ゴールデンハント-君臨せし魔王-

鈴箱

第1話 黄金の夜明け 前編

 体が重い、まるで鉄でも纏っているかのように。

 目を開けようとしてもどうも瞼が重い、昨日はしゃぎすぎたせいだろうか。

 記憶が曖昧だ、確か昨日は何をしていたんだっけか。

 ギルドメンバーと集まって宴会して、サービス終了カウントダウンをした事までは覚えている。

 その後は強制的にログアウトされた筈だから恐らく寝落ちでもしてしまったのだろう。

 だとしたらこのまま二度寝を決め込むのもいいかもしれない、そう思った時ふと思い出す。

 そういえば今日から新しい部署に転属だった、遅刻することは許されない。

 そうなればまた説教をくらう事になる、それは避けたい。

 というか今何時だ? 目覚ましが鳴った覚えが無い、つまり既に寝過した可能性が……。

『時間観測開始、計測結果まで二秒……現在二十四時間表記で六時四十三分』

 ほっ、と少し安堵する。

 まだ時間的には余裕がありそうだ。

 …………待て、時刻の読み上げ機能のついた時計など持っていたか?

 自分が持っていたのは古いタイプで丸い形の上部にある小さな突起がベルを鳴らすタイプだ。

 間違っても読み上げるような機能はついていない。

「っ…………」

 目を開けば光が差し込んでくる、辺りの景色が情報として取り込まれ……その結果に驚愕する。

 辺り一面木、木、木。

 ここが森というのは知識でわかる、だがそれはことだ。

 ゲームの世界ならともかく現実世界において自然というものはごく一部にしか残っていない。

 環境汚染と土地開発によって自然というものは既に無く、人工的に作られた物しかない。

 故にこの光景はのだ。

「いや……嘘だろ……? そういう話は聞くけど全部妄想なわけで、実態はまだサービス終了していないとか……」

 あまりの事態に考えが口に出ていた、ともかく事実の確認しかない。

 インターフェイスを開きログアウト画面を…………

「…………!?」

 画面を開こうとした手を見て、画面を開くまでも無くこの世界がゲームの世界だということがわかった。

 自分の視界に映った手は一見人と変わらない、しかし関節から見える無機質な部品は間違いなく人の物ではない。

 自動人形と呼ばれるユグドラシルにおける種族の一つ、ヴァルキュリアの失墜というアップデートによって追加されたものだ。

 この体はユグドリシルでクリエイトしたキャラクター、つまり現実ではない事を意味している。

 もし自分でクリエイトしたままの姿なら銀髪の長い髪にすらっとした女性体型、本来現実の性別と違う性別は作成できない。

 だが自動人形の特性としてボディを換装できるという穴を突き、限りなく性転換に近い女装という形で作られている。

 ぶっちゃければネカマ専用キャラクターだ。

「なんだ、良かった……何か不具合でも起きてサービス続行してるのかね?」

 ともかく時間も時間だ、とりあえずログアウトして仕事の支度を……。

「……………………」

 インターフェイス画面は開く、システムメニューも問題なく開く。

 しかしどこにもログアウトという文字がない、無論インターネット画面も無い。

 うむ、どこぞで聞いた事のあるようなないような状況だ。

「と、とりあえずGMコールか? それともフレンドは…………」

 運営に直接連絡を取るGMコール、しかし何度か試しても反応はない。

 フレンド欄をいくらスクロールしても灰色のまま、誰一人としてログインはしていない。

「あー……駄目か…………どうしようか…………」

 正直何も思いつかない、定番と言えば近くの町に行って情報収集だろうか?

 そもそもここはどこだ? マップ表示すらないぞ、どうすんだこれ。

 そう考えていると背後からがさりという音が聞こえる。

「ん」

 これはアレだ、たまたま森を歩いていた少女とか猟師とかそいういうのにエンカウントして情報の手がかりを得るチャンスだ。

 まぁそれは相手が人間とか言葉の通じる相手ならの話だが。

「グルルルルルルル…………」

 巨大な図体をした熊、恐らくレッサーベアーとかそのあたりだろう。

 Lvは20くらいで初心者の頃よく狩ったものだ。

「とりあえず言葉を覚えて出直してこい」

 インベントリから武器LF-4000、黒く鈍い色でありながらスマートなアサルトライフル式の形状の銃を取り出す。

 この辺りはユグドラシルと同じで少し安堵する、もし違っていたらどうしようかと。

 タタ、タン! と甲高い音と共に巨体は消飛ぶ。

「あー……まぁオーバーキルだわな……」

 自分のLvは100、既に限界値を迎えているわけだがこれは至って普通の事だ。

 ゲームを続けていれば自然と上限値に行く、だが当然武器もそれに伴って強くなる。

 まぁつまり、Lv100が装備するような武器でLv20くらいのモンスターを攻撃すれば当然の結果である。

「とりあえず……使えるかなぁ <マギノギア:リード・オブ・バタフライ/魔導機術:蝶の道標>」

 魔法ではなくスキルを発動させる、自動人形はマジックキャスターと言った魔法系職業にはなれない、その代わりに同レベル帯のマジックキャスターよりは劣るがほぼ同じ効果を持つスキルを発動できる。

 それがマギノギアというスキルで違いというのはまずMPの消費が少ない、その代わりに素材アイテムを消費する為赤字になりやすい。

 普通のマジックキャスターなら時間経過で回復するMPだけで済むのだが、自動人形は素材アイテムまで消費するのでどうしても出費が出るのだ。

 こうして発動したスキルはインベントリから球体の機械が現れ3Dプリンターのように機械の蝶を作っていく。

「ギルドホールまで案内しろ、してください、いや本当マジで」

 唯一自分の知るものがあるとすればそこだ、無ければ知らん、どうしようもない。

 ふわふわと飛びだった蝶は二、三週手の周りを飛んだあとふらふらと飛んで行く。

「なんとか……なりそうかな……?」

 不安しかないがひとまずなんとかなる事に賭ける他ない。



                  ◇



 蝶に導かれ辿り着いたのは森の中にあるログハウス。

 見覚えがあるというよりは忘れるはずがない建物だ。

 自身が所属していたギルド、黄金財団のギルドホールだ。

 黄金財団はプレイヤー同士が戦うPvP、仲間と協力してダンジョン攻略を目指す、商業団体として取引を目的とした物、そういった目的で結成された物とは一切違うギルド。

 全盛期でも十数あるかと言われたコレクターズギルド、もっと簡単に言えばトレジャーハンターギルドだ。

 強くなる為でもなく、利益を得るためでもなく、自慢するわけでもない。

 ただアイテムを収集し、コレクションするだけのギルド。

 故にメンバーは自身を含めても四人しかおらず、どれも別のゲームで知り合ったプレイヤー達、身内ギルドとも呼ばれたことがある。

 そんなギルドが大きなギルドホールを持てるなんて事は無く、外観の一層はちょっと大きいくらいの規模しかない。

 そんなギルドホールの入り口、木の扉を開くと見慣れた光景が映る。

 少ない仲間達で作り上げた拠点、暖炉と大きな円卓があり奥には調合用の竈があるだけ。

「良かった、ここはいつも通りだ」

 果たして何故ここだけ無事なのか、そんなことはどうでもいい。

 今は見知ったギルドホールで安住の地であることがわかれば安心する。

「イブリス…………様…………?」

 ふと部屋の隅から自分を呼びかける声がする、視線を向けるとそこにはシンプルで過度な装飾の無い白いドレスを着た少女がいる。

 編み込まれた金色の髪に翡翠色の瞳、年は十二かそこらの幼い姿。

「アンラか……? いや、今私を呼んだのか?」

 アンラ・マユ、このギルドホール唯一のNPC。

 戦闘能力は一切無くギルドメンバー不在時の管理、及びにアイテム整理等と言ったいわば雑用担当だ。

 ちなみにイブリスというのは自分のキャラクター名だ。

「はい……永らくお待ちしておりました、もう戻られないのではと何度も考えました……けど……けれど良かった……戻ってこられると信じていて……本当に……」

 ぐすぐすと涙を流し顔いっぱいで感情を示す、しかし自分にとってそれは困惑の要因にしかならない。

 NPCとは通常受け答え程度しかできないものだ、中にはAIを組んで人間並の思考を持たせるプレイヤーもいる。

 だがアンラにはそのような手の込んだ事はしていない、せめてちょっとくらいはと設定は書きこんだが。

「あ、あの……イブリス様、何か私気を害すような事でも……」

「いや、何でもない、ちょっと考え事してただけ」

 おずおずとしているアンラに近づき頭を撫でてやると少し驚いた後猫のように嬉しそうな表情をする。

 やはりNPCではなく一個の人格らしきものを持っている。

 この世界の変化と関係があるのだろうか。

 考えられるとしたら二つ、一つは完全な異世界としてギルドホールと自分がゲームのキャラクターとして転移した事、二つ目は未だにゲームとしての世界である事。

 自身は前者であると予想しているが後者の可能性は捨てきれない。

 何故なら数年前、ユグドラシルとは別のゲームでそのような事件が起きたからだ。

 ゲームをプレイしていた人間数万人を電脳空間に幽閉した事で有名になった事件がある以上自分がその被害者になった可能性は捨てきれない。

「アンラ、私以外のメンバーがどうなっているかはわかる?」

「はい、災凶大蛇様、ハミングバード様、正一郎様、イブリス様、全員が御健在であることはわかっています、…………ただリストの表示があるだけで他のお三方が今どこで何をしているのか、ここへお戻りになられるかは…………わかりません」

 アンラがギルメンバーリストを表示させこちらに見せるとプレイヤーである四名の名前とアンラの名前が白く表示されている。

 これはゲームであればログイン状態で生存している事、死亡していたりログアウト状態だと灰色で表示される。

「<メッセージ/伝言>はどうだ?」

「すみません、私はそういった魔法は使えず…………」

 あれ、そこまで能力設定していなかったか?

 そう気になってアンラのステータスを表示させるとLvはたったの15、管理能力として最低限の割り振りしかされていない。

「あー…………何かすまないな」

「いえっ、私が役に立たず申し訳ありません……」

 うーむ、かわいいな。

 以前は無機質に受け答えするだけだったのであまり気にかからなかったが表情と感情が見えるだけでここまで違うとは。

 そりゃ狂ったようにAIを打ち込む人間が出るわけだ。

「まぁいいよ、こっちから呼び出そう<マギノギア:メッセージ/魔導機術:伝言>!!」

 再びインベントリから球体が飛び出し耳に小型の無線機が作られる。

 ゴリゴリと素材アイテムが削れるためあまり使いたくはないがここは躊躇う場ではない。

「……………………?」

「あの、どうかされましたか……?」

 反応が、無い。

 多分繋がっている様子はあるのだが、どうも一方的というか応答が無い。

「いや……繋がってる気はするんだけ……!?」

 視線をアンラに移そうとしたとき、空間が歪み始める。

 <ゲート/転移門>とはまた違った空間の歪み、虚空に波紋ができるような形。

「ひっ…………」

 ギルドホール内への、又はギルドホール内での転移はギルドメンバーに配布される指輪等の効果でなければできない。

 ただ例外を上げるとすればアレしかない――


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