第193話「騎士団交流会(第二霊隊編)」
騎士団員同士、そして騎士団員と市民が親睦を深めるための交流会。
主催者の千尋たちにあいさつを済ませたあとは、適当に食事を楽しみながら折を見て他の人々と会話をしていくことにした。
「あっ、これもおいしそう」
立食形式ということもあり、好きな物を好きなだけ食べている。これは本日五つ目のケーキだ。
「おい。少しは栄養バランス考えろよ」
伸ばした手を涼太に止められた。
「えー……」
他の人に言われたら、即座に『失礼しました……!』と返すところだが、弟にそこまではしない。文句を言うまではいかずとも、残念がってはみせる。
「お前、ただでさえ胸ないんだから、甘いもんばっか食べてたらウエストがバスト超えるぞ」
自分は身長の話題が出るとすぐ怒る割に、優月の体型については遠慮なく指摘する涼太。
しっかり者の涼太が、そんな風に完全な人格者とはいえない言動をすることにかわいらしさを感じたりもするのだが。
「腹なんて少々出ててもメッセージウィンドウで隠れるからいいでしょう?」
いつの間にか合流していた沙菜の妄言。
「乙女ゲーか。何回このつっこみやらせる気だ」
どうやらデジャヴではなかったらしい。
「つっこみ役としての自覚があるようで何よりですね」
「好きでやってんじゃねえよ」
沙菜と涼太が言い合いをしている間にケーキを食べた上で、周りを見てみる。
「いかがでしょうか。わたくしの小説を読んでみていただけませんか?」
「藤森副隊長……。いえ、自分は活字が苦手なもので……、遠慮させていただきます」
「そちらのあなたはいかがです?」
「わ、私も本を読む習慣がないので……」
明日菜が紙の束を抱えて、隊員たちに声をかけている。小説の宣伝か。
上官が相手なので、露骨に嫌な顔はできないようだが、隊員たちは面倒くさがっているようだ。
文化祭での剣崎風雅からの講評を聞いた限り、執筆の腕前は一流とはいえないのだろうが、こうも相手にされていないとかわいそうになってくる。
「あの……わたしで良ければ……」
「……! 天堂優月……」
優月からの申し出に明日菜は意外そうな顔をした。しかし、そこから険しい顔つきに変わる。
「なんです? わたくしをバカにする材料がほしいんですの?」
やはりまだ彼女は優月を敵視している。
「いえ……、普通に興味があったといいますか……」
優月も活字が得意な方ではないが、知人がどんな物語を紡ぐのかは気になる。
それに優月の側は、明日菜を敵とは思っていない。
「ふっ。あなたのようなボンクラでも、わたくしからあふれ出る才気は分かりますか」
「ええと、そこまででは……」
「なんですって?」
正直に答えかけたが、鋭くにらみつけられて
「わたしも少しだけ小説を書いてみたことはあるんですが、数ページで終わる程度の話しか思いつかないので、そんなに書けるのはすごいと思います」
ざっと見た感じ、紙は百枚ぐらいある。四百字詰め原稿用紙ではないので、一枚当たり千文字ほどの分量。合計十万文字前後といったところか。
明日菜には、なんとなく残念な印象があるが、彼女は準霊極。文才かどうかはともかく、才気がないはずはない。
「では、わたくしの力作を精読して心を打たれなさい。感想はこのアドレスまで。第二霊隊宛に封書でファンレターを送ってくださっても構いませんわよ」
明日菜は優月に紙の束を渡すと、携帯霊子端末の画面を見せてきた。
連絡先を交換してくれるらしい。
一瞬、女と交換できてもそんなにうれしくない――などと思ってしまったが、明日菜との関係を考えたら仲良くなれるのは大変喜ばしいことだ。
「あ、そういえば……」
明日菜に対して伝えなければならないことがあったと思い出す。
「聖羅学院で、魂魄情報から再現された百済隊長と戦ったんですけど、その時、『君なら羅仙界を守れる――そのことは私が保証する』っていう伝言を預かってました」
百済が遺した言葉に、明日菜は瞳を潤ませたようだったが、すぐにそれを隠して毅然とした態度で返してきた。
「あなたなどに言われるまでもありませんわ。わたくしと継一様は強い絆で結ばれているのですから、継一様の想いは既にこの胸にあります」
「よく言うわよ。めちゃくちゃへこんで失踪してたくせに」
第二霊隊第七位の
「蒼穹。あなたは上官に対する口の利き方を覚えるべきですわね」
ケンカ腰の二人をなだめるように同隊第三位の
「副隊長。学生時代同期だったから、その時の口調が残っているだけで、蒼穹も副隊長の実力は認めていると思いますよ」
「鏑木さん……」
「きゃっ、鏑木先輩! そうなんです。私は決して上官を侮辱するような人間ではありません」
和泉が入ってきた途端、蒼穹はおしとやかな女性を演じ始める。
(蒼穹さんは、鏑木さんって人のこと好きなんだろうなぁ……)
異性に対する好意だと想像できるぐらいには、和泉の容姿は端麗だ。
こんなバレバレの演技をしていて、彼からどう見られているのか心配になるが。
「なんだ優月。こっちにいたのか」
「優月さん、第二の人たちと話してたの?」
涼太と龍次もやってきた。
「あー、優月も来てたのね。うちの隊長にもあいさつしときなさいよ」
「それは、ふつつか者が書いた三文小説ですか。優月さんも物好きですね」
瑞穂と沙菜も一緒だ。
明日菜は、沙菜からの蔑称にはもはや反応せず、テーブルに向かっている。
「優月。結局、さっきのケーキ食っただろ」
「あ、それは……、うん……」
「ま、まあまあ、涼太君。こういうパーティーの時ぐらいはぜいたくしてもいいんじゃないかな?」
涼太の冷たい視線を受けて固くなっている優月を見かねて、龍次がフォローしてくれる。
厳しさの中に優しさがある涼太も、全面的に優しくしてくれる龍次も、どちらも好きだ。片方だけは選べない。
「ささ、鏑木先輩も一杯どうぞ」
蒼穹は和泉に酒を勧めている。
「ああ。ありがとう」
その傍らで、明日菜はテーブルに置かれたハンバーガーを見つめている。
「このパンは、一体どうやって食べればよいのでしょう?」
「なに言ってるんですか、藤森副隊長……」
瑞穂は半眼になって、つっこみじみた声を漏らす。
「お嬢様ぶってるだけだろ」
涼太に図星を突かれて、明日菜は手を振った。
「じょ、冗談ですわ。ハンバーガーの食べ方ぐらい知っていますわ」
おしとやかな女性を演じているのは蒼穹だけではなかったか。
明日菜と蒼穹も、ある意味似た者同士なのだろう。
「では、わたくしも一杯――」
明日菜が酒瓶に手を伸ばすが、蒼穹に払い落された。
「あんた酒癖悪いでしょ。やめときなさい」
「副隊長……。申し訳ありませんが、僕の方からもお願いします。飲まないでください」
和泉も蒼穹に同意する。
残念なイメージを補強する材料が出てきてしまった。
「明日菜さんが酔うと、どうなるんですか……?」
おそるおそる瑞穂に聞いてみる。
「泣いたり暴れたり……。とにかく飲ませちゃダメなのよ……」
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