命短し恋せよ乙女25


「わらわを楽しませてたもれ!」


「さあ、もっと打ち合いましょう!」


 玉藻とアルトの目には狂奔が映っていた。


「ぐ――」


「む――」


 ベルと疾剣斎は引いている。


 後者は攻撃が通じず、前者の攻撃は圧倒的。


 ――これでどう勝てというのか?


 クイズとして立脚するには、前提条件が間違っている。


 カッ、と閃光が閃いた。


 玉藻の狐火。


 アルトの聖剣。


「なるほど。不条理ここに極まれり……でやんすか。積み重ねてきた歴史がことこの場では物を言いやすなぁ」


 気絶した威力使徒を監視しながら、照ノはキセルをくわえ、魔術でタバコに火を点けた。


 紫煙を吸う。




「さあ。受け止めてみせよ」


 流星あまつきつね


 一瞬の半瞬。


 玉藻はベルに一気に間合いを詰めた。


 零距離。


 伝播するは勁の波。


 狐の姿で在りながら、九尾の一本が強かに打つ。


 超絶的な防御力を誇るドラゴンスケイルも、鎧通しまでは無力化能わないということなのだろう。


「が――!」


 呼気を逆流させ、悶絶する。


 その頭部を、玉藻は軽々と噛んで固定する。


 噛み潰す気は無いらしい。


 遠心力の利用……グイと振り回して、空中へ放り投げる。


「――――――――」


 閃光。


 ドラゴンブレス。


 対するは狐火。


 互角だ。


「手加減すれば、それはまぁ」


 紫煙を吐きながら、照ノの論評だった。


「くけ、けけけ、けけけけけ!」


 笑っているらしいが、妖狐がその様に笑えば悪魔すら想起させうる。




 対するアルトと疾剣斎もまた一方的だった。


「ふ――」


「く――」


 銘は知らなくとも、疾剣斎の刀は名刀だ。


 だが、根本原理として完全にフィジカル側。


 対する大公の聖剣は、歴史を重ねたアーティファクト。


 前者が折れるまでに時間は要らなかった。


 ――キン。


 清澄な音が鳴った。


 和刀がたたき折れたのだ。


「無念」


 呟いたのは、疾剣斎ではなくアルトの方。


「ここまでですか」


 聖剣を体内に仕舞った。


 肉体そのものが鞘なのだ。


 肉体ある限り、何処からでも何時からでも聖剣を取り出せる。


 骨刀の原理……日本の二次変換界隈では、その様に呼ばれている。


 照らしていた星の光は無くなり、闇夜に戻る結界内。


「失礼ながら限界かと」


「ですな」


 折れた刀を見て、疾剣斎は頷く。


「殺すので?」


「止めておきましょう」


 殊更、人命主義でもない。


 むしろ先導する側ではあるが、それにしても理性の歯止めはセーフティになる。


「何か奥の手でもないのですか?」


 懸念よりむしろ期待だろう。


 アルトの声は弾んでいた。


「では失礼をば」


 折れた剣の、柄を握る。


「大切」


 ニュートンが超密度に圧縮され、剣閃に沿って振り下ろされる。


 斬撃の二次変換。


「なるほど」


 アルトは片手で受け止めた。


 それ以上の浸食は……為されない。


「素晴らしい二次変換です。大切に為さってください」


 それで二人は決着した。




 灼熱が地面を焼く。


 閃光。


 爆音。


 あるいは喜悦の笑い声。


 瞬く間に、火が、水が、風が、雷が、ベルを襲った。


 龍人……ドラゴニュート。


 あらゆる物質を焼き払い、あらゆる攻撃を封じる。


 まさに不条理の塊だが、それにしても相手方は、


「喜ばしい」


 以外の感情を見せていない。


 流星が襲う。


 天狗となる玉藻。


「馬九李が言っていたのはこの事じゃったか」


 一瞬で間合いを詰められる。


 鞭の様にうねる九尾が、波紋となってベルの肉体を駆け抜け、内臓を失陥させ、その全てをグチャグチャにする。


「化け物」


「ではきさんは何者為るや?」


 叩き伏せる妖狐は、麗しい大和撫子に戻っていた。


「よっ……と」


 二次変換まじゅつ


 十二単を纏う玉藻であった。


 ソコに有るのは圧倒的な勝者の貫禄であり、なお無邪気にして無垢な幼心の発露でもあったのだから。


「妖狐。九尾の狐。何を以てソレは自己犠牲を強いる? 水のエレメンツに思うところは本当に無いのか?」


 ――無い、と断言するに苦労も無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る