第26話潔癖男子の純愛
もう本当に最悪だ。今すぐ奴の記憶を漂白してやりたいくらいに最悪だ。
そして、三日月のように細められた奴の目を見て気付いた――――……羽柴お前、俺がここに隠れていたことに、ずっと前から気付いていたな……っ。
登場するタイミングが掴めたのは良かったが、こんなタイミングは遠慮したかった。俺は温室に足を踏み入れると、開口一番、羽柴へ宣告した。
「おい羽柴。その無駄にフェロモンがダダ漏れの笑みを紫倉さんに向けるな。殺虫するぞ」
「オレってやっぱり、そーちゃんから見て害虫なの!?」
「ひどいよ!」と女子高生のようにピーピー喚く羽柴を無視して紫倉さんへ向き直る。紫倉さんは俺が盗み聞きしていたことに気付いていないようで、元気よく挨拶してくれた。
「こんにちはです、シナガセさん。三人揃いましたね! スコップの用意してきます」
棚からスコップや軍手を取りだし、いそいそと準備を始める紫倉さん。それを尻目に、羽柴は
「盗み聞きなんて、趣味悪いよ。そーちゃん」
と、至極楽しそうに耳打ちしてきた。
「うるさい黙れ、お前なんぞ紫外線にあてられて殺菌されてしまえ」
「とうとう自らが手を下さない状態!?」
俺が蚊を追い払うようにあしらうと、羽柴はオーバーなリアクションを返してきた。
俺は横目で羽柴を睨みつけ、外へ出るようクイッと顎をしゃくる。羽柴は俺の言わんとしていることが分かったのか、察したように紫倉さんへ
「紫倉ちゃん。オレら、ちょっと倉庫から台車取ってくるね」
と言った。
部活動にいそしむ生徒たちの声を遠くに聞きながら、寂しい花壇の前を通り抜け、俺は切り出す。
「……紫倉さんに一目惚れをした理由が分かった」
「え? 顔に惚れたんでしょ?」
「違うわそんなに高濃度のアルコールに浸されたいか! いや……違わないが……!」
「そーだね、違わない。そーちゃんもうオレの顔、アルコールひたひたのウェットティッシュで拭いちゃってるもんね」
「……………………」
どうやら俺は宣言するより先に手が出ていたみたいだ。羽柴の顔を拭いたあとのウェットティッシュを奴の手に押しつけ、俺は一つ咳払いした。
「……花を愛でている時の彼女は、まるで子供に語りかける母親のようで、彼女の持つそういった……無償の愛、みたいなものを、自分に向けてほしいと思ったんだ」
「無償の愛、ねぇ……」
「彼女が花を見守る姿に、自分が両親に向けてほしかった愛情みたいなものを重ねたのかもしれない」
多分心のどこかで、求めていた。心の問題を潔癖症にすり替えていた部分もあると思う。仕事ばかりで構ってくれない両親の言いつけを守ることで両親の気を引きたいだとかいう気持ちが、幼い頃の自分にはあって、それが、いつからか間違った方向へこじれていった部分も、少なからずあるんだ。
こっちを見てくれと思ってた。
手段が、目的にすり替わっていった。
清潔でなければいけないんだと、そう考えるようになってしまった。
両親がこっちを見てくれた時にはもう、俺は他人から疎まれるほど、潔癖症になっていた。
「……じゃあ今も、母性を紫倉ちゃんに求めているの? だから惹かれてる?」
「いや……」
俺は少し考えてから、噛みしめるように言った。
「両親からの愛情に飢えていることを気付かせてくれたという点では、彼女の母性に魅力を感じていたように思うが……俺はそもそも、何かを慈しむことの出来る彼女に惹かれていたんだと思う。泥で汚れても、何かのために尽くせる彼女に……笑顔で笑う彼女の瞳に、自分が映りこめたらどんなに幸せだろうと思った」
「……そーちゃん、本気で惚れてるね」
「ああ……」
羽柴の半ば茶化すような発言に、俺は真面目に頷いた。
「俺は本気で、紫倉さんが好きだ。彼女だからこそ、好きだ」
その気持ちが再確認出来てよかったと、心から思う。
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