命短し恋せよ乙女15


「私はここに居て良いの?」


 ジルの結界内。


 エリスは月を見ながらポツリとつぶやいた。


 今も今とて、血の色の月だ。


 レッドムーンに昼は来ない。


「エリスを失うのは痛手なのでね。こうして保護しているわけだ」


「外はどんな様子?」


「てんやわんや」


 簡潔なジルの言葉だった。


 赤を反射する白銀の髪。


 紳士めいたスリーピースに、月と同色の瞳は……一種器用とも言える悪戯っ気で彩色されている。


「でも贄が無いと御流様は凶事を為すよ?」


「人の心配をしている場合かい?」


「本来なら死ぬ身なので、あまり抵抗も覚えないと言いますかね」


「その辺も真駒の血なのかな?」


「かもしれないね」


 クスッとエリスは笑った。


 善意が全て……とは思っていない。


 そんなモノはお伽噺にしか存在せず……だからこそ信じるには説得力が水に濡れた障子でもあるのだから。


 だが反対に悪意でも無いだろう。


 それもまた確信できる。


 だから嬉しくはあった。


 ジル……第三真祖の眷属……ジルベルト=アンジブーストの采配は。


「けれど海を見るだけでは」


「泳げないんでしたね」


「真駒の呪いだよ」


 真駒家は御流様を土地神として仰ぎ、繁栄をもたらされていた。


 代わりに与えられたのは竜の因子と水への弱体性。


 あるいはそれすらも……。


「詮方なき……かな」


 口の中で呟いた。


「どうやら教会協会も動いているらしい。さてどうなるやら」


 ジルの方は、外を垣間見ている様だ。


「お腹は空いていないかい?」


「あまり。飲み物はないかな?」


「血なら」


「うへえ……」


「冗談だよ。紅茶と緑茶はある。真駒家のコピー品だけどね」


「人はいないのに、その辺は融通が利くんだ」


 業なりし。


「ま、その辺はね」


 ジルは微笑して答えた。


「されどぶっちゃけた話」


「何でしょう?」


「クリスや照ノは放っておかないはずだよね?」


「クリスは……どうかな?」


「あれは仁義の塊だからね」


 正確には人命尊重のエゴイストだ。


「照ノは?」


「抱いてと言っても拒否されたよ」


「神に捧ぐ身は穢れて良いのかい?」


「どちらにせよ食われるなら、せめて照ノには覚えて欲しかったんだけどな。中々上手くは行かないモノだね」


 そこに、


「ほう」


 別に他の声が聞こえた。


 少年の……ボーイソプラノの声だ。


「此方にいらっしゃる」


 金髪碧眼の少年。


 白人種……アルトだった。


「これはこれは」


「どうもですアルト公」


 ジルもエリスも会釈した。


「ここで神子を匿い申していましたか」


「ダメだったかい?」


 ジルは口の端をつり上げる。


 挑発的……あるいは挑戦的か……どちらにせよエリスの敵ならば排除する意思が感じられ、なお冗談事で済まない話でもある。


 だがアルトは別に敵対もしないモノだ。


「いえ、いいのでは? 人身御供も時代が古いでしょうぞ」


「公にあらせられましては感謝に絶えません」


 ――ただ、とアルトは付け加える。


「ジルは知っているだろうけど、状況が動きましたよ」


「でしょうね」


「何故に?」


 相反する二人の少女の声。


「もちろん貴女を贄にするか否かで政治が割れているんです」


 穏やかな微笑みで、率直にアルトは語る。


「であれば……!」


「血が流れる……か」


 エリスが戦慄し、ジルが現実を捉えた。


「すでにまつりごとの一部はコッチに割かれていますよ」


「そうなの?」


「はい」


「相手方は勝算有りきで?」


 このジルの疑問は真っ当だ。


 日本の魔術抑止力。


 照ノと玉藻御前がいるのだ。


 生半な戦力では鎧袖一触も在りうる。


「僕としましては……まぁエリスさんの無事を願いますけども」


「照ノは知ってるのかな?」


「おそらく」


 あまり多くをアルトは語らなかった。


 保守主義の御流様みながれさま信仰。


 土地開発の御流様否定。


 だが確かに政治事情で照ノが働かされているのは、一片の間違いもなく現実……あるいは事実と呼ばれる物だった。


「そうするとこの状況は利ですね」


 アルトは心底から答えた。


 否定派の暴走を、後の論破で答える。


 そのためならエリスの隔離政策は、ある種で有益だ。


「?」


 エリス御本人は、何が何やら分からない御様子で。

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