食糧調達部隊 特殊素材調理斑 毒見係

桜雪

第1話 フィッシャーマン

寄宿舎を出て繁華街へ、表通りから外れて歩くこと10分、寂れた通り、風に軋む看板。

骨董品グラスホッパー。

俺は、折れた釣竿を握りしめ、ドアを蹴破らんばかりに蹴り込み店内に入った。

「おやじ、居るか!」

店の奥から小柄な店主が顔を出す。

「これは旦那、私は明日から旅行、いやいや仕入に行く準備が、ガッ」

何事か言いかけていた店主の胸ぐらを掴んだ。

「なにが、逸品なんだ、おい!魚が掛かった瞬間、音も無く折れたぞ」

「離してください旦那、くるしいんですよ」

フンッと鼻を鳴らして店主を地面に叩きつけるように手を放した。

「粗悪品掴ませやがって」

「私が旦那に粗悪品を?とんでもない」

大げさに首を横にふる店主。

よく見れば、丸めがねにチョビ髭、バーコードハゲ、インチキが服着て歩いてるような男だ。

――遡ること4時間前――。

この地に転属してきた、エドモンド・ナカムラ少尉はコジマ大隊長への挨拶を済ませた後、宿舎でヒマを持て余していた。

配属先は、食糧調達部隊 特殊素材調理斑 X-1。

食べるものを探す。

もしくは、食べれないものを食べれるように調理する。

なんでも恐れず口にする!をモットーとする、通称吸血部隊だ。

(毒見係りじゃねえか!)

ハッキリ言えば、エドモンド少尉は飛ばされたのだ。

代々伝わる、日本刀を携え、これも代々伝わる「秘剣 雀返し」を会得している

エドモンド少尉は、近接戦闘のスペシャリストでもある。

そんな彼が、毒見係に配属されるには、それなりの理由がある。

何があったのか?

そのうち語られるであろう『エピソード0』こうご期待というやつだ。


吸血部隊の正式登録人数は非公式だ。

というより、日々何人かは食中毒か運が悪ければ殉職している。

だが、戦地の食糧事情を変えるような発見もある。

何年か前になるが、河豚なる魚の調理法を記された旧世界の文献が発見、解読されたこともある。

えっ食えたんだアレの良い例、実績である。

識者と二人三脚で食材を食し、調理法を模索する、内側から部隊の生存率を維持する有意義な任務でもある。

と説明を受けたのだが、基本的には自由行動で、食材の調達や文献の解読などを

おこなうのだが、報告書の提出以外は特に制限されていない完全自立部隊だ。

長く書いたが、要するに、ヒマなのである。


エドモンド少尉は、視察(観光)に出かけることにした。

繁華街で中華まんを食べながら、ブラブラと歩く、

いかがわしい路地から娼婦が笑顔で誘いかける。

軍服の効果だろう、ガラの悪い輩も横目でテリトリーを牽制するだけだ。

銃も携帯しているが、エドモンド少尉の腰に携えられた日本刀は、

伝説の島国ジャポンの騎士、サムライの証。

サムライは、ブレード一振りで、数人は切り殺すと恐れられている。

そのせいか、軍でもエドモンド少尉に絡む輩はマレだった。

もっとも、エドモンド少尉が抜けば、噂に違わぬ腕前であることも事実だが。


繁華街から外れて歩くこと10分、冒頭の店に行きついたエドモンド少尉はフラリと店内に入っていった。

「らっしゃい。軍人さんだね。いいものあるよ。探し物かい?なんでもあるよ」

愛想のよい店主、店内には、コ○コーラの瓶やら、植木鉢やら、ガ○ダムの模型やらが無造作に置かれている。

ちなみにコ○コーラの瓶には、旧世界の花瓶との説明が添えられていた。

「おやじ、食糧調達に役立つ遺物は無いか?」

エドモンド少尉は店主に尋ねた。

店主は愛想笑いをピタリと止めた。

丸メガネをクイッと上げて、エドモンド少尉の目を真っ直ぐ見据えた。

「旦那、あんたになら、託せるかもしれねぇな、階級は少尉、しかも吸血部隊とはね」

「知っているのか」

「もちろんだ。鶏の骨にナイフとフォークのぶっちがい、食糧調達部隊 特殊素材調理斑 X-1 まってたぜ、このときを」

「あるんだな、なにか」

店主は無言で店の奥に姿を消した、直に戻った店主がエドモンド少尉に差し出したのは、ゴワゴワとした黄ばんだビニールのケースに収まった、短めの華奢な釣竿。

ボロボロになった紙のシールには、キャップを被った子供が、自身の倍はあろうかと思われる巨魚を一本釣りで釣り上げたイラスト、旧ジャポンの文字と思われる書体で、[子供釣竿セット 980円]と書いてある。

読めないエドモンド少尉を責めることは誰もできない。

この世界で、旧世界の文字を読めるものなど数少ないのだ。

ましてや、島国ジャポンの文字など解読が困難な筆頭格だ。

「旦那、この釣竿は、伝説のフィッシャーマンが幼少の頃に使用していたものです。コレを掘り出したときは震えましたぜ、あのヒローキ・マツカタの釣竿が私の手の中にあるんですからね」

「これが、あのヒローキの釣竿だというのか?」

ずいぶん貧弱に見えるが、とエドモンド少尉が言いかけたとき、遮るように店主が語りだした。

「これは、もともと・・・このエンブレムが云々・・・まったく劣化してないとかなんとか・・・」

とどめの言葉が「伝説を継ぐ者が今、現れた」だった。

説得、洗脳、豚もおだてりゃなんとやら、納得したものはしょうがない。

「いくらだ」

「毎度あり!」

足取り軽く、サイフも軽くなったエドモンド少尉は、ビニールのゴワゴワした肩掛けに手を通し、肩に釣竿を掛けて意気揚々と海岸へ、

「あのオヤジめ、俺に伝説を継げとは大袈裟な」

と満更でもない様子、自嘲気味な笑みがこぼれるあたり察してもらいたい。

空きの悪いジッパーを下ろし、黄ばんだビニールケースから釣竿を取り出す。

糸はすでに装着済みだが、長さが2mほどしかない。

釣竿も1m強といったところだ。

心もとなくもない、華奢な釣竿、針にミミズを通し、とりあえず

砂浜からポチャリと海に投げ入れてみた。

ほどなくして、当たりがある。

クンッと竿先が沈む、そう海の底へと沈む?

スッとね。

ポキリともいわず、釣竿は半分になっていた。

目視するに、さんまクラスの魚の魚影が釣竿の先端半分を引っ張りながら

ユラユラと海の底へ沈んでいった。


何が起きたのか、エドモンド少尉は、しばらく釣竿を握ったままだった。

そして、ヒックヒックと泣いた。

夕日がトプンと海岸に沈むころには少尉は泣き止んでいた。

喜怒哀楽。

違う、喜・哀・怒・楽だ!

悲しみの後は、怒りの感情に支配されていた。

「おやじ、居るか!」

回想終了。


「旦那、音も無く崩れたって?どこで使ったんです」

「海だ、ここから3キロほど歩いた岩場でだが!」

「それですな、あの竿は、川用です」

「なに?」

エドモンド少尉は釣りの経験が無かった。

子供の頃から、刀しか振ってこなかったのだ。

雀ばっかり追いかけまわしていたのだ。

「川用だと、釣竿には川と海があるのか?」

「当然です」

「だが、ポキリともいわずに折れたんだぞ」

「長いこと空気に触れていない神秘の釣竿が潮風にいきなり晒されたんだ、

一気に劣化したんでしょうかね」

「俺が悪いのか……」

「いや、旦那、私も悪いんです、釣りの心得が無いとは知らずに竿を託してしまった、許してください」

「いやいいんだ、X-1の部隊章を掲げた俺が、釣りもできないとは思わないものな」

「旦那、お詫びと言ってはなんですが、伝説の猛獣使いが使用していた小太鼓があるんですが」

「小太鼓?」

「これなんですが、なんでも大陸を荒らしていたソンゴクウとかいう猿の王様をも手なずけたとも云われる小太鼓です」

「猿の王?」

「はい、どうでしょう、お詫びにお安くお譲りしますが、あっ!特別にソンゴクウの絵巻も付けますが」

「猛獣を手なずける小太鼓か」

「もらおうか」

「毎度あり!」


エドモンドは宿舎に帰ると、さっそく絵巻を開いた。

「孫悟空の大冒険」と書かれた絵本。

そして、猿回しが持っているテケテンと鳴る太鼓。

責めてはいけない。

絵巻に目を通したエドモンド少尉。

文字こそ解らなかったが、絵で大まかに理解はしたようだ。

妖術を使う猿の王、かわいらしい絵からは想像もできない化け物だ。

こんな化け物をも抑え込めるのか、この小太鼓は……。

エドモンド少尉は、己の手の内にある、強大なアイテムに恐れおののいたという。

テケテン。


無知こそ罪、知らぬが仏と嘲り笑う運命に翻弄されるエドモンド。

小太鼓を担ぎ、いざ山へ、次回『ビーストマスター』。

言葉通じぬ獣よ、わが前にひれ伏せ。

こうご期待。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る