11-3

 ドローレスに激励をもらったあたしたちは、いよいよ神剣を求めて、それが封印された場所に向かう事になった。

 セレンが口にしたその場所は、意外や意外。

「ダイアムに向かう途中に、シェイドに滅ぼされた島があったろ? あそこだ」

 忘れもしない。乗っていた船が魔物に襲われ、セレンが海に落ちて、ふたりで漂着した島。殺された人たちの怨念がセレンにとり憑いて大変な思いをしたのを、覚えていないって方が変な話だ。

 だけどそれで納得がいく。あの島が影に滅ぼされた理由に。アポカリプスの障害になるものを取り除くためなら、神剣を守る島の存在が邪魔になるのも当然だ。

「だが、既に影に見つかっているなら、神剣が奪われている可能性があるだろう」

 兄さんの懸念はもっともだ。だけどセレンは、確信を持って首を横に振る。

「それは無い。神剣はデュアルストーンみたく、勇者の血族しか解けない封印を施されてる。影が持ち出す事はできてないはずだ」

 今はその確率を信じるしか無い。あたしたちはまたまたセレンの転移魔法にお世話になって、あの島へと飛んだ。


 島は、あの時と何も変わっていなかった。ただ静まり返った廃墟が広がるばかり。教会に行ってみるけれど、祭壇に供えた花はすっかり枯れて茶色くなっていた。

「前回は、セレンにこの集落の霊がとり憑いたそうだが」

 朽ちかけたところに、あたしが魔法を放ったりしたせいでぐっちゃぐちゃにひっくり返った教会内の長椅子を見渡しながら、レジェントが呟く。

「彼らにもう一度出て来てもらい、話を通せば、神剣の場所へ案内してもらえるのではないか?」

「そんな都合のいい事」

 無いって。そう言おうとした途端、教会の入口で、影が現れないか外を警戒していたセレンが、低く呻いて膝を折った。何事かとこぞって振り返ると、彼はゆらりと立ち上がり、色を失ったうつろな瞳であたしたち五人をにらみつけた。

「我らの眠りを乱しに来たか」

 セレンの身体を借りて、セレンじゃない誰かが、敵意をむき出しにした言葉を発する。

「都合がよすぎだろう」

 あえて誰も言わずにいた突っ込みを、よりによって兄さんが口にして、剣の柄に手をやり臨戦態勢。一触即発の状況だったけど、あたしが慌てて兄さんの手を引っ込めさせて、セレン、じゃなくて彼に憑いたこの集落の霊に向き合う。

「また騒がせてごめんなさい」まずはきちんと頭を下げた。「あなたたちの守ってきたものが、今のあたしたちに必要になったの」

 霊の、というかセレンの顔に、怪訝そうな表情が浮かぶ。

「神剣を、あたしたちにください」

 あたしは手短に、アポカリプスが復活して、それを倒す為に必要な力を揃えている最中なのだと説明する。相手は、渋い物を口にしたような顔をして黙り込んだ。それが原因で影に滅ぼされたんだもの、神剣を渡す人間を見極めようと慎重になるのは当然だ。もしかしたら、拒否されるかもしれない。

「交換条件がある」

 あたしたちが不安になるくらい、たっぷり沈黙が流れた後、セレンにとり憑いた霊はそう口を開いた。一体何だろうと身構えると。

「弔われる事無く打ち棄てられた我らに、安寧の眠りをもたらして欲しい」

 具体的にどうしたらいいか咄嗟には見当がつかず、ぽかんとしていると、エイリーンが小声でささやいた。

「要するに、この島の遺体を皆きちんとお墓に収めて、供養してあげればいいんじゃないかしら」

「……面倒な事を」

 兄さんが嘆息する。ああ、兄さんたら、普段口数少ないくせにそういうところは秘めないんだから。

「できぬと言うならば、神剣の元へ案内する事もせぬ」

 霊の言葉に、「しょうがないよ」あたしは嘆息して皆を見回した。「引き受けよう」

 だけどあたしたち六人だけじゃ、いくら小さな島といえど、集落中に散乱した遺体を回収してきて、ひとつずつ穴掘って埋めてお墓を立てるなんてしてたら、何日かかるかわかりゃしない。

「とりあえず人手を借りてくるから、一度戻るのに、その身体を返して欲しいんだけど」

 転移魔法を使えるセレンがいなくちゃ、どこにも身動きが取れない。無理かな、と思いながら頼んでみると。

「よかろう」

 相手はすんなり承諾してくれた。

 ……言葉を交わしてみれば、割と話の通じる人なのかもしれない。

 セレンから霊が離れる気配がする。元の赤い瞳に戻ったセレンは、少しだけふらついたけど、すぐに体勢を整えた。

「憑かれてる間の事は、覚えてる」

 と自己申告してくれたので、説明する手間もはぶけた。アストラルって便利だな、とつくづく感心しちゃう。

 早速人手を借りに行こう、手っ取り早く人を集めるならやっぱりカバラ社に頼むのが一番だ、という事で、ガゼルへ向かう。最初の頃こそ、カバラは世界を支配しているみたいで気に入らない、とか言ってたセレンだけど、もうそんな事は言わない。協力をしてくれるアスター君の人柄を信じてる。

 そうして、あたしたちが信頼する通り、本社に戻っていたアスター君は、あたしたちが希望を伝えると即座に応えてくれた。力自慢のバウンサー、カバラに助力しているアストラルたちに声をかけ、集めてくれたのだ。

 彼らを連れて、再びあの島へ。

 地のアストラルが土を簡単に操って地面をうがち、リサや本職の聖職者が鎮魂の祈りを捧げる中、バウンサーたちが、白骨化した遺体を一体一体丁寧に収めていく。ほこりのうずたかまっていた町中を水のアストラルが洗い流して、風のアストラルが爽やかな風を吹かせて綺麗に乾かす。

 適材適所の活躍で、昼前に始めた作業は、太陽が傾きかける頃にはすっかり終わろうとしていた。全員の遺体を見つけ終えた、と一息つきかけたあたしたちだったけど。

「あと一人いる」

 といきなり背後から、セレンの声で、セレンじゃない霊がとり憑いて言ったものだから、あたしは飛び上がりそうなくらいびっくりしてしまった。

「あ、あと一人って?」

 ばくばくいう心臓をおさえながら訊くと、相手は答えた。

「影に襲われたあの日、傷を負った身で、何とかして神剣を扱えぬかと封印場所へ向かおうとして、そのまま息絶えた同志がいる」

 セレンに憑いたまま、霊はあたしたちを町外れへ案内する。道が途切れ、先にはうっそうとした森林が広がっている断崖で、霊が指差す先を見やると、崖の途中の足場に、その遺体はいた。

 地面に杭を打ち込み、命綱を繋げて、あたしは遺体のそばへと慎重に断崖を降りる。もう、男か女か区別がつかなくなってしまったその白骨には、背中から斬られたんだろう、骨にまで大きな裂け目があった。

 これだけの傷を受けながら、自分には神剣が扱えないだろう事も知りながら、それでも皆を助けたい一心で、神剣を取りに行こうとした気持ちは、きっと本物。

 その熱意と勇気を重んじて、遺体は、壊さないようにできる限り原形を保ったまま布に乗せて、慎重に引き上げてもらった。

 彼か彼女かもわからないその遺体を墓に収め、皆で黙祷して、リサたちが長い祈りを終えると、

「充分だ」

 セレンに憑きっぱなしだった霊は、満足そうに微笑んだ。

「神剣に関する我が記憶は、このアストラルに託す」

 霊の気配が薄れてゆくのが、素人でもわかる。

『ありがとう』

 最後の最後にそんな殊勝な台詞を放って、霊は完全に昇華した。どんな人だったか、結局そこまで会話はしなかったけれど、もしかしたら、この集落の長とか、偉い人物だったのかもしれない。

 もう少し、きちんと話をしてみたかったかも。

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