第79話 ノンビリな月のようにらしいです
スネ湖から帰り道、空がアカネ色に染まるそんな頃、雄一は御者席で馬を操りながら膝に座り、雄一を背凭れにしてクロを抱えて眠るアリアを見つめる。
アリアは長い間、口をきかない生活をしてきた為、みんなに話しかけられて対応して疲れたようでぐっすりと寝ていた。
何より、最初の一言を話す時に要した力は、体力、精神力ともに削られたことであろう。
それでも逃げずに頑張ったアリアが愛しくて雄一は髪を梳くように撫でる。
馬車の後ろをチラッと見るとテツ達は泳ぎ疲れたのか、3人固まって寝ている。
特に体力を使ってなさそうなシホーヌとアクアも気持ち良さそうに眠り、ミュウはアクアの抱き枕替わりにされて一緒に寝ていた。
前を見つめたままの雄一は、ずっと見つめ続けている者に声をかける。
「言いたい事があるなら言ったらどうだ? なぁ、レイア」
シホーヌ達と寝そべりながらも寝ずにずっと雄一を見つめていたレイアに声をかけると寝てる振りをするように寝息を立てる。
そんなレイアの様子にクスクス笑う雄一に頭にきたのか、レイアは起き上がる。
「今なら大きな声を上げない限り、聞かれたくない話でもできるぞ?」
そう言うとレイアは雄一の傍まできて話し始める。
「まずはさっさと済ませたい話。ありがとう、アリアと向き合う事で言葉を喋れるようにしてくれて、アタシには、もっと時間かけてもできなかったと思う」
雄一は、そんなに俺にお礼を言うのが嫌なのか、と苦笑しながら少しマジヘコミする。
「これでもパパさんだからな、当然の事をしただけだ」
「アタシはアンタをお父さんとは思ってないから。多分、アリアも違う意味で認めてないと思うけど?」
レイアは、もしかしたらとは思っていたが、はっきりと伝えられると想像以上のダメージが雄一に襲いかかった。
そのうえ、アリアまでに思われてないという疑惑が浮上して、こんな状況なのに泣いてしまいそうである。
「それは残念だな……」
何の力みもないように意識してレイアに雄一は語る。
後ろから戸惑うような空気がする。どうやら、雄一が右往左往すると思ってたようである。
「まあ、いいや。それと前から言いたかったんだけど、なんでアンタはテツ兄やホーラ姉に偉そうにするの? アンタが強いのはシホーヌから何かされてるからでしょ?」
レイアの言葉を聞いて、やっぱりレイア、おそらくアリアもシホーヌが只の馬鹿な子ではないと気付いているようである。
「アタシもシホーヌが凄い存在と思うのは難しいけど、違う世界に連れてこれるのに凄くないとは、さすがにね……」
前に住んでた所では太陽が2個あったとレイアが語るのを聞いて、前々から思ってた事ではあるが、レイア達と雄一は違う世界から来ているようである。
シホーヌが女神であるという事を認めるのは、体験済みのレイアであったとしてもギリギリのようである。
「レイアの言う通り、俺はシホーヌに力を貰ってる。特別、偉そうにしてるつもりはなかったんだがな。まあ、教える立場上、そう聞こえるように言わないとお互いやり辛い時もあるから言ってる事もあるな」
あっさりレイアの言葉を認める雄一に対応にレイアはビックリして固まる。
レイアからすれば、否定に否定を繰り返して、最後は力づくで黙らされると思っていただけに、その混乱の深さは本人のみぞ知るである。
「あ、アタシ達に良くしようとするのも、その力をシホーヌに取り上げられたら困るから優しい顔を張り付けてるんでしょ?」
思ってた流れと違う方法に行き過ぎてて、対応に困るレイアは、「シホーヌにその力を貰うのにアタシ達の面倒を見なくちゃ駄目だったんでしょ!」と必死に言葉を繋ぐ。
「こんな力を欲する為に? ないな、むしろ、この力を手放せばレイアが「パパ、大好きぃ」と跳び付いてくる日常の為ならゴミの日に捨てるだろうよ」
雄一のリンゴとミカンのどっちが好き? と問われて、リンゴ、と答えるような気楽さで言ってくるのにレイアの混乱は拍車がかかる。
「まあ、俺も最近知ったんだが、貰った力は分離できないらしい。だから、残念だろうが、それ以外の方法で俺を「パパ、大好きぃ」と言いたくなる条件をだな?……」
「どんな条件だろうが、それだけはないっ!」
チラッと振り返ると顔を真っ赤にして睨むレイアを見て、嘆息と共に肩を落とす。
「じゃ、俺は、レイアがそう言いたくなるようにしてみせる!」
「だから、それだけは……」
言い募ろうとするレイアの唇に雄一は、笑顔で人差し指を添える事で黙らせる。
「だとしてもだ、だ。俺はレイアに嫌われたままでいるつもりはない。一気に無理なら1年、俺は時間をかけよう。1年で駄目なら5年、5年で駄目なら10年。レイア、お前は何年、俺と張り合い続ける?」
レイアは雄一の言っている意味が良く理解できない部分もあったが、とんでもなく気が長い事を言ってるのは理解できた。
「アンタ、馬鹿だろ?」
「おや、知らなかったのか? 俺は、子煩悩の親馬鹿だぜぇ?」
雄一は、後ろで眠るテツ達3人とアクアに抱き枕にされるミュウを見つめた後、膝の上にいるアリアに微笑みかける。
「みんな、みんな、可愛い俺の子供達だ。絶対に俺が立派に成長させてみせる。俺の全力の愛情を注いでな。勿論、レイアもその1人なんだぞ?」
雄一の言葉が染み込んでくるのを拒否するように頑なな態度を貫くレイア。
このまま雄一の言葉を聞いていたら何が何だか分からなくなると思ったらしいレイアは、「家に着くまで寝る」と言うとシホーヌ達の傍で雄一に背を向けて横になる。
雄一はその背中に向かって、語りかける。
「レイア、お前が父親というものに良いか悪いか分からないが強い気持ちがあるのは、なんとなくではあるが気付いている。それが何かは俺は知らない。いつかレイアが俺に話してくれる日を待ってるぞ」
雄一の言葉に思わず、といった風に飛び起きて雄一を見つめる。
「アンタ、シホーヌに聞いて……なんでもない、もう寝るから話しかけてくるな」
雄一に背を向けて寝転がるレイアをチラッと見て、正面に顔を向ける。
空を見つめると太陽があるのに気が早く、もう上がってきてる月を見て、自分は焦らずにゆっくりとレイアに向き合って行こうと思う。
レイアの前には、高い、高い石垣がある。
だが、雑に積んでいるせいで横着すると崩れてしまい、向こうにいるレイアを傷つけるだけでは済まない事態を生んでしまう。
1つ、1つ丁寧に石をどけていく事を誓い、雄一はダンガを目指して馬車を走らせた。
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