薔薇のゆかり

真朱 栞

prologue

 「ほらほら、みんな集まって!

今からこのゲープハルトさんが薔薇のお話をしてくださるようだから、静かにしてね」

 大きな宝石箱のような温室。天井も壁もガラスでできていて、光をきらきらとダイヤモンドのように輝かせながら通している。

 その中にむせるほどの匂いを漂わせて生きているのは、真紅と純白の薔薇だった。飾られたアーチや女神像の足もとにも絡みつきながら伸びる薔薇はつややかに美しく、自分が一番綺麗だと主張せんばかりに咲き誇る。

 そして、円型の温室の中央にある広場には、少し変わった客人たちがいた。近所の学校から遠足でやってきた子供たちだ。皆、見慣れない薔薇に心を浮かせて騒いでいる。男の子は肝を試そうとトゲに触って笑いあい、女の子は美しい薔薇と輝く温室に胸をときめかせていた。それをまとめる先生は声を少し張り上げて注目を集めようとしている。

 「コルネリア、そんな遠くにいかないの!

みんな先生のそばに集まって!」

 温室に響く声に、小さな子たちがようやく広場の中心に集まってきた。さまざまな色の可愛い頭たちは、前にいるひとりの男に次第にその目を向けていった。

 その男は黒い髪をあご辺りの長さまで伸ばし、煤けた茶色のローブを纏っていた。やつした姿のくせに肌は貴族的に青白く、ベンチに腰掛けた姿はまるで詩人に扮装した王子かなにかのようだった。

 「皆さん、今日はよく来てくれたね。

僕はゲープハルトだ、この薔薇園を管理している。ここは美しい薔薇園だろう?僕もとっても気に入っているんだ」

 凛とした若い声で、ゲープハルトと名乗る男は話し始める。

 「さて、君たちはここが『神の薔薇園』と呼ばれているのを知っているかい?ガラスの天井も壁も装飾も全て、400年前に建てられた頃からひとつも変わっていないのだが、そのあまりの美しさは人間のものに思えなかったみたいだね。それもお城に併設されたただの薔薇園がこんなに美しいなんて。

 では今日は、君たちにとっておきの御伽噺を聞かせてあげよう。せっかく薔薇園に来たのだから、薔薇にまつわるお話がいいね。ほらほらみんなもっと集まって。これはあまりに美しい恋の物語だから薔薇たちに聞かれたら嫉妬されしまう」

 そう言ってゲープハルトは少し声の大きさを抑え、子供たちはそれに合わせて彼に近寄った。その様子に彼は笑みを浮かべ、嬉しそうに話し始めた。


 「昔々、レーヴェンと呼ばれるとても栄えた国がありました―――……」

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