第84話 大事なモノを持つ強さと弱さらしいです

 マッチョの社交場から帰ってきた雄一が昼食を作り、テツ達を除くメンバーで食事を始めたところで話を切り出してきた。


「シホーヌ、アクア、2人に頼みがあるんだが、いいか?」

「はい? なんでしょうか」

「しょのたもみたきゃくぶちゅのでづぅ。(その頼みは高くつくのですぅ)」


 口の中の物を飲みこんでから返事したアクアとリスのようにホッペをパンパンにしたシホーヌが言語として解析不能の言葉を吐く。


「口に物を沢山詰め込んで飲み込む前に話す行儀の悪いのも問題だが、いきなり、いやらしい事に最初から報酬を高く要求してくるお前には、作ってやろうと思ってたデザートはなしだ」


 あの言語としてなってないシホーヌの言葉を理解する雄一は、アクアに「ケーキはイチゴショートか、チョコレートケーキのどっちがいい?」と問うとアクアは嬉しそうに悩みだす。


 それを聞いたシホーヌは慌てて口の中の物を咀嚼して飲み込むと雄一の傍に行き、腕を両手で掴み引っ張り出す。


「私が悪かったのですぅ。どっちでもいいから私も食べたいのですぅ」


 涙を浮かべて滅多に見せない真剣な顔で言ってくるこの駄目な子を残念そうに雄一は見つめ溜息を吐く。


「分かった、分かった。今度から頼み事を聞く前に、いきなり、いやらしい事言うんじゃないぞ?」


 許しが得れたと分かったシホーヌは、パァ―と表情を明るくさせ、ガックンガックンと大袈裟に頷いて見せる。


 すると隣からミュウがスプーンを咥えていじけるようにして声をかけてくる。


「がぅ、2人だけずるい。ミュウも、食べたい」

「大丈夫だ。あの2人が受けてくれるなら両方作るから、みんなで分けて食べればいい」


 それを聞いたミュウは嬉しさを隠さず、椅子の上に立ち上がるとミュウダンスを始める。


 行儀が悪い、と怒られたミュウであったが、それでも嬉しそうにしながら体を弾ませながら椅子に座る。


 対面にいるレイアもこっそり嬉しいようで口元が綻んでいたが、いつもならこういう話になると、どことなく嬉しそうな雰囲気を漂わせる人物が雄一をジッと見つめていた。


 アリアである。


 小皿にクロへのエサを配りながらも雄一から視線を反らさない。


「それで主様、頼み事とは?」


 アリアの様子を見ていた雄一にアクアが声をかけてくる。


「ああ、明日のテツ達のベへモスの象牙を取りに行く同行人を2人に頼みたいんだ。ちょっと俺は野暮用で行けなくなったんでな。アリア達は、ミチルダが預かってくれると言ってるから、そっちは問題ない」

「そうですか、私は別に構いませんよ」


 アクアがそう言うと、その横で頷きながら、「私も問題ないのですぅ」と手を上げて言ってくる。


「レイアもホーラの魔法修行の時に、時々、着いていってたからミチルダは大丈夫だよな?」


 そう言うとレイアは黙って頷いてくる。


 ミュウは、ミチルダと会った時ですら、いつも通りだったから1,2日で問題は出ないであろう。


 アリアは、強い子だから平気だろうと信じているが、先程からジッと見つめられている事だけが気になっていた。


「じゃ、2人とも頼むな?」


 そう2人に頼むと、「冷める前に食事を済ませよう」とみんなにいうと食事を再開する。


 みんなが食べ始める中、隣のアリアが雄一の服の袖を引っ張ってくる。


「ユウさん、何をしにいくの?」

「ちょっとした野暮用さ」


 再び、黙って雄一を見つめるアリアは、ブスッ、とした顔をすると明後日の方向に目を向ける。


「ユウさんの嘘吐き」


 怒ったようにパクパクとポテトサラダを口に入れていくアリアを見つつ、頬を掻く雄一。


 どうやら、アリアには何やら感づかれているようである。


 内心、溜息を零していたが、それを表に出す事なく、雄一も食事を再開した。



 食器の後片付けも済ませ、夕飯の買い出しに行くまでの時間を自分の部屋で巴を布で乾拭きしていた。


 本来の手入れとは違うかもしれないが、ミチルダに特に何も言われてないから巴が機能してる限りしてもしなくても変わらないのかもしれない。


 そう思いつつも相棒を放置しておくのも忍びなかったので、分からないなりにいつも暇を見つけては磨いていた。


 だが、今日は、いつもより長い時間磨いていた。


 丁寧に時間をかけてはいるが、どこか心ここに非ずといった自分の心の動きを自分自身で気付いていた。


「俺は緊張しているのか?」


 自分の心情を独り言で呟く雄一は、自分で思っているより緊張していた。


 雄一は、何も命がかかってる事、自体に緊張している訳ではない。


 これから学校を立ちあげようとしている最中、本来ならこんな危ない橋を渡るのは避けるべきである。


 今、雄一が抜けてしまうと、おそらく、テツ達は必死に後を継ごうと頑張るだろうが、まだまだテツ達には荷が重い。


 まだ、雄一がいないといけない部分が多い。


 そのうえ、ホーラ、テツ達を始め、1人1人の問題も解決はしていない。


 ホーラとテツはこれから走り始めるところだが、ミュウについては、まったくの手付かず。


 アリアもやっと口が聞けるようになっただけである。


 ポプリも何やらありそうだが、内容はさっぱりである。


 そして、レイア。


 やっと腹を割ってくれた。残念ながら、かなり後ろ向きな展開からスタートになったが始まったばかりである。


 雄一には、やらねば、いや、やりたい事が山積している。


 なのに、雄一は巴と向き合う事を止めようとは思わない。


 なぜなら……


 そこまで考えていたところでノックもされずにドアが開く。


 入ってきたのは絵本を持ったアリアであった。


 アリアは、巴を磨く為に床で胡坐を掻いている雄一の背中を背凭れ替わりにする。


 そして、黙って絵本を読み始めるアリアの背中の温もりを感じる。


 先程までガチガチになりそうな緊張に包まれていた自分の心が穏やかになるを自覚する。


 あれほど長い時間磨いていたのに磨き残しが目立つ事に苦笑しつつ、雄一は磨き直す。


 そこから無心に磨きだす。


 気が付くと日の傾きが良い頃会いになっていた。


 巴も満足できるところまで磨き終わった事もあり、そろそろ夕飯の買い出しとテツ達の馬車の調達に出かける為に不機嫌そうに絵本を何周目か分からないぐらい読んでるアリアに声をかける。


「アリア、そろそろ買い物行くから背中からどいてくれないか?」


 雄一がそう言うと口をへの字にしたアリアが絵本を振り上げた状態で目の前にいた。


 絵本を振り下ろし、何度となく叩いてくる。


 雄一は目を白黒させて頭を庇うように腕を上げる。


「バカ、バカバカ、ユウさんの……バカ」


 目端に涙を溜めたアリアは、最後にもう一度「バカ」と言うと絵本を小脇に挟むと部屋から出て行った。


 もしかしたら、食事の時の質問の答えを言ってくれるかと思ってずっと傍にいたのかもしれないと雄一は気付く。


 なのに、無心に巴を磨いていただけの雄一に腹を立てたのかもしれない。


 雄一は、アリアが来る前までに考えていた事を思い出す。


 なぜなら……俺は面倒臭い男だから仕方がないのかもしれない、そう再度思い、頭を掻くと巴を担いで買い物籠を持つと市場のほうへと出かけて行った。





 夕方、馬車の手配も済んで買い物をし終わった雄一が家で夕飯の準備に追われてた頃、テツ達が帰ってきた。


 テツはボロ雑巾のよう有様で、ホーラとポプリの2人に肩を貸され、引きずられるようにして帰ってきたのを見て、雄一レベルでヤバいと判断して回復魔法を行使した状態であった。


 回復魔法で意識を取り戻したテツは、定まらない焦点が合い、雄一を発見するとブワッと涙を溢れさせ、雄一に縋りついてくる。


「もうホーラ姉さん達の実験には付き合うのは嫌ですよっ! 今度は、ユウイチさんが付き合ってくださいっ!!」


 縋りついてくるテツの頭をポンポンと叩くように黙って撫でる雄一にテツが、「ねぇ、ユウイチさんなんで返事をしてくれないんですかぁ!」と揺すってくる。


 雄一は思う。


 男として譲れない、受け取れない想いというものがあると……


 それは、決して逃げではないと雄一は自分に言い聞かせた。



 夕食の間、今日あった事を雄一に説明するという建前で泣き事を盛り沢山に聞かされた事は語るまでもないが、いつもならテツに冷たいホーラとポプリがテツに親切にする姿を見て、どれだけ酷い事をして罪悪感を感じているのかと感じ、いかなくて良かったと雄一は思った夜であった。



 次の日の朝、テツ達が馬車に乗り込む。


 家族の中で馬車が操れるのは雄一を除けば、今のところテツだけである。


 ホーラは、「こんな事なら覚えておけば良かった」と愚痴ったので、雄一は街を出たところで替わって貰って実地で覚えればいいと伝えると頷いていた。


「まあ、それでも確実に馬車を操れるのはテツだけだからテツバリアは控えるようにな?」

「しょうがないさ、1日、3回に留めるように気を付ける」

「ええっ! 3回は使う気満々なんですかぁ!!」


 叫んでくるテツを煩いとばかりに手を振るホーラを見つめて、テツはいつまでもホーラに良いように使われる未来しか浮かばない。


 だが、姉を持つ弟の正しい姿かもしれないとも思ってしまう雄一であった。


「ポプリも気をつけてな? まだまだ、魔法を使う時に足を止めてしまう癖が抜けてないからモンスターの群れに出会った時は意識をするように」

「もうぅ、もうぅ、未来の妻が確定しているのですから妻になるまでは無事に決まってるじゃないですかぁ。勿論、無事に帰ってきますぅ」


 両頬に手を添えて、イヤンイヤンするポプリの頭に拳骨を軽く入れると涙目で見上げてくるポプリに嘆息する。


「お前の計算高いところは買ってるが、時々、暴走するから注意してるんだぞ? 暴走気味の時に周りに意識がほとんどいってないのが心配だ」


 そう言いつつも、最近、ホーラと組むとお互いの欠点を補うような動きをするのがチラホラするようになっており、この2人が一緒であるならそう心配する必要がない事は雄一も気付いていたが、念の為に忠告しておく。


 ポプリは頭を撫でながら拗ねた風に「はーい」と返事をしてくる。


 雄一は、シホーヌとアクアを見つめ、頷くと頷き返される。


 白い包みを手前にいたアクアに手渡す。


「道中の菓子を用意しておいた……お前ら2人で食うんじゃないぞ?」


 雄一の言葉に驚愕の表情を浮かべ、目を泳がす2人は、


「旅の心配の言葉じゃなくて、お菓子の配分の注意なのですぅ!?」

「主様、それは、あんまりな話ですよ」


 半眼で見つめる雄一は嘆息する。


「そういうセリフは、目を泳がせずに言え」


 嫌な汗を掻く2人を見ながら今度は旅の資金を取り出すと途端に目を輝かせた2人が手を差し出してくる。


 だが、非常に嫌な予感がする雄一は、シホーヌとアクアを通り過ぎてホーラに旅の資金を預ける。


「またもや、裏切られたのですぅ!」

「私達って、信用がないのでしょうか?」


 残念コンビのボヤキをサラッと無視してホーラに頼む。


「金の管理はお前に任せる」

「ああ、任されたさ」


 一通り話終えた雄一は、みんなを見渡す。


 アリア達のいってらっしゃいの挨拶が一段落着いたのを確認した雄一は1つ頷く。


「じゃ、行ってこい」

「「「はいっ!」」」


 元気良く返事を返すテツ達3人と既にやる気が削がれたのか、唇を尖らせた残念コンビが馬車で不貞寝している状態で手を振ってくる。


 そして、テツが手綱を握り、馬車を操り出発していった。



 5人の出発を見送った雄一達は、ちっちゃい3人をミチルダに預ける為にマッチョの社交場へと向かう。


 3人を預けると雄一は、ミチルダとサリナに「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げると雄一は、マッチョの社交場を後にする為に店の外へと出る。


 外に出るとミチルダに連れられて3人も出て、見送ってくれる。


 レイアは周りに付き合って感がヒシヒシする雰囲気を撒き散らしているが、ミュウはピョンピョン跳ねて、「ユーイ、早く帰ってこい!」とガゥガゥと叫ぶ。


 アリアは、口を真一文字にしながら、心配そうに雄一を見つめる。


「おう、さっさと帰ってくるから良い子にしてるんだぞ!」


 手を上げて笑みを浮かべる。


 アリア達に背を向けて街の外へと歩き出した雄一は、絶対に生きて戻ると覚悟を決め直して前を見据えて歩き続けた。

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