第3話
眼前には背丈ほどの草が生い茂っている草むら。その草むらの先には光が見受けられ、きっとあそこで【此岸征旅】は作業をしている。
あそこへ行くにはこの草むらを越えなければならない。
「さて。この先へ行くには、草むらの中に入っていかないといけないわけだけど。とりあえず、文句はなしの方向でお願いしますよ。橘花さん」
「文句なんて言わないよ。今は文句言っている場合じゃないと思うし」
「ほんとに? 虫が出ても喚くなよ。あいつらにばれるから」
「だ、大丈夫だよ。虫大好き」
「嘘つけ。俺でさえ蛇とか出てきたら怖いのに」
「はい。虫は嫌いです。嘘吐いてごめんなさい。でもでも、大丈夫。喚かないから我慢するから」
「それじゃあ――」
と、俺は草むらに手を掛ける。背丈ほどの草むらを、音を立てないように慎重に掻き分けて、俺たちは草むらの中へ入っていく。
※※※※
草むらを隔てたその先には円形に整えられた更地が存在している。もともとはここも草むらになっていたのだが、【此岸征旅】が今回の計画を遂行する際に草刈りをして整備をしたのだ。
「まったく初めはびっくりしたものですよね。石神遺跡がこんな何の整備もされていない草むらになっていただなんて」
【此岸征旅】のリーダーであるラビ=ミトラ・アーディティヤはこの計画のことを振り返りながらそんなことを言った。
「調べてみたらかなりの昔にここの発掘は済んでいて埋め戻されて田圃になっていたらしいですね」
アーディティヤの隣でジュリオ・ヴェルサーチェは金髪を揺らしながらそう言った。
彼女らのほかにもここには大勢の【此岸征旅】メンバーが準備を進めていた。準備といっても集めた身体の各部位を継いで接いで阿修羅の形――三面六臂に形成するくらいではあるが。
彼女たち【此岸征旅】がいるこの場所は石神遺跡と呼ばれていた土地の須弥山石が発掘された場所である。
歴史的価値のある場所であり、魔法的価値もある場所。太古の昔から神聖視されていたために、ここら一帯に存在する霊魂は特殊なものに変質しているためにこの場所は魔法使いにとっては特別。
須弥山を模した須弥山石があった場所で、須弥山は阿修羅と縁があり、つまりここは
【此岸征旅】が《阿修羅》製造の場に選んだ理由はそういうことである。
魔法兵器を動かす特殊な霊魂があり、なおかつ阿修羅と縁深い場所という条件に見合う場所がここ奈良県明日香村石神遺跡であった。少なくとも〈日本〉においてはここが最適であった。
アーディティヤたちが言うように、彼女たちがここをみつけた当初は使われていない畑だったようで背丈ほどの雑草が生い茂っていた。だから彼女たちは必要な場所の草を刈って、今のように更地にした。
更地にしたのは必要な部分だけで、ほかは全然手つかず。依然として草が生い茂っている。
だからきっとこの場所を上空から見たらミステリーサークルみたいに見えるだろう。草原の真ん中に円形の更地。
「ん?」とジュリオがふと怪訝な表情をする。
「どうしました?」
「いえ。何者かが侵入したようです」
ジュリオはここら一帯には魔法の糸を蜘蛛の巣のように張り巡らせており、侵入者があればジュリオはそれを感知できるようになっている。今しがた反応があった。糸が震え、その異変がジュリオへと伝達。誰かがこちらへやって来ている。
「そういえば私たちのことを追っている者がいるって言っていましたね」
「はい、おそらくその彼らだと思います」
「まったくそう簡単には事を進ませないってことですか。とりあえず、周囲の警備を強化。その侵入者は見つけ次第始末してください。あ、できればどこの差し金か訊いておいてください」
「はい」と言ってジュリオは指示を飛ばすためにアーディティヤのもとを離れた。
アーディティヤは円形の中心――須弥山石が発掘された場所へ。そこでは《阿修羅》の製作がおこなわれていた。
「どうですか?」と彼女はそこで《阿修羅》製作に勤しんでいる人たちに声を掛ける。
一人の男性がこちらを向き、答える。
「あと少しです。とりあえず、頭は三つとも接合できまして、今は腕を付けています」
アーディティヤはその造りかけの《阿修羅》を見る。
その身体は女子校生のものだと聞いている。その身体には別人の頭が三つ接合されており、頭が三つということは顔も三つあった。女の顔もあれば男の顔もある。いずれの顔にも眼球はなく眼孔がぽっかりと空いていた。
《阿修羅》の製作者たちは今腕の接合に取りかかっていた。魔法を使って、腕を接合していく。右に三本。左に三本。六本の腕を接合する予定である。
この腕を接合し終えたら、次は眼球を眼孔の中に入れる。
そうして完成。
「ふふ」とアーディティヤは笑みを浮かべた。
《阿修羅》の完成が目前に迫っていることが嬉しくて、そこから自然と笑みが浮かんだ。
ジュリオの話ではここへ誰か――敵がやって来るらしいけど、もうそんなことはどうでもいい。敵がここへ来たところで何かが変わるとは思えないからだ。
もう誰も止められない。
もう誰も【此岸征旅】の計画は止められない。
ラビ=ミトラ・アーディティヤにはそんな自信がどこからともなく湧き出ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます