」


 その2人の物言いに溜息を吐きながら答える。


「じゃ、どう答えたら良かったさ? アイツの身の危険は2人がカバーできないさ? 何より、応える気がない気持ちを中途半端に濁してどうなるさ」


 ホーラの言葉にシホーヌとアクアは顔を見合わせて困った顔をする。


 だが、ポプリは、この際とばかりに言う事にする。


「そう言うホーラだって、ユウイチさんにはっきりとさせてないじゃありませんか? あの鈍いユウイチさんの事ですから、間違いなく娘、もしくは、妹として慕われていると勘違いしてますよ?」


 その言葉にホーラは苦虫を噛み締めるような顔をし、テツは苦笑を浮かべる。


 劇的な反応を示すのは、呑気そうだった2人、シホーヌとアクアであった。


「えっ、えっ、ホーラは主様を一人の男性として見てたのですか?」

「こ、こんな近くにライバルがいたのですぅ!」


 鈍かったのは何も雄一だけではなかったようである。


「えっと、今の反応を見て、もしかしたらと思うので言っておきますが、私もですからね? 私ははっきり言ってるけど冗談だと思われてるような気がするから言っておきますが」


 それにも驚かれ、ポプリは本気で悲しくて涙を目尻に溜める。


 ポプリが酷い、酷いと2人に怒りながら馬車に乗り込み、テツが御者席から「出発しますから乗ってください」とまだ乗ってないホーラに声をかけてくる。


「アタイの気持ちか……」


 今なら、勢いであの大男に自分の気持ちを伝える事ができそうな気がする。


 だが、その想いもいないから言える言い訳だと事実を自分すら騙せてない事に眉を寄せるとホーラは馬車に乗り込む。


「じゃ、出発します」


 テツの掛け声と共に馬車は走り始める。


 今は余計な事は考えず、ベへモスと戦う事だけに集中しようと気持ちを切り替えようとするが、それもまた言い訳だと気付き、唇を噛み締めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る