第180話「人質」

 優月が雷斗の元に着いた時、雷斗と白煉は刃を合わせていた。

 雷斗の背後からは、冥獄鬼の下級兵士が斬りかかってきている。

「氷河昇龍破」

 優月は、断劾で下級兵士を打ち砕いた。

 どうやら冥獄鬼全員が強大な力を有している訳ではないらしい。

「雷斗さま、助太刀します」

「なんだ貴様は」

 白煉と距離を取った雷斗は、冷たい目で優月を一瞥いちべつする。

「えっと……天堂優月といいます。人間界から来た……」

「そんなことは知っている」

 忘れ去られたのかと思い、改めて自己紹介したら怒られた。

 見たところ、残る敵は二体――。

「惟月さん……!」

 白煉ではない方――大男の冥獄鬼・堅固が惟月を捕らえていることに気付く。

「うろたえるな」

 人質を取られている状況だが、雷斗はあくまで冷静だ。

 雷斗は、人質を取ったぐらいで簡単に倒せる相手ではない。それは、以前戦った優月にも分かる。

「月詠雷斗様が戰戻を使いさえしなければ、人質に手は出さない。女、貴様は好きに戦え」

 白煉は、優月に自由を認めた。

 この戦い方は、殊勝なのか卑怯なのか。

(この人が本当のことを言ってるとは限らないし……)

 惟月の身の安全には注意を払っておくべきだろう。

「雷斗さま、ここはまずわたしが――」

「ふん。手を出したいなら、先に戦って先に死ね」

「え……」

 雷斗は、優月と共闘するつもりはないようだ。

 苦戦していたのかどうかは分からないが雷斗でもすぐに倒せない敵と優月が戦えるものだろうか。

 動揺する優月だが、敵は待ってくれない。

「我が盾の力、受けてみよ」

 優月と向かい合った白煉の盾が、紫色に輝く。

(これは――)

「――電迅争覇」

 白煉の盾から、雷斗の得意技であった紫電が撃ち出された。

 優月は地面を蹴って跳躍し、なんとかこれをかわす。

(沙菜さんと同じ霊子吸収?)

 先ほどまでの戦いで雷斗の技を奪っていたのか。

 しかし、かわせた。雷斗が直接撃っていれば、こうはいかなかったはずだ。

 白煉が持つ盾の能力の真髄は、あくまで防御。自分の霊気を上乗せできる霊子吸収とは対照的に反射する攻撃は劣化する。

 沙菜は沙菜で、雷斗の攻撃を防ぐことができないので、どちらの能力も一長一短といえる。

 地面に降りようとしたところで、白煉が高速で移動し優月の背後に回る。

「くっ……」

 白煉の剣を刀で受けるが、防ぎきれなかった神気が優月の頬や肩を斬り裂く。

 盾が防御を重視しているのに対し、剣は高い攻撃能力を持っている。

 続けて打ち込まれた一撃で、優月は地面に叩きつけられた。

(強い……!)

 同じ冥獄鬼でも凪より数段上だ。

 手加減して勝てる相手ではない。

「霊魂回帰――」

 霊刀・雪華から魂が出てくる。その魂が優月の身体に入り、二つの魂が融合する。

「戰戻『氷雪纏衣ひょうせつてんい』」

 白煉は雷斗さえ戰戻を使わなければいいと言った。

 ならば、優月は使うべきだ。

 あふれ出した霊気が物質化し、羽衣となって優月の防具となる。

「霜天雪破」

 優月が刀を掲げると、暗雲が立ち込め、豪雪が白煉目がけて降り注ぐ。

 優月が白煉と戦う一方、雷斗は堅固の方へ動いた。

「霊剣・月下」

 雷斗が放った霊気は、堅固と惟月、二人共を飲み込んだ。

「ぐ……」

 砂煙が上がる中から堅固が飛び出して雷斗から距離を取る。

 表面上、傷は負っていないが、霊的なダメージを受けている。

「人質ごと斬るとは……」

「惟月に私の霊力は効かん」

 砂煙が晴れると惟月の姿が現れるが、こちらはなにもダメージを受けていない。

 霊力には相性があり、人と人との精神的な関係性が攻防に影響する。

 かつて喰人種が、雷斗の父・月詠出雲いずもの能力を使って雷斗を追い詰めたことがあった。それは雷斗に父を尊敬する思いがあったため不利になったということ。

 同じ理屈で、惟月を守ると誓っている雷斗の能力で惟月が傷つくことはないのだ。

「堅固! まだ戦えるか!?」

「なんとかする……」

 白煉からの呼びかけに答える堅固。

 人質がいなくなっても戦意は潰えていない。

「霊法百十二式・御雷みかづち

 雷斗の極致霊法によって、鮮烈な雷が堅固を打つ。

 それでもなお、堅固は斧から神気を飛ばしてきた。

 雷斗は、それを斬り払う。

「秘奥戦技『連刃月華衝れんじんげっかしょう』」

 霊剣・月下の切っ先から、霊気の刃による突きが無数に放たれる。

 堅固は回避しきれず、半分以上は命中したが、血は流れない。

「強靭な皮膚を持っているらしいな」

「おれ……お前を倒す……」

 これだけの攻撃を受けても、堅固の肌は裂けていない。白煉の盾ほどではないが、防御能力に長けた冥獄鬼ということだ。

「どうした、天堂優月。他人の心配をしている余裕があるか?」

 優月にとっても惟月は恩人。どうしても、あちらの様子が気になってしまうが、自分は白煉を倒さなければならない。

「前に戦った……凪という人は来ていないんですか……?」

 もう一つ、気になっていること。それは龍次を傷つけた冥獄鬼の所在。

 個人的に斬りたいのは凪の方だ。

「奴は先走る癖があるが、本来の出番はまだ先だ」

 白煉の言葉に疑問を覚えた。

(まだ先……? 今すぐ決着をつける気はない……?)

 人質を解放されたことで弱気になっているのかもしれないが、どうなのか。

(わたしたちに隙ができた時に出てくるんだとしたら油断できない……。惟月さんには近づかせないようにしながら、早く倒さないと)

 再び人質を取られては面倒なことになる。

 余計な探りを入れるのではなく、全力で敵を討つと決めた。

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