第5話 青木からの電話
一方、そんな裏取引がされているとも知らない音羽はほくほく顔で自分の部屋へと戻ってきた。
いろいろどたばたはしたが、なんとかチョコレートは完成した。後はこの気持ちを彼に伝えるだけだ。
「折原君……」
ぎゅっと自分の気持ちを抱き締め、幸せな物思いにふける音羽。
そこへ扉をノックする音がして音羽は慌ててチョコを机の中に隠した。
「音羽様、お友達からお電話です」
「分かりました。すぐに行きます」
チョコ作りに熱中していた間に時刻はすっかり夜になっていた。こんな時間に誰だろう。香かしら。と思いながら、音羽は廊下にある格式高い受話器を手に取った。
「もしもし、代わりました」
『あ、音羽さん? あたし。青木よ』
「青木さん???」
音羽にはなじみの無い名前だった。でも、どこかで聞いたような気はする。その気配が伝わったのだろう。相手は補足するように付け加えてきた。
『あなたと同じクラスの青木よ。覚えてない?』
「あ、そう言えば……」
そんな人もいたような気がする。相手は構わず言葉を続けてきた。
『それでね、音羽さんに聞きたいことがあるの。もうすぐバレンタインだよね。音羽さんは誰かにチョコあげるの?』
「え!?」
突然思いもかけないことを聞かれて音羽はうろたえた。
『好きな人がいるんでしょ?』
「い……いえ!?」
『いないの?』
「い……います! 3組の折原君! うわっ」
思わず彼の名前を言ってしまって、音羽は赤面して頭を抱え込んでしまった。
『ごめん、変なこと聞いちゃって。わたしも不安だったのよ。音羽さんと話せて安心したわ。お互い思いが届けられるように頑張りましょう』
「はい」
なんとか返事を返して音羽は切れた受話器を置いた。
まだ少しドキドキしていたけど、自分と同じ気持ちの人がいて、その子の助けになることが出来たのだと思うと暖かい気持ちにもなる音羽だった。
「まさかこんなに簡単に分かってしまうとは」
音羽との通話を終えて、千砂は携帯電話を閉じた。
青木というのはもちろん偽名だ。音羽と話を合わせるために適当な嘘をついたのだ。
公園から空を見上げながら、記事の色塗りを任せて部屋に置いてきた光一のことを思う。
「素直な妹さんなのね」
彼女と始めて話をして、千砂はそう思わずにはいられなかった。それは自分には無い純粋さだった。
そして、彼女の兄桐生光一が彼女に惹かれる理由も分かる気がした。
「シスコン兄貴に教えてやるか」
一人呟き、千砂は光一の待つ部屋へと戻っていった。
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