第70話 さらば王都、またな、らしいです
大会があった日の次の日、雄一達は、『マッチョの集い亭』で昼食を出して貰おうとミランダに声をかけようとした時、入口に人の気配がしたので振り返る。
すると、医務室に報告に来ていた女性が、雄一に目が合うと頭を下げて挨拶をする。ゆっくりと緊張してるのを悟らせないように歩いてくる。
「昨日は失礼しました。今日は、ギルド長の言付けを預かって伺ったのと昨日の顛末のお知らせに参上させて頂きました」
雄一の前にやってくると、もう一度、頭を下げてから覚悟を決めて目を見つめて話しかけてきた。
雄一は、頷いて話を促す。
「まずは、ギルド長の言付けから伝えさせて頂きます」
そういうと、背筋を伸ばして話し始めた。
要約すると、こういう事らしい。
事務長一派の私財を全没収して、全員、炭鉱送りにする事が決まり、それから出てくる利益と、その私財で今回の件で怪我などを負った者、この場合、テツだけが対象らしいが見舞金は支払われる。
後、真面目に冒険者ギルドで働いている冒険者達に迷惑料として、依頼料の1割を冒険者ギルドが負担して、追加するというものを3カ月の間、行うらしい。
確かに、冒険者を名乗れば、見舞金なり、迷惑料を取れるかもとなれば、騒ぐ馬鹿がいるだろうから働いた者だけ貰えるシステムは悪くはなさそうだな、と雄一は唸る。
「それとポメラニアン一派の処遇について、お話させて頂きます。まず、暴挙に出たベルグノートの処遇ですが、何もしないという事になりそうです」
雄一が、その言葉を聞いて目を細めるのを見て、慌てて言葉を繋ぐ。
「お待ちください。何もしないというのは語弊がありました。何をしても意味がないというのが正しいのです。ベルグノートの体の火傷などは、回復魔法などで持ち直しました。が、何が原因かは、調査中ですが、どうやら心が壊れて生きてるだけのモノに成り下がっています」
それを聞いていたアクアが、悲しそうに言ってくる。
「アグートは、分かり易い力を示す剣を大量生産するなか、安全装置も設けず、気休めのような命を守るだけの処置だけして剣をばら撒きました。おそらく、身しか守るモノがない状態で焼かれて魂の一部を燃やされたのでしょう」
テツもアクアの加護がなければ、同じように焼かれていた恐れがあったらしい。
とばっちりを食らった形になった審判も何か障害が出てるかもと、アクアの言葉を追従するように女性が肯定してくる。
「審判も、ここ1年の記憶を失くしている可能性があります。勿論、罪から逃れる為の方便の可能性も考えて取り調べ中です」
女性は、アクアの言葉を調べている者達に伝えておきます、と感謝を告げ、頭を下げる。
ちなみに、同じように焼かれたテツは、今は部屋でティファーニアにリンゴを剥いて貰い、デレデレの顔をして食べている健在ぷりである。
元気になったら、テツにスペシャルメニューの訓練を課す事を雄一は心に秘める。
「そして、ドランについでですが、3年間、無償で冒険者ギルドの不良案件を片付ける為の強制労働を強いる事になりました」
少し期間は短いと感じるが、女性の目を見る限り、その不良案件は相当やっかいそうだと感じるので流す事にする。
「最後の人物、ポメラニアンですが……周りの貴族達には見捨てられ、商人達には逃げられ、密な関係だった商人は、持てるだけの私財をもって王都から逃げました。それだけでも、辛いところなのですが……ゴニョ、ゴニョ……もありまして、私財を半分没収するだけで放免してあげようと男性職員の要望により、そうなりそうです」
ちなみに、事務長とポメラニアンと繋いだ商人は、エイビスにより追手がかけられているとリホウからの報告で聞いていた。
どうするつもりなど興味がなかったので顛末は聞いていない。
しかし、妙齢の女性が、顔を赤くして両手の人差し指をツンツンとする姿に萌えた雄一は思わず流しそうになった、ゴニョ、ゴニョの部分を追及する。
「そ、それはですね……ポメラニアンの……その、男の人、特有のアレがですね? 機能不全に陥ったようなのです。理由は聞いても、震えて語りませんので原因は不明のままなのですが、それに同情した男性職員達が嘆願したという事です……」
「そう伏せられたら分かるモノも分からん、男の特有のアレとは何なんだ?」
どうやら、見た目に反してウブなところがあるらしく、説明するなか、どんどん顔が赤くしていく女性に悪ノリした雄一が追及の手を緩めず聞いてくる。
えっと、えっと、と目を廻しそうになっている女性に萌えている雄一は、凝視していると横から脇腹を抓られ、後頭部にフライパンを振り下ろされる。
「ユウイチ、調子に乗り過ぎなのですぅ!」
「主様、オイタは程々にされると良いと思いますよ?」
それで我に返った雄一は、背後からも殺気に気付き、振り返るとホーラが投げナイフを構えていた。
「アタイ、一回、他人の魔法を付加してみたいなって思ってたさ」
「あっ、私で良ければ、手伝いますよ?」
ホーラの言葉に、任せて、と言わんばかりにホーラに向けて魔法を唱えようとするポプリがいた。
雄一は、全力で土下座して、「マジですんませんっ!」と謝る。
謝る雄一の頭を左右から、ポンポンと叩くアリアとミュウが楽しそうにしていた。
ミュウは、ガゥ、と鳴くと定位置に登り、アリアも膝に座るから、雄一に椅子に座れと指を差してくるので、素直に椅子に座るとアリアは膝に座ってくる。
そんな雄一の様子を見て、噴き出した女性は、少女のようにコロコロとした笑いを見せる。
「あれほど強者と感じさせる人なのに、身内に対しては、どうしてそんなに腰が低いのでしょう? お婆ちゃんに聞いてた通りです」
私もまだまだです、と苦笑する姿を見た雄一は、「お婆ちゃん?」と問いかける。
「そう言えば、自己紹介もまだでした。遅れましたが、私の名前はシリア。受付嬢のユリアの孫です」
雄一は、んがぁ、と口を大きく開き、びっくりする。
ユリアと面識のあるホーラも驚いているようであるが、雄一ほどは驚いていなかった。
「よく、年を上に間違えられるのですが、これでも18になったばかりの小娘ですよ?」
そう聞いた瞬間、雄一の顔が男前バージョンに切り替わる。正直、20後半の美女だと思っていたから、ハードルが高いという思いと状況的に堪えてたモノが噴き出す。
「お嬢さん、良かったら、今日、ディナーでもどうでせう?」
肝心なところで噛んだようなセリフになったのは、肩車しているミュウが頬を引っ張り、膝の上にいるアリアに顎を押さえられた為であるが、男前の顔のまま押し切る雄一であった。
「ごめんなさい、婚約者がいる身なので、お断りさせて頂きますね?」
と、とっても良い笑顔で返され、雄一は男泣きをする。
その雄一の両肩をポンと手を置いてくる、シホーヌとアクアが、全力で笑うのを堪えるように口元を手で隠し、噴き出すのを堪えるように頬を丸々とさせて雄一を見つめる。
雄一は、ヨヨヨ、と涙を流し、胸の内で絶叫していた。
「まともな女の子とお付き合いしてぇぇ!!」
DT雄一の魂の叫びであった。
そして、雄一が立ち直ったのを見計らったシリアが3通の封書を雄一に手渡す。
「それと、これもお渡ししておきます。ユウイチさんの1の冒険者として認める書面と、テツ君とホーラさんの2の冒険者としてのものです。正直、2人にも1の冒険者でも良いように思いますが、年齢が低いので経験を積んだ後にという話になりました」
「ん? ランクが1つづつ聞いてたより上がってるが? 後、試験はいいのか?」
雄一の物言いに苦笑するシリアは、苦笑いをしながら言ってくる。
「テツ君があれだけの実力を示し、剣聖リホウも寄せ付けない実力者のユウイチさん達に試験できるような腕の持ち主を探せ、というのは酷な話とご理解ください」
それに……と目を細めて、辺りを見渡してから言ってくる。
「お婆ちゃんの伝言でもあるのですが、茶番と気付いてらっしゃるのでしょ?」
雄一は、獰猛な笑みを見せるだけで返事はしなかったが、それを答えとしてシリアは満足したようである。
「以上が、私からの連絡になります。後から疑問などが出てきましたら、いつでも冒険者ギルドへお越しください。要望なども受け付けさせて頂きます」
「要望いいのか? じゃ、早速」
いきなり、言われると思ってなかったシリアは身構えるように聞く体勢に入る。
雄一は、真剣そのものといった顔をすると口を開く。
「俺が冒険者ギルドに行ったら、婆さんじゃなくて、若くてフリーの受付嬢を俺担当にしてくれと伝えてくれ、かなり、マジでお願いします!」
雄一は、マジ顔をして、「できれば、美人で、こうボンキュボンといった素晴らしい女性を頼む」と頭を下げる。
虚を突かれた顔をしたシリアは、理解が追い付いてくると噴き出す。
「要望はお伝えしますが……諦めてください、と言わせて頂きます。お婆ちゃんがユウイチさんを今まで見た冒険者で一番、見てて、面白いと言ってましたので」
シリアは、「多分、冒険者指名をしてると思いますよ?」と死刑宣告をしてくる。
そういうと、「もう、ありませんか?」と周りに目を向けると楽しそうに目を細めるメンバーに頷かれる。泣き崩れる雄一は、「ねぇーよ」と手を振って伝えてくる。
シリアは、「失礼します」と頭を下げると、『マッチョの集い亭』を後にした。
溜息混じりにそれを見送った雄一は、みんなを見渡して口を開く。
「王都にいる理由はもうない。だから、明日にはダンガに戻ろうと思う」
「確かに、いる理由はもうないね」
ホーラが追従してくる。
他の家族も同じように頷いてくるなか、雄一はポプリに目を向ける。
昨日の夜、ティファーニアと話をした時にポプリの意思確認をした。だが、一晩経って考えが変わってるかもしれないと思い、声をかける。
「もう一度確認するが、本当に着いてくるのか? 家族とは?」
「勿論、着いていきます。家族はいますが、ストリートチルドレンとは少し違いますが、捨てられたようなモノなので、お気になさらず」
大人びた顔を一瞬見せるが、「私は、未来のユウイチさんの奥さんですから~」と、イヤン、イヤンとしてくる。
「まあ、細かい事は棚上げするとして、家族として歓迎するぞ? ポプリ」
そういう雄一に、「はいっ!」と嬉しそうに見つめてくる。
「そう、ダンガに帰るのね、寂しくなるわね」
コップを磨くミランダがそう言ってくる。
「また王都に来る事があったら、きっと来る。というか、ここ以上に良い宿ないだろ?」
そう笑う雄一にミランダは、「当然でしょ?」とお茶目にウィンクしながら言ってくる。
「よし、ミランダに昼食を出して貰って食べたら、夜までできなかった王都観光に行くぞぉ!」
拳を突き上げる雄一の真似をするようにミュウとアリアがする。
それに触発されるようにシホーヌとアクアは手を取り合って踊り出す。
ホーラもレイアもポプリも楽しみな気持ちを隠さずに微笑む。
「テツは、ティファーニアに任せて、遊び倒す!」
ミランダから出された昼食を、雄一達は美味しそうに食べて、食べ終わると食後休憩も惜しいとばかりに、『マッチョの集い亭』を飛び出した。
▼
遊び倒した次の日、馬車を街の出入り口付近で止めて、雄一はティファーニアとその家族とオマケでリホウに見送られていた。
シホーヌとアクア、アリアとミュウは昨日の遊び過ぎて、目をショボショボさせて、馬車に乗り込むと同時に寝てしまっていた。
残りのメンバーが見送ってくれる者達の前に立つ。
「先生、色々と有難うございました。あの話は、喜んで受けさせて頂きます」
そういうとティファーニアは雄一に頭を下げてくる。
そして、雄一からテツに視線を向けるティファーニアは、「あの話?」と悲しそうな顔から困惑顔になったテツの手を取る。
「テツ君、本当にありがとう。貴方の戦う姿を見て、何度、私の胸を打ったか分からないわ。これで、みんなの未来への道への可能性を残す事ができる」
「いえ、僕が出来た事なんて、ほとんどありませんでした」
と無力感に包まれるテツの耳元に口を寄せてティファーニアは言葉を紡ぐ。
「先生に言った出場してくれたら払う対価、先生には断られたけど、受けて貰っていたら先生が何を言おうと対価は払おうと思ってたの」
「対価? 対価って、えっ?」
その対価を思い出したテツが、目を白黒させて慌てる。
「でも、出たのはテツ君。私は、家族達の巣立つ準備が整うまで、自分という個を捨てて生きるつもり……でもね? みんなが巣立つ目途が立ったら、何年先か分からないけど、その時、良かったら私を全部、貰ってくれる?」
テツを上目使いで、頬を染めたティファーニアが見つめる。
拳を握り締めるテツは、感無量という言葉以外の表現が不可能な顔をして胸を張って応える。
「は、はいっ! 僕がきっと幸せにしてみせますっ!!」
「約束よ、テツ君」
ティファーニアは、テツの頬に自分の頬を寄せて離れる間際に頬に唇が触れたか、触れなかったのか本人同士以外分からないようなキスをする。
テツは、フリーズの魔法を受けたかのように彫刻のように固まる。
ティファーニアは、小走りで家族の下へ帰り、振り返って腰だけで屈むようにして腕は後ろに逃がすといった照れ隠しをしながらテツを下から見つめるようにして言ってくる。
「先生がね? 学校を開くって言うの。そこでみんなに生きる為の知識を教えてくれるって言うからダンガに行く事になったの。だからね? テツ君、少し遅れて行く事になるけどダンガに行ったら……よろしくね?」
そういうとテツの返事を聞く前に子供達を連れて逃げるように行く姿を見送った雄一は、ケッ、と舌打ちする。
甘ったるい空気にやさぐれてるという事実は確認されてないと雄一は心で泣いた。
雄一は、リホウに目を向ける。
「まあ、手筈通り、ティファーニア達の護衛を頼むぞ?」
「はい、でも、約束は忘れないでくださいよ?」
はい、はい、と手を振りながら小袋をリホウに放り投げる。
受け取ったリホウは、「これは?」と聞いてくるので答える。
「それはテツの見舞金にって冒険者ギルドが持ってきたものだが、見た通り、不要なんでな、お前の出発資金にくれてやるよ」
「アニキ、結構、金貨入ってますがいいんですか?」
雄一は、頷き、貰っとけ、と言ってリホウに受け取らせる。
「じゃ、ダンガでな?」
というとリホウは、見えなくなる前にティファーニアに追い付く為に、雄一に頭を下げると追いかけて走って行った。
雄一は、未だ固まるテツに声をかけると解凍が進んだのか、軋む音が聞こえそうな動きで振り返ってくるテツの瞳孔が開いているのに仰け反る。
「ティファーニアさんが、ユウイチさんと一緒に僕とラブラブで、幸せ一杯の4人家族がぁ!!」
もう文法がどうとかというレベルを超えた、テツの世界でしか翻訳できない言葉を発しながら雄一目掛けて走ってくる。
もう、これは駄目だ、という目でテツを見つめ、隣に居るホーラに声をかける。
ホーラも、残念なものを見る目でテツを見つめ、「あいよ」と返事をするとボーラを取り出す。
それをテツの足下を狙って投げると両足を縛られたテツが、飛び出すような形で雄一の前にやってくる。
タイミングを合わせて鳩尾にカウンターを入れるが、アドレナリンが大量に分泌されているテツには効かなかったようで、地面でジタバタしながら文法を超えて、どこの言葉かすら不明な言語で叫び出す。
雄一は、テキパキとテツを縛り上げ、ホーラは馬車の後部にロープを縛り、その反対側を雄一に手渡してくる。
頷いて、それを受け取った雄一は、暴れるテツに括りつける。
一仕事終えたという顔をした雄一は、心配そうにテツを見るレイアに
「テツは、もう駄目だ。しばらく時間を置こう……」
雄一の言葉に反論しようとするレイアであったが、ホーラが横に来て両肩を押さえて首を横に振ってくる。
「こればっかりは、ユウの言う通り、諦めるさ、レイア」
ホーラに背中を押されて馬車に乗りこまされる。
他の面子も乗り込んだのを確認した雄一は、御者席に座る。
馬にムチを入れて発進させる。
レイアは、馬車後部に駆けより、ロープで繋がってる先で、ビックンビックンと跳ねるテツを心配そうに眺めているとロープが切れるのを見て、振り返って雄一に向かって叫ぶ。
「テツ兄を繋いでたロープが切れた! 止まれよっ!」
雄一は、レイアの声が聞こえないかのように朝日に目を細めながらポツリと呟く。
「進路、ダンガへ!」
「ダンガへ、じゃねぇー!」
今日も切れの良いレイアの飛び蹴りを頬に受けて、雄一は笑みを浮かべた。
2章 了
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