第3話
そしてやって来たのは大型の衣料品店だった。
「なんだ。服が欲しいのか?」
「うん。だって、わたしたちが持ってる服ってこれだけじゃん。さすがにこれだけじゃね。心許ないというか何というか。てか、せっかくだからいろんな服を着たい」
「別に俺はこれだけでいいんだが」
ファッションにも興味がないし。
「さてはファッションに興味がないな? まったく。これだから男子は。仕方ない。きみの服はわたしが選んでさしあげよう」
「そりゃどうも」
「じゃあ、まずはわたしの服選びに付き合ってくれる?」
「ああ、わかった」
で。橘花はレディースのコーナーで服を漁る。彼女がどういう基準で服を選んでいるのかは知らないが、彼女はめぼしい服があればそれを持って試着室へと行く。
「覗かないでねっ」と言って橘花は試着室のカーテンを引く。いや、覗かねーよ。こんなほかの客がいる目の前で堂々と覗きなんてしねーよ。
しばらく経ってカーテンが開かれる。
「どう?」と言って橘花はこれ見よがしに着ている服を見せびらかす。
橘花の服装は全体的にあっさりとした色合いのものだった。珈琲色のフレアスカート。白のシャツ。小豆色のカーディガン。
「ふむ。似合ってるじゃん。なんだかんだでやっぱり橘花は女の子なんだな」
収容所の中で完結していた生活を送ってきたって言うのに、こうやってちゃんとコーディネートできるっていうのはやはり橘花が女子だからなのか。
橘花がじとーっとこちらを半眼で見る。
「なにそれ。どういう意味?」
「いや別に悪い意味で言ったわけじゃないぞ。ずっと外の世界を知らずに育ったのによくそうやってコーディネートできるなと思って」
「ふふん。センスがあるんだよ。きっと」
「自分で言うなよ」
橘花が再びカーテンを引いた。着替えるらしい。
そして。学校制服風の服に再び着替えて試着室から出てきて、彼女は「とりあえずこれは買おう」と言った。嬉しそうだった。
とりあえずってことはたぶんまだほかにも服を買うんだろうな。
その後も橘花は手当たり次第に服を買い物カゴの中に入れていく。
「おいおい、そんなに買って。着るのかよ?」
「着るの。着るったら着る」
いや駄々をこねるみたいに言われてもだね。きみが着るのならそれでいいよ。うん。
橘花が一通り自分の服をカゴに詰めて満足した後は俺の服を買うわけだけど、話だと橘花が選んでくれるってのだが、その当の橘花さんは俺の身体に服を合わせることなく男物の服をカゴに突っ込んでいく。
「それ、俺の服だよね」
「そだよ」
「俺に決定権はないの? つーか、試着は? 試着しなくていいの?」
「竜杜くんイケメンだから何着ても似合うよ」
「雑! 答えが雑! 俺の好みを聞くぐらいしてくれてもいいんじゃね?」
「じゃあなに? 好みがあるの? ファッションには疎いんじゃないの?」
「いや……」
別にどんな服が好きだとか、どんな色が好きだとか、ファッションに対する興味はないし、興味がないってことはこれといった好みもない。ないけど……ほら、それでも社交辞令的にどんな服が好みかとか訊くでしょ。え、訊かない? 訊かないの? 訊かないのが普通なの?
「ほら。やっぱり着る服にこだわりなんてないんでしょ? ならいいじゃん。ああだこうだと文句を言う男の子はモテないよ?」
はあ、と俺は小さく溜息を吐く。
まあいいか。橘花は俺よりもセンスがあるようだし。ここは彼女に任せておきましょう。
―――――
「結構、買いましたね……」
両手に花……なんてことはなく、俺は両手に買った服が入っている紙袋を提げている。右手に二袋、左手に二袋。計四袋。袋の中には衣料品しかないとはいえ、重いことには変わりはなかった。
いやまあ確かにお金はいっぱい貰っていますからお金の心配をする必要ないけど。けど、自重はしてほしいよね。ほんと。ああ、腕が疲れる。
橘花は俺の隣を歩いている。まったく以て満足そうな顔である。そんな橘花がこちらを向く。向いて、言う。
「次は竜杜くんの番だよ? 行きたい所があるんでしょ?」
そうだ。今度は俺の行きたい所に行くぞ。次は俺が橘花を振り回す番なのだ。で、そんな俺が行きたい所。それは……。
「ゲーセンへ行こう」
「ゲーセン?」
「そうゲーセン。ゲームセンター。わかる?」
「わかるけど、なんで?」
「なんでってそりゃ行きたいからに決まっているでありませんか、橘花さん。ゲーセンっていろんなゲームあるじゃん? なんかさ、すごくそそられるんだよ。やりたいって思うんだよ」
ゲームというのをやりたかったのだ。スポーツ的な意味合いでのゲームは収容所でもやっていたというかやらされていたが、娯楽性の高いゲームをやってみたかったわけである。そういうゲームをするのならやはりゲームセンターという所へ行くほかないと思われるのだ。
というわけでやって来たゲームセンター。荷物はコインロッカーに突っ込んできた。
じゃらじゃら、と。電子的な音楽が鳴っていて、電子的な光がピカピカ。ここは何だ? すごく楽しい気分になるではないか。
橘花も橘花で感動している。そういう顔つきを彼女はしていた。いやうん確かに感動するよ。感動必至だよ。はじめてのゲームセンター。
さて遊ぼう。遊ぼうではないか!
なにしよっかなー、と思いながらゲーセン内を俺は練り歩く。橘花はすでに俺の隣にはいない。びゅーん、と。昂奮した面持ちで勝手に行動を始めていた。
まあいいさ。俺も俺で勝手に楽しむ。
で、まず目に入ったのはクレーンゲームであった。クレーンゲームの筐体がいくつか並んでいる。景品も様々。ぬいぐるみとかフィギュアとかタペストリーとかお菓子とか。とにかくいろいろな景品があった。
俺はお菓子が景品のクレーンゲームをやってみる。箱に入った業務用のチョコレート。それが景品だ。二本のつっかえ棒の上に置かれており、取り方とすれば景品を落とすようにすればいいのだと思われる。簡単じゃね。これ。
お金を投入しゲームスタート。
クレーンを操作するらしきボタンが二つ――右へ動くボタンと奥へ動くボタンがあり、右へ動くボタンが光っているのでまずはそれを押せということらしい。なるほど。
押すとクレーンが右へ動く。
「おお」と少し感動。
適当な所でボタンから手を離した。クレーンも止まった。
次は奥へ動く。慎重に慎重に俺の持ち得る空間把握能力を駆使し、どこでクレーンを止めるべきか計算し、クレーンを動かし、ここだという所でボタンから手を離した。
クレーンが下がり始め、景品を掴まんとアームが広がる。
捉えた!
クレーンは上がっていく。景品が浮く。
獲れた!
――と、思った。
景品はアームからするり。ガタン、と。景品は元の場所に落ちる。二本のつっかえ棒の間を抜けて、下に落ちることはなかった。
つまり、獲れなかった。
「えっ」
いや、おかしい。アームはしっかりと景品を掴んでいたはず。なのに! どうして……っ!? このクレーン、不良品じゃないのか? それともこの筐体自体が不良品? いや、まさかこれはゲームセンターの陰謀! わざとアームの馬力が弱いクレーンを使っているのだ。そういう設定をしているのだ。くそぅ、獲らせる気がないのかっ。けしからん!!
だがしかし!
俺は陰謀には屈しない。獲ってみせる。俺は獲ってみせるぞ!
というわけで、もう一回お金を投入。
さっきと同じ手順を踏んで、景品を狙う。クレーンはさっきと同じような場所で止まり、下がり、アームは景品を掴む。掴む!
クレーンが上がる。景品も一緒になって上がっていく。
上がっていく……のだが。
するり、と。生き物みたいに景品はアームから外れて、元の場所に戻った。
つまり失敗。獲得できず。
いやいや! おかしくね。おかしいよね。ふざけているのかな。ふざけているんだね。この筐体、俺からお金を巻き上げるつもりだね。こいつヤンキーより性質が悪い!
し、しかし! しかしである。
俺はまだまだ屈しない。屈しないのである。あらゆる横暴に屈する気はない。
だからまたやる。また失敗。やる。失敗。やる。失敗。……。
――ダメじゃねぇかっ!!
何度やっても景品は獲れなかった。お金はなくなっていく一方。これならもうチョコレート買った方が早い。
前言撤回。屈しないとか言っていたけど、こりゃもうお手上げ。俺はクレーンゲームに屈した。
クレーンゲームは諦めて、俺はアーケードゲームやコインゲームの筐体が並んでいる所へと向かった。
「あ。おーい、竜杜くん」と声をかけられる。橘花だ。「これ一緒にやろうよ」
橘花が勧めてきたのは自動車のレースゲームであった。自動車の運転席を模した筐体が二つ並んでいる。
クレーンゲームでは芳しい結果を得られなかった俺であるが、これなら大丈夫なのではないだろうか。
今度こそ。今度こそいい結果を残してやろう。
「ああいいぜ」
だから、橘花の提案に乗る。俺と橘花はレースゲームをする。
筐体の座席に座り、お金を投入。自動車やらコースを選ぶ。アクセルとブレーキの位置はちゃんと確認した。準備はオッケー。さてレースを始めよう。
パンポン、とカウントが始まる。そしてピンという高音。カウントはゼロになる。ゼロになると同時に俺はアクセルをベタ踏み!
画面の中の自動車が猛スピードで走り始める。スタートダッシュは成功したようで、俺の操作する自動車はほかの自動車を抜く。橘花の自動車とほぼ並走する形となった。
さあ行くぞオラ――っと意気込んだ直後。追突された。
「え、ちょっ」
後ろからドン! と追突されて、俺の自動車はくるんとスリップして壁にぶつかる。その間に何台もの自動車が俺の自動車の横を通り過ぎていった。抜かれたのだ。
ええい。くそ。
とにかく立て直して再出発。最下位は免れたものの下位であることには違いないので俺は急ぐ。アクセルベタ踏み。ブレーキには一切足をかけない。ハンドルを切る。一台抜く。また一台抜く。順位を上げていく。
よーし。この調子でいけば――と思っていた。
ハンドル操作を誤った。曲がりきれずに壁に激突。順位は再び下位に。
なんで! 俺のハンドル捌きは完璧のはず……っ!?
「くそ」と毒づいてみたけど状況は変わらない。
立て直す。走り出す。壁にぶつかる。いやだからなぜに! 俺のハンドル捌きがおかしいのか? そんなはずは、ないっ。
橘花の操作する自動車は首位を走っていた。橘花にできて、俺にできない道理はないはず。だから、俺のハンドル捌きはおかしくない。
立て直す。走り出す。スピードはマックス。ハンドルを切る。壁にぶつかる。
俺は挫けない。
立て直す。走り出す。ハンドルを切る。後続車が追突してきやがった。てめぇ!
事故に次ぐ事故を経て。俺はやっとのことでゴールする。しかし、俺がゴールしたときにはもうとっくに橘花はゴールしていた。
結局。
橘花は一位でゴールして、俺は最下位でゴールしたのだった。
「あー、まあー」と隣の橘花が言う。「……なんて言うかドンマイ。ま、ゲームだしそんなに気にしなくてもいいんじゃないかな。いやー、でもそれにしても竜杜くんって運転が下手だね。男の子なのに」
「……お、お前、それ、慰めてんの? それとも俺にとどめ刺してるの?」
むしろ、慰められたっていうよりはとどめを刺されたって感じである。
つーか俺って運転下手? 下手だったの? 下手だったんだ……。とほほ。
ゲームをやって、やり尽くしたところで飽きたのでゲーセンを出る。
外へ出ると陽は暮れていて空は紫がかっていた。時刻を確認すると午後六時を回っている。
今日の宿を確保しなければならない。手短なホテルに行って、部屋を取らねば。
「とりあず、ホテルを捜そう」
コインロッカーに預けておいた荷物を取りに戻り、それからホテルを捜す。
『休憩 1900円 宿泊 5800円』というような看板を掲げているホテルをちらほらと見かけた。ネオンが光って自己主張が激しいホテルだった。それがちらほら。
なんかリーズナブルに思えるのだけど、どこかいかがわしい。
でもリーズナブルだし、どうせ泊まるだけだし、こういう安い所でいいんじゃないか。いやでもいかがわしい所には行かない方がいいのではないだろうか。
「ねえ」と橘花が言った。「わたしもよくわからないんだけど、こういうけばけばしい感じのいかにもいかがわしいホテルって……そ、その、ラブホテル? っていうのじゃないのかな?」
ラブホテル。聞いたことがないわけではなかった。男女のカップルが一つの部屋の中でああだこうだする所。いちゃこらいちゃこらする所。でも、それしか知らない。ラブホテルがこんな風な建物だなんて知らなかった。
男と女がいちゃいちゃと密にする場所。男と女が、である。
俺は男で、俺の隣にいるのは橘花でこいつは女だ。でも別にカップルじゃない。けど、男と女が並んでいれば傍目に見ればカップルだ。
ふと、橘花と目が合った。気まずかった。ここがラブホテルだと判明しただけで、どうにもこうにも気になってしまう。別に〝する〟わけでも、その気もないのに。
言われてしまえば気になってしまうのが性である。
互いに顔を赤くして、互いに視線を逸らした。
「ち、ちゃんとしたホテルを捜しましょうかっ」
「そ、そうですねっ」
そう言い合って、そそくさとその場を離れる。
その後、ちゃんとしたビジネスホテルを見つけて部屋を確保した。
したのだけど……。
「……」
「……」
部屋は確保できたのだけど部屋数の関係で一部屋しか確保できなくて、まあでもそこまではいいとして、問題はその部屋のベッドがツインベッドではなくダブルベッドだったこと。
ビジネスホテルだから部屋は狭くベッド以外に眠れられる場所があるわけではない。ソファの一つでも置いてあれば、俺がそこで寝るってこともできたんだろうけどそんなものはない。つまり俺も橘花もベッドで寝るしかないのだ。
「だ、大丈夫だ。何も、しないから」
そう言っておく。
橘花がこっちをじろりと見る。そして言う。
「当たり前でしょ」
はい。ごもっともですね。
―――――
夕食を摂り、深夜を待つ。
なぜかなんて言うまでもない。そもそも俺たちのやることは【此岸征旅】の計画を阻止することで、その【此岸征旅】の仕業と思われる殺人事件を俺たちは目撃しその現場に落とされた鍵をゲットし、だから俺たちはこの鍵をエサに殺人を犯した奴を誘き出してできることなら【此岸征旅】の殺人を犯す目的やら居場所やら諸共を聞き出すつもりなのだ。
いろいろ遊んだけど、本質は忘れていない。
さて。
時刻は深夜零時を回った。行動を開始しよう。
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