ツンデリッター再臨05

 照ノの通う聖ゲオルギウス学園は、幼稚舎から大学部までのエスカレータ形式で、なお自由自立を尊重するソレであるため、ミッションスクールでありながら、


「戒律厳しい」


 とはならなかった。


 さすがにピアスやアクセサリーはアウトだが、髪染めや私服登校が可能な辺り、如実に校風を現している。


 照ノは教会での朝食をとり終えると、アリスと共に一旦アパートに戻り、ジャケットを纏わず、黒いネクタイを締めた喪服の上から、曼珠沙華の意匠をあしらった紅の羽織を着た。


 口にくわえるはおしゃぶり代わりのキセル。


 髪は金田一耕助のように鳥の巣の頭。


 昭和初期作家の様な羽織を着たファッション。


 ついでに履物は下駄。


 まるで書生のような恰好であったが当人……天常照ノはこれが平常である。


 アリスは白いロングヘアーを丁寧に梳いて、まるでシルクの様に輝かしくしなやか髪を持っている。


 着ている服は白いワイシャツに白いスカートで、その上から全体的に真白く百合の意匠があしらわれている羽織を纏っている。


 全身これ真白ではあるが赤の照ノに対応した白だ。


 そして照ノは魔術の師匠でもあるため尚のこと相対性を求めるというものだった。


 履物は白いバッシュ。


 近接戦闘を得意とするアリスであるため、動きやすい履物を求めた結果だ。


「パパ~。アリスさん~。行きましょ~?」


 玄関からトリスの声が聞こえてくる。


「へぇへ」


「はいな」


 照ノとアリスも答える。


 そして三人が合流する。


 ちなみにトリスの服装は修道服である。


 オックスフォードグレーのそれ。


 名を『加護の装束』と云い立派なマジックアイテム。


 主にキリスト教系の暴力装置に所属する使徒が着る物だが、キリスト教圏外では威力使徒のシンボルマークともなっている。


 その効果は様々だがメインは二つ。


 身体能力の増幅。


 魔術に対する耐性。


 即ち魔術師殺しの能力を促進するための衣装である。


 ちなみにトゥニカだけでウィンプルは無い。


 このあたりに戦闘服としての事情が垣間見える。


「では今日も張り切って行きましょう」


 トリスは躊躇いなく、そう言った。


「ま、いいんでやすがね」


 既に教養と云う教養を身につけている照ノとしては学校は楽しめても学業は楽しめない。


 それはアリスも同じだが。


 そして三人は登校する。


 ちなみにクリスは教会の切り盛りがあるし、ジルは吸血鬼であるため陽光は命に関わり、外出することが出来ない。


 故に聖ゲオルギウス学園に通うのは、照ノとトリスとアリスだけだった。


 登校途中、


「おやまぁ」


 天まで昇る塔が見えた。


 大気圏を遥かに突き抜けて宇宙空間にまで伸びる塔。


 宇宙エレベータ。


 二十二世紀も間近に迎えようとしている人類には可能な技術である。


 天を目指す塔であるためバベルの塔にも比喩されるが、もっと直接的に呼ばれる名があった。


 プライドタワー。


 一神教において定義される、七つの大罪の一角……傲慢の名をとって『傲慢の塔プライドタワー』である。


 現在の東京の魔術に関わる者にとって宇宙エレベータ……プライドタワーは一種の一触即発状態となっている。


「天まで昇る」


 という属性を介して、宇宙エレベータを、魔術的実験の対象としているのだ。


 宇宙エレベータには二つの可能性がある。


 一つは「高天原へ至る可能性」。


 一つは「傲慢プライドに対する神罰の具現」


 天へ至る可能性と、天より下される神罰の可能性。


 その双方がせめぎ合っているのだ。


 照ノとアリスの所属する倭人神職会は前者を、クリスとトリスの所属する神威装置は後者を、それぞれ達成するために相争っている。


 とは言っても、どちらかが根絶されうるまで戦い合う……というのは日本の魔術事情において忌避されて当然だ。


 死者を出せば、それだけ日本の魔術界の威力が下がる。


 双方ともにソレは理解しているのである。


 もっとも神威装置のように、


「異教徒や魔術師が減るのは良い事」


 という団体もあるがそれについては割愛。


 ので、妥協案がとられた。


 秩序を示す六芒星ヘキサグラムを魔法陣と化す。


 プライドタワーの最底辺である地上にその六芒星を展開する。


 その六芒星の頂点たる六ケ所の陣地取りゲームで勝敗を決める。


 そんな条約が公布されたのだった。


 そして先日の照ノの展開した魔術錠を、トリスが一所懸命に解こうとしているのには、ここに理由がある。


 要するに、


籠目ヘキサグラムの頂点たる六つ全ての陣地を取った陣営」


 の儀式を優先的に実行する。


「敗者は口を出さない」


 という取り決めが布かれて、六芒星の頂点の一角に、照ノは解呪不能の魔術錠を設置したのであった。


 無論のこと魔術は秘匿されるものであるため、あくまで異空間結界内での話に留まるのだが。


 そもそもにして国家プロジェクトにまでなっている宇宙エレベータを天罰の魔術で物理的に崩壊させたら、


「デフォルトも已む無し」


 なんてことも有り得る。


 そのために、重ね重ね……あくまで結界内での話に収まっているということでもあるのだが。


 どちらにせよ物騒な話ではあった。


 その宇宙エレベータ……プライドタワーを見つめてトリスが嘆息する。


「パパの魔術錠は難しすぎます……」


 この旗取り合戦は、


「ヘキサグラムの六つの頂点を独占した方の魔術実験を可ならしめん」


 という取り決めだ。


 仮に他の五つを天罰側が取ったとしても六つ目を取れないでは意味が無い。


「ま、頑張りやんせ若人」


 そして照ノは、自身の魔術錠が「他者の魔術師に解かれるはずがない」と確信している。


 それは傲りでも何でもなく一現ひとうつつの使い手でもなければ不可能ごとだろう。


 そういう陣地制覇を成し遂げているのである。


「そもそもにして高天原に至る魔術って再現できるんですか?」


「できやすよ」


 くわえているキセルをピコピコ上下に振りながら。


「高天原ってあるんですか?」


「ありやすよ」


「異空間結界?」


「然りでやんす」

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