命短し恋せよ乙女11


「はい。先生。お手数かけます。はい。はい。はい。御前の派遣には、まこと感謝の至りでして……」


 エリスの父親……真駒氏は、政治家と連絡を取っていた。


 その横で、エリスが首を傾げている。


「まだ贄の時間ではないのかな?」


 覚悟自体は出来ている。


 御流様みながれさまの住む滝。


 そこの泉に入水するのだ。


 後は、眠りに落ちるように脱力し、溺死して御流様の贄となる。


 苦しむ事はないし、一の犠牲で十が得られるなら、総算としてはプラスの現象……そうではあろう。


「本当にソレで良いのかい?」


 ジルが、素朴に問うてきた。


 今は夜なので、普通に現世うつしよに顕現していた。


「何か悪いの?」


「せっかく二次変換を覚えたんだ。これからだろう」


「あー、それは……」


 確かに思うところは無いでは無い。


「けど御流様が、私の身を欲しておりますので」


 真駒の宿業。


「それを人は思考停止と呼ぶんだよ」


「じゃあジルが助けてくれるんですか?」


「君が望めば望むだけ」


 ニヤリ、とジルは笑った。


 人の血を吸う犬歯が、歯並びの中で特異に映っていた。


「吸血鬼……」


「いや、流石にしないけどね」


 やった瞬間、神敵扱いだ。


 ジルも大概の性能を持っているが、その都合上、クリスと相性が悪い。


「負ける気は無いけども」


 とは当人談。


「なんなら、事が終わるまで僕の結界に来るかい? 禍々しきレッドムーンに」


「いや、いいです」


 本当に、穏やかに、エリスは笑った。


「御流様に命を差し出すのも……別段忌避すべきことでもありませんし」


「そうかい」


 パチンとフィンガースナップ。


 世界が一変した。


 赤い月。


 静かな夜。


 心地よい潮騒。


 けれど確かに、そこは真駒の屋敷で…………オブジェクトそのものは何も変わっていなかった。


「これは」


「ようこそ僕のレッドムーンへ」


 面白そうに、ジルは宣言した。


 事実面白いのだろう。


 声も表情も、喜色にまみれていた。


「私を隔離するつもりですか?」


「さてどうしよう。ここには御流様もいない。なれば平和に過ごせるのでは?」


「そう……かも……しれませんけど……」


「君ほどの乙女を救わないなら、世界の方が間違っている」


 それは確かにジルの心情だった。


「困るんですけど」


 半眼のエリス。


「しばらくこっちにいるんだね。少なくとも僕に君を見捨てる選択肢は有り得ない」


「何故?」


「好きだからさ」


「好きって……」


「ラブじゃなくライクだけどね。それでも気に入っているのは事実だよ」


「はあ……」


 ぼんやりと不納得。


「じゃあこの結界を解くには」


「僕を殺せばいい」


 ――幸い、とジルは続ける。


「君にはその能力がある」


「二次変換……魔術……」


「然りだとも。嫌な事は力尽くで押し通したまえ。僕がそうしたように。君がそうするように」


「いいの?」


「僕を心配してくれるのかい?」


「それは……友達ですから」


「エクセレント」


 指を鳴らす。


「教会の権威が無ければ、即座に眷属にするところだ」


「吸血鬼……ですかぁ」


「成らない方が良いけどね」


「強くて不死身で最強なんでしょ?」


「本当にそうなら、既に吸血鬼は世界を征服しているよ」


 人間の方が強いし、種族間で言えば不死身だ。


 脈々と受け継がれる、吸血鬼殺しの技術。


 化け物が肩身を狭くするのも、偏に人間による討伐を前提にイメージ化されるからだ。


 ファブニールとジークフリート。


 吸血鬼とヴァンパイアハンター。


 あるいは八岐大蛇とスサノオか。


 怪物の悉くは、英雄譚の悪役だ。


「だからオススメはしないね」


「ジルも可哀想なんだね……」


「人の世の世知辛い事よ」


 嘆息。


 とりあえずは……行方不明になったわけだ。


 完全に偶然の結果。


 単なるラッキーだろう。


 ただ、照ノと玉藻御前には、あまりに都合の良い塩梅だった。

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