エレクトロキネシス19


「くっ!」


 吸血鬼は、彼女……クリスに追い込まれていた。


「……………………」


 彼女の方は淡々と、アスカロンを振るう。


 元が竜殺しの剣だ。


 聖ゲオルギウスの身体能力を維持するフィジカルブースト。


 加えて能力強化と魔術防御を付与する加護の装束。


 端的に、吸血鬼は追い詰められていた。


 ――ブン!


 アスカロンが風を切った。


 瞬間、吸血鬼は跳び上がる。


 マントが影絵の翼と為って、空へと逃れる。


 それを追って、彼女も跳んだ。


 一瞬で二十メートル。


 アスカロンの刀身も加味するならば、攻撃範囲は、最高三十メートルにも達する。


「――っ!」


 自分がマイノリティであることを、吸血鬼……ルドルフは知っている。


 それでも、自分が犠牲にする物が、人間の犠牲にする物より重いのか?


 このテーゼは、いまだ回答を不可とする。


 人の血を吸い栄養となす吸血鬼。


 獣の血を吸い栄養となす霊長類。


 どちらがより悪辣か?


 照ノあたりに言わせれば、「人類でやしょうな」程度は言うだろう。


 事実として、人は他種を――殺しすぎる。


 しかも場合によっては、環境ごと……あるいは種族の存命ごと。


 単に吸血鬼が悪党なのは、一神教に於けるキャンペーンの結果であって、ぶっちゃけた話を致すなら、「聖書信奉がどれだけの戦争を生んだか?」の疑問にぶち当たる。


 その辺が照ノをして、クリスをからかう側面になるのだが、それは閑話休題。


 空中ではルドルフに比べ、クリスは不利だ。


 空中で身を翻す術を持っていない。


 ルドルフが、空中戦を選んだのも其処だろう。


 が、威力使徒は容赦がなかった。


 右手だけで、アスカロンを握り、


「――――――――」


 空いた左手に、仮想聖釘を具現する。


 投擲は一瞬。


 もはや超音速レベルでの投擲は、銃弾ですら道を譲る。


 それだけ、フィジカルには有り得ない速さだったのだ。


 誰が、手に持った物体を超音速で投げられるというのか?


 プロ野球のピッチャーでも無理だ。


 それを可能とするため、威力使徒……と呼ばれているのであろうが。


 その瞬間の速さを持つ仮想聖釘を、辛うじて吸血鬼は避けた。


 当たっていれば、まず致命傷を負う。


 仮想聖釘は、あらゆる防御を無効化にする。


 無論、例外は存在するが。


「でやすかぁ」


 とタバコを吸いながら、例外が論評した。


 空中から、地面に落ちる。


 瞬間、ガンドがクリスを襲った。


 ルドルフの二次変換だ。


 指差した対象を、呪う魔術。


「人を指差すな」


 のマナーにもなった曰く付きの魔術。


 それもフィンの一撃だ。


 着地と同時。


 躱す暇もないが、


「……………………」


「なっ?」


 加護の装束の防御力は、並みじゃない。


 ガンド程度では、まず攻撃とすら認識され能わないのだ。


 仮想聖釘が跳ぶ。


 夜空を貫くように。


 静謐な投擲。


 正確な標的。


 脅威な威力。


 まさに避けるしかない絶対攻撃。


 空中をマニューバで躱しながら、次々と魔術を放つも、そのどれもを、彼女は苦にしない。


「さて」


 アスカロンを握る。


 加速。


 跳躍。


 剣閃。


「ちぃ!」


 寸前で避ける。


 かなりギリギリだ。


 その上、水の奔流を生みだすも、アスカロンがコレを斬り裂いた。


 もはや人間で語れるレベルを超えている。


 吸血鬼ですら、戦慄する暴風だ。


「化け物……!」


「貴方が言いますか」


 彼女は素っ気なく返すのみ。


 まるで反撃もままならない。


 仮想聖釘が飛ぶ。


 十重二十重に。


 その雨霰は、正確無比に、ルドルフを襲った。


 彼女の着地。


「さてどうしてくれましょう?」


 アスカロンを担いで、状況の確認。


 戦力では勝っているも、軌道に於いて難がある。


 相手方が飛べるのが、この際、痛いのだろう。


 クリスは空を飛べなかった。


 これがコンクリートジャングルなら、側面を蹴って、襲撃出来るだろうが、今居る場所は炎の庭。


 建物は焼け落ち、グラウンドすら炎にまみれる。


 聖ゲオルギウス学院の終末風景ではあった。

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