第12話 フリーな一日の始まり

 ハンバーグというお肉を初めて食べた次の日の朝。昨日はハンバーグ以外に何かあったっけ? 私はハンバーグを食べるために生まれてきたんだってことを知った。そのこととハンバーグの味しか思い出すことができない。

 上半身を起こす。怪我はほとんど痛まなくなってる。ローランはどんな治療してくれたんだろ。ローランの治療がすごいのか、それほど重症ではなかったのか、怪我をした瞬間に気を失った私には分からない。

 隣の布団でフレンが眠っている。そういえば昨日は人工呼吸しようとしたんだっけ。無我夢中だったとはいえ、少しだけ口づけしちゃった。特に何とも思わなかったけど。

 起きて布団をたたむ。ローランが文句を言わないからって泊まり過ぎかな。どうしてか知らないけど、ローランはしばらくなら泊まっていいと言ってくれている。しばらくっていうのが何日かは知らない。でも、今日か、遅くても明日には出発しないと、ソフィアさんとの距離が取り返しのつかないことになる。だというのにフレンはぐーたら寝て……

「またキスしちゃうぞ」

 耳元でささやいてみた。少しは色っぽく言えたかな?

 フレンが目を覚まして私の方を見る。なんだか眠たそう。

「おはよう」

 とりあえず挨拶した。フレンは私を見たまま動かない。本当にどうしたんだろう。

 あ、二度寝を始めた。もしかして私にキスされたいのかな? しないけど。

 とりあえずローランに挨拶してこようかな。フレンは二度寝する悪い子だから置いて行こう。


🌙


 いつもローランが座っている場所へ行くと、ローランとお客さんがいた。あ、教会で遊ぶ約束した女の子か。約束通り遊びに来たんだね。よくここに私がいるって分かったねー。

 女の子は私に気が付くと駆け寄ってきた。

「ルナ―、おはよう!」

 ローランが私の名前を教えたのかな。別にいいんだけど、私は女の子の名前知らないから、どう自己紹介してもらうか困っちゃうね。

「おはよう」

 そういえばこの子は何歳なんだろう。私より三つくらいは下だと思う。

「嬢ちゃんたち。俺は出かけるぜ。仲良く遊ぶんだぞ」

 ローランは家から出て行った。女の子は「いってらっしゃーい!」と言っている。ローランと女の子は知り合いなのかな。

「あ! おじさんの名前聞き忘れた!」

 私の名前より先に聞いてあげようよ。それに知り合いじゃなかったみたい。この女の子に警戒心とかはないのだろうか。やっぱり将来が心配だ。

「ルナ―ルナ―」

「なに?」

「教会へ行こう!」

 えー行きたくなーい。


🌙


 女の子に教会へ連れてこられた。廃墟だった教会はピカピカになっている。また魔法で綺麗に見せているのだろう。

 女の子は扉の前で立ち止まった。なんで入らないんだろう。

「ルナー」

「なに?」

「教会綺麗?」

 この教会が綺麗なのか。私にとってはノーかな。でも、わざわざ汚いと言うほどではない。だから「綺麗だよ」と答えた。

「そっか。綺麗に見えるよねー。でもね。本当はボロボロなんだ。お姉ちゃんとおんなじで」

「お姉ちゃん? シスターのことかな」

「うん」

 なんか女の子の雰囲気が変わった。危険だとかそういうのはないけど、なんとなく普通じゃない感じがする。今まで通り警戒心のない人懐っこい女の子だと思っていたら痛い目に遭うかもしれない。

 全然そんなことはなくて、私が考え過ぎなだけかもしれないけど。むしろそうであってほしい。

「私たちね。お父さんは同じ人なんだけど、お母さんがみんな違うんだ」

「……ああ、そういうことか」

 女の子たちの父親はいろんな女性と子どもを作って、産まれた子どもは捨てたってことでしょ。暮らしてた村ではなかったけど、村を歩いていたらそういう噂話を盗み聞きしたことがある。おばちゃんはそういう話も好きだから。

「ルナの想像通りだと思うよ。ちなみにお父さんは教会で働いていたんだ。不幸なことが起きてお祈りに来た女の人を狙って赤ちゃん作ってたんだよ。最低だよね」

「そ、そうだね」

 なにこの子。眼が怖いんだけど。あんなキラキラした眼をしていたのに、今は闇の世界でも広がっていそうな眼をしている。でも、一度瞬きをすると、女の子の眼は元に戻っていた。

「でもね! お姉ちゃんがみんな助けてくれたの! 全然相手してくれなかった親の代わりに育ててくれた! 親をみんな石にして楽しい毎日をくれた! 信者の人たちからお金を取ってるのは知ってるよ。でもね、信者の人たちはそれで救われているんだよ! だからお姉ちゃんはルナが思ってるような悪い人じゃないんだ! だからお姉ちゃんの理解者なってほしいんだ!」

 ……どこも同じだなぁ。町でも村でも何も変わらない。私が知った時には、何もかも壊れた後なんだ。お金をたくさん取る領主が悪いのか、この子たちの父親が悪いのか、シスターが悪いのか、騙される信者が悪いのか、みんな悪いのか、誰も悪くなんかないのか。そんなの今の私にわかるわけがない。

 だから今は目の前の女の子のために頷いた。

「分かったよ」

 もし未来の私がシスターが悪いと結論したなら、その時にシスターを懲らしめにくればいい。だから今は寝坊助のフレンが悪いことにしておこう。


🌙


 シスターは今日も詐欺をしていた。ガラクタみたいなものを渡してゴールドを受け取っていた。

「ふふ、ちょろいわね」

「聞こえてるよ」

 シスターは悪い顔を隠すことなく私の方を見る。

「こんにちは。神の子よ」

「儲かってる?」

「あなたのせいで私は徹夜よ。教会を綺麗に見せる魔法を使うのに、いくつ魔方陣が必要だと思ってるの。そういうわけで赤字よ。私のお肌がね」

 わー面白ーい。なら赤字分を返してあげよう。

「はい、宝石余ったから返す」

「宝石でお肌をきれいにできたら苦労しないわ」

 普通に綺麗だと思うけどなぁ。詐欺師だけど。

 宝石は受け取ってくれなかった。シスターのプライドってやつのせいかな。昨日私も戦ったけど強敵だった。

「で、神の子よ。どうしてホリーと一緒なのか、もちろん教えてくれるよね? いじめてたら今度こそ油断せずに全力でぼっこぼこよ」

「いじめたりしないよ。ホリーとは仲良しだから」

 名前は今知ったばかりだけど。ホリーか……良い名前だね。

「そういえばシスターの名前はなんていうの? 私はルナだよ」

「名前はとっくに捨てた。好きに呼べば?」

「じゃあ、お姉ちゃんで」

 痛い! チョップされたー。

「それは駄目。これまで通りシスターって呼びなさい」

 まあいいか。私の中ではシスターで定着しちゃってたし。


🌙


「そういえばシスターって呪い耐性なかったよねー」

 少し気になっていたことがあるから聞いてみる。

「……それがなに?」

「呪い耐性がないのに呪い魔法使うと体壊れるよ。お肌も荒れちゃうよ」

 耐性があっても少しずつ体は呪いに蝕まれる。私は耐性があるから、少し寿命減っちゃうかもって程度だけど、耐性のないシスターはかなり寿命削ってそう。

「いいのよ。みんなが大きくなるまでは生きていられるから。三十路までは生きてみたいわね。みんなに素敵な恋人ができて幸せになって……ってなんであなたにことんなことを……」

「勝手に喋ったんじゃん」

 はぁ、シスターがただの悪者だったら、良い人と悪い人を分けるの簡単になりそうなんだけどな。でも、シスターみたいな人がいるからいつまでたっても分からない。まあ、詐欺師だから悪い人なんだけど。

 私が懲らしめていいような悪い人だと思えないだけ。

「もう帰りなさい。営業妨害で訴えるわよ」

「そんなこと言ったら詐欺師なのバラすよ。帰ってあげるけどさ」

 ホリーは私とシスターが話している間に、他の子どもたちに混ざって遊んでいた。何かありそうな子だったな。深入りする気にはなれないけど。

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