第184話「闇黒剣」
霊京六番街。草薙道場。
真哉は、怜唯に道場を紹介していた際に襲撃してきた冥獄鬼と交戦していた。
「お前たちの目的はなんだ。怜唯様が狙いか?」
「それを聞いてどうするのだ?」
敵は、黒マントの男。
奇しくも黒ずくめの者同士対峙している。
「怜唯様に危害を加えるつもりがないなら、適当に獄界へ追い返すに留めてやる」
「あいにく殺すべき要注意人物一覧に入っているな」
「ならば叩き斬る!」
戦意を強めた真哉が霊剣・叢雲から霊気の刃を放つ。
黒マントの男は、大きく跳躍して攻撃をかわし、ハヤブサのごとき速さで急降下。真哉の腕を斬り裂いた。
武器は金属製の大きな爪。今の一撃で真哉の腕には三本の線が刻まれていた。
「霊法六十三式・
真哉が左手から放った炎を、飛び退いて避ける黒マント。
「真哉さん、腕を」
「ありがとうございます」
怜唯が治癒の光を当てることで、真哉の傷は治る。
霊気が通っている羅刹装束もまた元通りに修繕された。
「如月怜唯の治癒術……。確かに消しておくべきものだな……」
「この俺の前で怜唯様への害意を見せたこと、後悔するぞ!」
真哉が斬りかかり、黒マントが剣を回避すると地面が大きくえぐられる。
「大した剣圧だ。貴様も消しておいて損はないな……」
黒マントは素早く飛び回り、爪を振り回してくる。
神気を撃ち出す攻撃を使わないのは、草薙流
神速の移動と爪による直接攻撃。単純ではあるが厄介な戦法だ。
(雷斗様であれば、こんな敵は一瞬で仕留められるのだろうが……)
草薙専心流の真髄は眼力。真哉には雷斗に近いタイプの能力があるといえる。
それだけに実力差が歯がゆい。
霊極にはなれずとも、その片腕となることを目指す真哉としては。
再び飛びかかってきた黒マントに剣を振り下ろす。
黒マントは斜めに跳んで刃をかわす。
「秘奥戦技『
真哉が剣を一振りすると、自身を囲むように霊気の斬撃が飛び交った。
黒マントはわずかに傷を受けて距離を取る。
「さすがは草薙専心流の使い手……。技にキレがあるな……」
「羅刹としても怜唯様の従者としても、冥獄鬼などに後れは取れん」
「ところで、戰戻はどうした? 魂装状態のまま我を斬れると思うのか……?」
「俺は既に霊魂回帰している。連結式霊魂回帰――草薙専心流が編み出した戦闘術の一つだ」
連結式とは、武器の魂と丸ごと融合するのではなく、剣の柄と自身の手を通して魂同士をつなげるというもの。
この状態では、通常の戰戻のように新たな武具は生成されないが、霊力は戰戻状態と同等まで引き上がる。
そして何より、霊魂回帰発動時の隙が非常に小さくなるのが特徴だ。
「とことん無駄を省いたというところか……。ならば、こちらも本気を出そう」
マントの中から取り出された石が赤い閃光を放ち、冥獄鬼の神力が強化される。
「まだ力が上がるか……」
力を温存していて怜唯を危険にさらすことになってはいけない。
奥の手を出すべきだ。
「断劾『
天を衝かんばかりの霊気がまっすぐ敵へと伸びていく。
あらゆる物質を確実に切断する斬鉄能力を帯びた一撃だ。
斬鉄能力自体はさほど貴重なものではない。しかし、深い傷を刻まれ、そこから真哉の強力な霊気が注ぎ込まれれば致命傷は免れない。
加えて先ほどまでとは比べ物にならない速度だ。
これが当たれば一発で決まる。
「くッ――」
敵もあせったようではあったが、紙一重でかわされた。
「仕留め損なったか……」
真哉の霊力を以ってすれば、断劾はまだまだ撃てる。
当たるまで繰り返せばいいかと思ったが。
「もう撃たせはせん!」
敵のマントの中から無数の暗器が飛ばされてくる。
かなりの速度で、断劾を発動するだけの霊気を刃に溜める時間がない。
「霊戦技『
代わりに、すぐ放てる小技で迎撃するが、それで破壊できた暗器は一部だけ。
「ぐっ――」
潰し損ねた針や手裏剣、ナイフなどが真哉の身体に突き刺さる。
敵の動きを見る限り、刺さったものを抜いている暇はない。
次々と投げ放たれてくる暗器を剣で叩き落すが、こちらの傷は深くなる一方。
大きく動いて間合いを離せば断劾を撃つこともできよう。だが、それで怜唯に攻撃が当たっては困る。
「怜唯様、お逃げください! ここは危険です!」
背後にいる怜唯に呼びかけるが、仮にも霊極とされている者だ。真哉を見捨てて逃げるような人物ではない。
「今の真哉さんは深手を負っています! すぐにでも治療しなければ……」
怜唯の主張ももっともだ。このまま戦い続けて敵を倒せたとしても、その時、怜唯が近くにいなければ治療が遅れて結果的に相打ちとなりかねない。
そこでふと思う。
(怜唯様に、逃げるなどという恥をかかせる訳にはいかない……。怜唯様がそばにいらっしゃれば、こんな傷は数秒で治る……。ならば俺のすべきことは――)
真哉は怜唯をかばうように前に立ち、黒マントの男を見据える。
「怜唯様、『死水回生』を。一気に敵を仕留めます」
「は、はい……!」
怜唯の能力――死水回生。これは
足元に水が溜まっているだけでも全身の傷が回復する。
その効力が切れる前に決着をつければいい。
「来い、冥獄鬼。俺の後ろには一歩も通さん」
真哉が剣を構える後ろで、怜唯がその力を解放する。
どれだけ傷を負っても、死水回生の泉に立っているうちは痛みに耐えればいいだけのこと。
すべての攻撃をその身に受けて、敵を斬ることに全霊を注ぐ――その覚悟を決めた時。
心理的な変化を受けてか、怜唯の生み出した
(これは――)
霊剣・叢雲の刀身が黒く染まっていく。
その意味は、真哉自身も、対峙している冥獄鬼もよく知っている。
「バカな……。
闇黒剣――それは、あらゆる剣技の中で最も扱いが難しく、最も高い性能を誇る。
これが真哉に目覚めた準霊極としての力だ。
「分が悪い……!」
界孔を開いて逃げ込もうとする黒マント。
「逃がすか――」
どこからともなく、技の名が浮かんでくる。
「断劾『
漆黒の竜を模した霊気の塊が剣から放たれる。
黒マントはありったけの神気で迎撃するが、その神気もろとも真哉の断劾によって食い尽くされた。
「終わったか……」
力の抜けた真哉は、その場で膝を突く。
「大丈夫ですか、真哉さん」
怜唯は泉の霊水をすくって、真哉の身体にかけてくれる。
「はい。怜唯様のおかげです。怜唯様への想いが俺の中の力を引き出してくれました」
「よかったです。本当に……」
怜唯の頬には、涙がつたっていた。
霊力は、心が生み出す力。真哉の忠誠心は、最強の剣技という形で表出したのだった。
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