俺はお前の騎士になる
こう茶
第1話
『十人の王に百人の騎士よ、貴方方は選ばれました。
火と水、土と金、風と雷、光と闇。
太古より連綿と続く、闘争の歴史。
貴方方は神々の駒として、願わくば神を打ち倒す者として、贄と等しい存在となる。
ただ今は雌伏して時を待つのです。
そして、見事到神の暁には、私はこの命を捧げましょう』
姿形は霧に包まれ見えないものの、やけに耳に残る声だけが響いていた。
この言葉を最後に霧が晴れていく。
◆ ◆ ◆
「という夢を見たんだが、どう思う?」
パソコンの画面に向かって話しかける。
いや、物に話すような痛い奴ではない。画面越しに、会話をしているのだ。
夢なのに、一言一句間違えずに言えるほどの鮮明さを持った夢は、生まれてこのかた17年の中で初めてのことだ。
もしかして、俺の意識の深層心理が何かを叫んでるのかもしれない。
冗談にしては真剣味のある話を奴は一考の価値もないとばかりに笑い飛ばした。
「はは、ゲームのし過ぎじゃない?
それともそんなに私とゲームをするのが楽しみだったの? 可愛い奴め」
「チッ、こっちはわりかし本気で不思議がってるってのによ。まあいいか」
画面越しには奴のニヤニヤという擬音が似合う笑みが映っている。人を小馬鹿にしたような笑みだ。
腐れ縁というやつだ。でなければ、遠く離れてまでこうして会話をしようなどとは思わないだろう。
短過ぎることも、長過ぎることもなく、校則だからと律儀に守る黒髪に、パッチリと二重の少しだけ垂れた瞳。思春期だというのにニキビの一つもない綺麗な肌。
端的に言えば、美少女である。
そんな美少女が俺の幼なじみ、
「クソッ、顔は良いからってよ」
マイクが拾わない程度の小さな声で悪態をついた。
「んぅー? 何か言った?」
「な、何も言ってねえよ」
「莉音様が可愛すぎてペロペロしたいって? 流石に引くわぁ」
「そ、そこまでは言ってねえ!」
莉音は笑みを深くした。
「ははーん。なら、可愛いとは思ってるのね。ま、当然ね」
頬と耳が少しばかり熱くなるのを感じる。
「んなこと、どうだっていいんだよ」
キーボードを素早く叩くと、パスコードを入力し、一足先にログインし急かした。
「ダウンロードは終わったろ? さっさとログインしろよ」
「はいはい、ちょっと待ってなさい」
カタカタとリズム良く打つ音が聞こえる。数分で諸手続きを終わらせた莉音が顔を上げた。
「よし、こっからはキーボードもマウスも要らん。カメラを壁につけて、グローブを着けるんだ」
「はいはーい」
俺たちがやろうとしているゲームは【落日の神国】という名の剣と魔法のファンタジー世界を舞台としたシミュレーション&アクションゲームである。
設定はこうだ。
ストゥルトゥス大陸を治めていた神国はある日突然神から加護を受けることができなくなってしまった。その日を境にモンスターが大量に発生し、さらにはモンスターをまとめる魔神が顕現した。魔神の加護と寵愛を受けたモンスターは一個の塊として行動し、脆弱な神国を滅ぼしてしまった。僅かな手勢を率いて命からがら逃げだした王族は異世界より数多の勇者を呼び出した。ある者は王として国を興し、ある者は騎士として力なき民を守った。
その内の一人が俺たちプレイヤー、通称、
俺たちは王か騎士か、二つの身分から選んでプレイをすることができる。
このゲームの目的としてはストゥルトゥス大陸の再統一であり、魔神討滅である。
それを王として、領地を富ませ、兵を鍛えるか。騎士として、ひたすらに鍛えぬき、王に仕えるも良し、仲間と手を組み密かに魔神を討つも良し。
王を選べば、シミュレーション、騎士を選べばアクションゲームとして遊べるゲームである。
王であれば、指示を下せば戦争を起こし、国を大きくすることが可能である。もちろん、同盟関係を結ぶもその人次第だ。だが、その指示には不確定要素が存在する。それは
だが、王は騎士をNPCかプレイヤーか判断するには叙任するまでは分からない。つまり、大枚を叩いて優秀な騎士を雇ったと思ったら、将来性のないNPCであったということもしばしば。
ゆえに入念な下調べが必要であり、それを省くために俺たちのようにリアルでの知り合い同士が王と騎士の関係になることもまた良くあることである。
「キャラメイクは終わったか?」
「んー、もうちょっと」
莉音は身体を動かして、確認をしている。
カメラとグローブでほぼ同じように画面のキャラも動くのだから、色々と気になることもあるのだろう。
とは言え、このゲームのキャラメイクはリアルの身体を元に作るため、そこまで悩むところも少ない。
俺も変えたところといえば、瞳や髪色、長さとか位だ。
「うん、決まった」
「よし、ならそのまま15分くらいチュートリアルがあるから、そのあと合流しよう」
「ふうん、スキップと」
「おいいぃぃっ!」
可愛らしく首を傾げる。うむ、許そう。じゃない。
「ちゃんと聞いとけよ!」
「えー、だって面倒だし。それに勇人が教えてくれるんでしょ?」
「な、そりゃそのつもりではいるが」
屈託のない笑みを浮かべ、真っ直ぐとした目を向けるなっての。
少しだけ顔を背けて、頭を掻きながら答えた。
「じゃあ、問題ないじゃん。説明よろ」
「わーったよ。ったく。あとで時間のあるときにでも攻略法サイトでも見とけよ。
まずは――」
こうして、簡単な手解きを行い、初心者用の時間短縮アイテムを使いながら、効率良く必須設備を整えていく。
始めて1時間が経つ頃には屋敷が最低限の体裁を持ち、俺は限りなく低い給金で騎士として叙任された。
ここで初めて王と騎士の顔合わせとなる。
基本的に一人称視点で操作を行うため、自分の姿を確認するためには設置された鏡や窓などを見なければならない。
叙任されるために呼び出しを受けた応接室までのトイレで軽く髪を整える。
鏡には金髪碧眼の騎士然とした男が映っている。
リアルの平々凡々な高校生と比べると大違いだ。
密かに自分でも色と髪型を変えるだけでこんなにも違うのかと、よく見れば俺ってカッコいいなんて思うこともある。
騎士としてロールプレイしている以上、仮にもこれから主と仰ぐ莉音に無様な格好で会うのは俺の矜持が許さない。
男にしては長い髪に手ぐしを通し、耳にかける。前髪も横になびかせることで、青い瞳がはっきりと映る。白い歯が光を反射して、二枚目と言っても良いのではなかろうか。あえて、難点をあげるとしたら、眠そうな瞳だろうか。だが、それも莉音に会うという期待感から、目もぱっちり冴え渡り解消されている。
次に鎧に着いた埃を払う。
聖騎士の如く、白銀の鎧にワンポイントで装飾された青い魔力のラインが力強く輝き、金色で刺繍された純白のマントを靡かせる。
目立つ汚れはなく、トイレを後にすると一人の紳士然とした男性が立っている。
彼はこの屋敷に仕える執事、いわゆるNPCである。
「ハヤト=フリードハイム様、それでは参りましょうか」
「ああ、よろしく頼む」
このゲームでのNPCは精巧な作りになっており、ある種の定形文での会話だけでなく、プレイヤーと自由に会話をすることができる。流石に冗句を言うことはできないが。
「執事よ、この屋敷の主はどのような方なのかな?」
道すがら、莉音の評価でも聞いておこう。もちろん、悪く言われるようなことはないだろう。しかし、普段の立ち振る舞いにより印象は変わり、注意して聞いていれば言葉の端々にどのような人物なのか知ることができる。
この場合、俺は莉音のことを知っているが、どのように猫をかぶっているのか気になった。
「リオ=シファー様ですか。物怖じのしない方でございます」
あながち間違いでもない。いつも堂々としている。それどころか自分に非があっても、悪びれもしないのだから、たちが悪い。
「そして、この領地の経営手腕。最近領主になったばかりと聞いておりますが、それは熟達した者のそれでございます。手前味噌ではございますが、シファー様は天賦の才をお持ちのようです」
これは嘘だな。莉音は何もわかってない。俺が逐一アドバイスをしているからこそ、始めたばかりでも何とか形になっているだ。しかし、リアルでのやり取りがNPCには分かるはずもない。
「最後に、あの高名な【
「はは、まあ期待に応えられるつもりではありますよ」
NPCだからと言って、褒められて悪い気はしない。こんなに真っ直ぐな視線を俺よりも歳上の存在に言われて照れないわけがなかった。
それにしても初心者付きの知ってにも名前が知られるようになったか。時間はかかったが感慨深いものがある。
そうこうしているうちに、他と比べると、少し装飾が豪華な扉の前に着いた。黒の漆塗りの扉に銀の装飾が施されている。
執事が二度ノックする。鈍い音の後に「入りなさい」、と澄んだ声が返ってくる。
普段の莉音からは想像つかない。言うなれば、電話に出る時の外向けの半音高い声。
このゲームをしっかりと楽しんでいることが分かり、笑みが漏れた。
少しだけ気にしていたことがなくなった。爽快な気分だ。
「ハヤト=フリードハイム様をお連れいたしました」
執事が優雅に深々と礼をする中、その後ろからゆっくりと入室した。
昔の偉い人の部屋にありそうな、動物の剥製や壺などの美術品はなく、机と椅子が置かれ、それに柔らかい絨毯が敷かれているのみだ。
新米領主らしく必要最低限の物しか揃っていないが、快適に過ごせるようにとの努力の証が垣間見れた。
「リオ=シファーよ。私の申し出の受け入れ、嬉しく思うわ」
ニコリと笑うリオの顔は思わず見惚れてしまうほどの威力があった。
銀髪に赤と青のオッドアイがその容姿と相まって、神秘性を引き立たせる。
リアルとの差に呆気にとられるのも束の間、一呼吸の間に余裕の笑みを浮かべられるほどに立て直した。
騎士らしく片膝をつき、頭を垂れる。
「ハヤト=フリードハイムでございます。この度のお誘い、恐悦至極に存じます。
これより先我が剣は万の敵を斬り伏せ、我が盾は万難から御身を守りましょう」
沈黙が降りる。
1秒、2秒、そして、10秒を超えたところで反応のないリオを仰ぎ見た。
リオは微かに身体を震わせていた。
一瞬、どこか悪いのかと思った。
だが、髪の下に吊り上がった口元を見て、その考えは霧散した。
「ぷ、ぷぷぷ。あは、あはははは!
ハ……ヤ……トが、くくく。真面目な顔して、くそ痛い台詞を。
だ、だれか録画、録画して……」
顔が烈火のごとく熱くなるのを感じた。
「う、うるせぇー!
ゲームなんだから、ロールプレイを楽しんでるだけだっての!」
「はぁはぁ、お腹痛い。ホント勘弁してよね」
目元の涙をぬぐいながら、息も絶え絶えといった様子で笑いを堪えようとしている。
馬鹿らしくなった俺はすでに立ち上がり、この場から逃げ出そうとした。
「まあ、待ちなさいよ。飴ちゃんあげるから、機嫌直して」
「直るか!」
扉の前には目を丸くした執事が立っていた。いくらNPCとは言え、主と騎士の関係に驚いているのだろう。
そう思うと少しだけ気の毒だ。
「仕方ねえ。この執事さんに免じて今回だけは許してやらぁ」
「ヨアヒムを雇ったのはこの私、つまり、私のおかげね。うん、先の失態許すわ」
「うるせえんだよ。お前に許してもらうことなんざねえよ!」
「いやいや、鳥肌のものだったよ?
それだけで罪は重いと思わない?」
一変して真剣みを帯びた声のトーンに力なく崩れ落ちた。
「俺は気持ち悪かったのか……」
絨毯の皺をひたすら伸ばす作業をしていると、甲高い音が響く。
「まったく、いつまでうじうじしてんのよ」
「シファー様。失礼ながらこちらに非があるようにお見受けしましたが」
おお、この屋敷の良心はここにいたか。
「さっきのでとんとんでしょう!」
「プラマイゼロどころか、むしろマイナスだわ!
男心を抉りやがって!」
喧騒が激しさを増すかと思えたその時、ごほん、と大げさな咳払いをして、執事ヨアヒムが注意を引いた。
「お二方の仲の良さは大変よく分かりましたので、そろそろ本題に入られてはどうでしょう?」
顔を見合わせると、お互いに仕方ない、と言わんばかりの表情をしている。
「ええっと、ハヤトを騎士として雇うってことよね。どうすればいいの?」
「契約、騎士、そこでハヤト=フリードハイムがあるから、セレクトすれば終わりだ」
リオは虚空に視線を彷徨わせると、言った通りの操作を行う。
そして、すぐに俺の足元に魔法陣が浮かぶ。
騎士契約は特別なものだ。
契約のできる騎士は王によって差があり、つまるところ領土を広げ、王としての格を上げることで、契約数を増やすことができる。
騎士の数は王を測る分かりやすい指標である。
王は契約することで一定の命令を下せるのだが、その対価を支払わなければならない。
それは金銭であったり、食糧であったり、武具であったりと様々ではあるが、どれもそれ相応の価値がある。
だが、今回俺たちの間で交わされた契約では俺が要求した対価は驚くほど少ない。
他の誰かが、NPCやエアレーザーに広く知られ、実力も申し分ない俺を雇おうとすれば、桁一つ足りない。
限りなく低く設定されたとは言え、今のリオではそれを算出するには軽くない負担となる。
少なくとも、俺以外の騎士を雇う余裕はない。
お互いに無理をした状態ではあるが、損はさせない自信があった。
「じゃあ、早速だが講義にはいるとするか?」
「ううん、それは一週間後からにしてもらおうかな。ちょっとくらい自分で考えた方が良いでしょ。
その間はヨアヒム達は好きにしてていいわ」
確かに何から何まで俺がやってしまってはリオのためにならないか。
しかし、契約は契約だ。俺は王としての心得を説く義務がある。一週間くらいの遅れ、すぐに取り戻すことができるだろう。
「分かった。じゃあ、空いてる使用人を借りて、稽古でも付けるとするかな。
ヨアヒムさん、急で悪いけど、手の空いてる使用人を集めるのとその場所の用意を頼む」
「かしこまりました」
「じゃあ、またな」
すでに虚空を見つめ、作業をしているリオを横目に退室する。その間際に、
「稽古を付けるね。アンタにできるのかしらね」
「出来るさ。まあ、暇になったら見にこいよ。俺の名前が知られてるわけを見せてやる」
「楽しみにしてる」、その言葉と笑みに送り出され中庭に移動した。
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