第13話《Aパート》
「翔太、忘れ物はない?」
「うん! 大丈夫!」
日村家の玄関先。まりこの問いに、靴を履いていた翔太はくるりと振り向いて答えた。
「今日は、頑張ってきてね」
まりこが微笑むと、翔太もにっと歯を見せて笑う。
「うん! それじゃあ、行ってきます!!」
「いってらっしゃい」
ぱたぱたと走る翔太を、まりこは見送る。楽しそうに弾む翔太の背中。まりこは、安堵の表情を浮かべた。
あの暗い表情で帰ってきた日。まりこは、翔太にどうしてあげるべきか、わからなかった。翔太が語らない以上触れていいのか、それとも何も言わずに待つべきだったのか。もしも、彼の父親が――雄一が生きていたなら。そんな事すら、まりこは考えてしまっていた。
譲と会うと、小さな背中で去っていた翔太だったが、帰って来てからは笑みを浮かべて父親の元に報告をしていた。「今日も譲とブレバトをした」と。
「あのね、母さん」
ある日の夕食時、翔太が突然話を切り出した。
「おれ、シャインであるブレバトのショップ大会に出ようと思うんだ」
「ショップ、大会?」
事情がよく分からないまりこだったが、翔太が自分なりの言葉で一生懸命にまりこに説明をしてくれた。ショップ大会に勝てば全国で行われる大会に出られるかもしれない。だからがんばってみたい、と。
「……そっか。翔太はすごいね」
まりこは翔太が語る姿を見て微笑んだ。
翔太はどちらかというと大人しい性格で、積極的に何かをしたいという子ではなかった。学校でも主体的に何かするというよりは、周りについて行って一緒にすることが多いと聞いていた。それが悪いとは思わなかったが、自分の気持ちを言えているのだろうかと時々まりこは不安に思うことがあった。父親のことを気にして、無意識のうちに自分に負担をかけないようにしているのではないか、と。
「……母さん?」
まりこが何も言わないことに気付いた翔太は、首を傾げた。それから、不安げに口を開いた。
「やっぱり、ダメ……かな」
翔太が問うと、まりこは首を振り、それから手を伸ばして翔太の頭を撫でた。
「ううん。翔太、頑張っておいで」
まりこが言うと、翔太はぱあと表情を明るくさせた。
「うん!」
そんな会話を思い出しながら、まりこは遠くなる翔太の背中を見ていた。
「雄一さん……、翔太、すごく大きくなったよ」
「うわ……! 人がいっぱい……!」
シャインの前にやってきた翔太は驚いたような声を上げる。普段からシャインにやってきている翔太だったが、店の中が混雑するほど人が来ている様子は初めて見た。困惑した様子で店の入り口の前に立っていると、聞き慣れた声が翔太の名前を呼んだ。
「翔太ー!」
「譲! 要さんも!」
翔太に向かって大きく手を振る譲とその後ろを歩く要の姿。それを見て、翔太はようやく安堵の表情を浮かべた。
「よう、翔太。張り切ってるな」
「はい! ショップ大会、頑張ります!」
「でも優勝するのはオレだからなー!」
要の隣の譲がふふん、と誇らしげに胸を張りながら言う。そんな譲に要がにやりと笑って見せる。
「ほーう? それはつまり、俺に対する宣戦布告ってことでいいのか、弟よ?」
「もちろん!」
要に負けず劣らず、譲もにんまりと笑いながら言う。そんな兄弟の火花散る光景に、翔太は二人の顔をきょろきょろと見比べていた。挙動が怪しい翔太に、譲と要はそっくりな笑みを浮かべた。
「言っとくけど、今の話は翔太にも関係するからな!」
「えっ?」
「そりゃそうだ。俺も譲も、それから翔太も、そしてここに集まってる全員が対戦相手になる可能性があるんだからな。つまり、今日は俺たちもお前のライバルだ」
「ライバル……」
要の言葉をかみしめるように翔太が繰り返すと、譲が強く頷いた。
「おう! だから今日は、全力でバトルしようぜ!」
「……うん!」
譲が拳を握り翔太に向ける。翔太もきゅっと拳を握って譲の拳と合わせた。
「さて、決意表明も無事に終わったし、さっさと店に行って手続きするぞー」
「はーい!」
要に促されて、翔太と譲はシャインに向かった。
店内もやはり多くの人が集まっており、いつも以上に賑やかな様子だった。混雑する店内で、大会の出場手続きを終えた翔太はいつの間にか譲たちとはぐれてしまっていた。恐らく店内にいるだろうから、と特に気にせず翔太は店内の奥に足を進める。
「すごい……いろんな人がいる……」
と、見上げるようにして辺りを見ていた翔太だったが。
「あぶねえぞ」
そんなぶっきらぼうな声と同時に誰かに肩を掴まれた翔太は、その掴まれた手の力のままに身体を後方に引かせた。
「うわっ」
翔太の身体に誰かの身体がぶつかる。
「あ、わりぃ」
「え、っと……」
翔太が顔を上げると、そこにはモヒカン頭が特徴的なダイゴの姿があった。翔太が目を丸く開いていると、ダイゴが前方を指さした。
「ちゃんと前見ねぇとぶつかるぞ」
言われた翔太がダイゴの指の先を見ると、今回の大会を告知するパネルが置いてあった。あと少しでパネルと翔太がぶつかる、と言うところをダイゴが止めたようだ。
「あ、ありがとうございます、ダイゴさん」
「おう。しかしまあ……人が多いことだな」
「そうですね……みんな、出場する人たち、なんですか?」
「そうでもないらしい」
そう言って、ダイゴが顎をくいと動かしてどこかを示す。翔太が視線をずらすと、そこにいたのは一人の青年だった。
「あいつ、別の地区大会の優勝者だ」
「そうなんですか?」
「ここの地区大会で優勝したら、次は地区ブロック大会、それから全国大会って流れだ。自分が当たるかもしれない相手を見に来たってところだろう」
冷静に言うダイゴに対し、話を聞いていた翔太はようやく緊張を実感して心臓をドキドキと鳴らしていた。
「……ん? どうした、翔太?」
「いっ、いえ……なんかおれ、すごいことに参加しようとしてたんだなって……」
「別にすごいことでもないだろう」
胸のあたりを押さえながら言う翔太に、第三者の涼しい声が割り込む。翔太とダイゴが声のした方に視線を向けると、そこには気だるげな顔をしてあくびをしている忍が立っていた。
「忍さん?」
「ただブレバトして、勝てばいいだけだ。そんなに緊張することもない」
「……お前はよくそんな涼しい顔で言いやがるな……」
あくび交じりに言う忍に対して、ダイゴは呆れた表情を浮かべてぼそりと呟く。一方の翔太はいつもと変わらない忍の言葉を聞いて「あはは……」と笑いながらも自分自身も平常心を取り戻していることに気付いていた。
「忍さん、おれを気にしていつも通りでいてくれてるのかな……」
「いや……それはないな」
そんな声を聞いて、翔太が振り向けばはぐれていた要と譲の姿があった。
「おっすDD!」
「おう、譲」
「えっと、要さん……? それって、どういうことですか?」
ダイゴに挨拶する譲の隣に立つ要に、翔太は先ほど要が翔太に投げかけた言葉の意図を尋ねた。要は「はは……」と乾いた笑いを上げつつ、ぼんやりと立っている忍に視線を向ける。
「あいつは大抵のことにはああいう感じなんだよ。誰かに気を使って優しくするってタイプでもないだろ?」
「そうですか?」
そんなことはないと思う、と翔太が首を傾げると要はへらりと柔らかく笑う。
「ま、翔太がそう思うならそれでもいいけどな」
「要さん……?」
[えー、お集まりのみなさん!]
その時。店内放送から弘明の声が響いた。ざわついていた店内も、その声を聞いて静まり始める。
[このたびはカードショップシャインにご来店いただきありがとうございます。そして、本日の『Break×Coronation地区ショップ大会』にご参加いただきありがとうございます! 定刻になりましたので、さっそく対戦表を公開したいと思います!]
弘明の言葉と同時に、店内に設置されているスクリーンパネルに『対戦トーナメント表』の文字が映る。
[では、こちらがトーナメント表になります!]
映し出されたトーナメント表の中から、翔太は自分の名前を探す。
「あった! 対戦相手は……NANA……?」
トーナメント第一試合、翔太の登録名“SHOU”の横に書かれていたのは、“NANA”の文字だった。
「翔太! お前第一試合って、最初じゃん!」
「うん……って?! ええ?!」
譲に指摘されて翔太は改めてトーナメント表を見直す。翔太の試合は第一試合――つまり、最初に行われる試合ということだ。
「どっ、どうしよう……!」
「どうもこうもない。ただ順番が早いだけだ」
再び緊張でおろおろとし始める翔太に、呆れたように忍が言う。その隣のダイゴと要ががくりと肩を落とす。
「そりゃそうだろうけどよ……お前はもうちょっと言い方を考えられねえのかよ」
「そうだそうだー、ダイゴの言う通りだー。っつーか、そういう忍の試合は……」
要がトーナメント表を見る。翔太の第一試合が書かれている左端から視線をずらして、忍の名前を見つけたのは一番右端。
「師匠、最終試合だ!」
「別に最後だからって何の関係もないだろう」
「……お前って本当にブレねーのな」
はしゃぐ譲を気にする様子もなく、忍は先ほどの翔太にかけたようなものと同じような反応をしていた。一方の翔太はまた緊張を思い出してしまったようで、やはりスクリーンを見ておろおろとしている。
「ど、どうしよう……」
[翔太]
聞こえてきた声にはっと翔太は顔を上げる。そしてポケットの中に入っていたカードケースを取り出して、一番手前に入っているショウのカードを取り出した。
「ショウ……」
[いいじゃないか、一番手。盛り上がってきたな!]
「うう……おれは緊張でお腹痛くなりそうだよ……」
肩を慣らすように回しているショウに対して、翔太は深いため息を吐き出した。
[なんだよ、翔太。一人で緊張するなって]
「そういうショウは一人で元気すぎだよ……でも、それでいいのかな」
[え?]
翔太の言葉に、ショウが首を傾げる。そんなショウに翔太がくすりと笑いかけた。
「なんか、おれたち二人でバランスいいのかなーって」
[……ああ、そうかもな]
言われたショウも少しだけ肩をすくめながらも、にこりと翔太に微笑んだ。
[えー、それでは、ショップ大会のルールを説明させていただきます。出場者のみなさんは、バトルスペースの方に移動をお願いします!]
店内に再び弘明の声が響く。翔太はショウのカードをケースに収めて、譲たちと一緒にバトルスペースに向かった。
「わあ……」
参加者は翔太と同じ年ぐらいの小学生から大人まで、男女問わず集まっていた、が。
「……え?」
そこに集まっていた中の一人――恐らく成人男性なのだが、頭をすっぽりと隠す白いヘルメットとそこから顔の上半分を隠すような黄色い縁の大きな仮面。服装も白と水色、黄色いラインのヒーロースーツ。あまりにも目立つ人物に、翔太は思わず二度見してしまった。それは隣に立つ譲や要も同じだった。
「す、すごい……ああいう人も、参加、するんだ……」
「お、おお……」
「あれは特殊なパターンだろ……」
そんな会話をしている間に、バトルスペースに設置されていた大型スクリーンの前に弘明がやってきた。
「えー、みなさん。改めまして。今回は、当店で開催されますブレコロの地区ショップ大会にご参加いただきありがとうございます!」
そう言って、弘明は深く礼をする。その弘明に参加者たちが拍手を送る。
「ああ、ありがとうございます……! では、今回のショップ大会のルールを説明させていただきますね」
そう言って弘明は左手首につけているBフォンを操作してスクリーンの画面を切り替える。
「今回のショップ大会ではブライト社から提示されているブレコロ公式ルールに沿って試合を行わせていただきます。十ラウンド制限で、十ラウンド以内に相手のライフをゼロにするか、あるいは十ラウンド目の時点でライフが多く残っているブレイバーの勝利と判断します。また、同ライフで終了した場合のみライフがゼロになるまでのサドンデスバトルとなります」
弘明の説明した内容がスクリーンに映し出される。その画面を翔太はじいと見つめていた。
「では、大会の進行についてですが、この後第一試合、SHOU対NANA、そして第二試合のSin対ジャスティス・Sを同時に行います。それぞれの試合が終わった後第三試合、第四試合…と続けて、本日は第八試合まで行います。続く準々決勝・準決勝は明日、決勝は来週という予定になっています。ここまでの試合予定で何か質問がある方はいらっしゃいますか?」
弘明が問うが、参加者から質問は出なかった。
「それでは、ブレコロ地区ショップ大会を開始します!」
弘明の宣言と共に参加者、そして試合を見に来た観客の拍手が店内に響いた。
「じゃあ、第一試合のSHOUさんとNANAさんはこっちのテーブルに来てくださーい」
「第二試合のSinさんとジャスティス・Sさんはこちらへー。それ以外の参加者の方は他二台のバトルテーブルで準備をしていただいても構いませんよー」
翔太がバトルを行う予定のテーブルには真澄が立って大きく手を振っていた。
「真澄さん!」
「翔太くん、今日はよろしくね」
「はい!! よろしくお願いします!」
真澄に挨拶をして、翔太は自分のバトルスペースに立つ。
「対戦相手……どんな人だろう……」
「あっ、あの……!」
聞こえてきた声に翔太は顔を上げる。向かい側に立っていたのは、翔太よりも年上の少女。黒く長い髪を三つ編みにして二つに下ろし、眼鏡をかけた大人しそうな印象。こんな人もブレバトをするのか、と翔太は少しだけ驚いたように少女を見た。
「えっと、SHOUさん、です……よね?」
「あっ、はい! ええっと、NANAさん……?」
「はい。あの、
「はい、おれは日村翔太です。今日はよろしくお願いします!」
少女――ななつの挨拶を受けて、翔太も深く礼をする。
「はい、じゃあお互いのデッキを交換してシャッフルしてください」
真澄に促され、翔太とななつは互いにデッキを渡す。互いにカードをシャッフルさせてデッキを戻した。
「それではデッキをデッキゾーンに置いて、アルターゾーンにスマートフォンと、アルターカードをレイズしてください」
翔太はスマートフォンをアルターゾーンに置き、その上に一枚のカードを置いた。
「行くよ、ショウ」
スマートフォンとバトルゾーンが連動して、バトルゾーンに描かれている線が淡い光を灯す。
「それでは、バトルスタート!」
真澄の宣言と共に、翔太もななつもアルターゾーンに置いていたカードを表に返した。
「アルターコール! 『剣の勇者ショウ』!」
「アルターコール、『白き大天使リリエル』!」
翔太のアルターゾーンにショウの姿が、ななつのアルターゾーンには白銀の髪の白い翼を携えた、目を閉じた天使の姿が映しだされた。
[行くぞ、翔太!]
「うん!」
振り返ったショウに翔太は強く頷いた。
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