第172話「後夜祭」

 楽しかった文化祭も終わりが近づいてきた。

 今は夜のグラウンドでたき火を囲みながらカップルたちがフォークダンスをしている。

「わっ……とっ……」

「なにやってるんですか先輩。自分から誘っておいて」

 日頃ダンスなどやっていない若菜は、昇太とおどっている最中につまずいて転んでしまった。

「ごめんごめん。昇太君を巻き込まなくて良かったよ」

「巻き込まれそうになったら、霊法で弾き飛ばしますよ?」

 好意的にしか見えない笑顔で無慈悲なことを言う昇太。

「千尋は誰かとおどらないのか?」

「いやー、オレはね……」

 怜唯のそばに控えている真哉が千尋に問いかけるが、千尋は明言を避ける。

「怜唯様。惟月様からお誘いはかかっていらっしゃらないのですか?」

「はい。特には……」

 怜唯は、惟月の筆頭信者と呼ばれている。真哉としては二人がおどるのが当然と思っていてもおかしくない。

 千秋も一緒にいるが、この四人はダンスには参加しないようだ。

「わたし、惟月さまとおどりたいなー……」

 優月たちの方を向いて穂高が切なそうな声でつぶやく。

 なぜかは分からないが、惟月は龍次・涼太と共に優月のそばにいる。

「惟月様ほどの人となると、そうそう一介の生徒とおどってはくれませんよ。ここでおどれば、自然と恋人同士と見られるようになりますしね」

 同じくおどる相手がいない沙菜は穂高の頭をなでてやる。

 戦争に勝利した革命軍の総大将ともなると、実質羅仙界のトップだ。そんな彼が特定の女性と恋仲になれば、相手の女性も特別な存在になってしまう。

 惟月自身も簡単に誰かを誘わないだろうし、惟月を誘う度胸のある人間もそうそういまい。

 しかし、そう考えると、文化祭の間、惟月を連れていた優月は周りから特別な人物と思われていたのではなかろうか。

(そういえば、沙菜さんがわたしのこと革命軍の筆頭戦士とか言ってたっけ……)

 あの時は、勝手に大層な肩書きを作られて困惑することになってしまったのだった。

 存外ぞんがい、羅仙界での知名度が上がらなかったのは、優月にとって不幸中の幸いだ。

 人羅戦争で、敵の総大将だった女王・真羅しんら朱姫あきひめを倒して戦いに終止符を打ったのは優月だが、一番の立役者たてやくしゃは雷斗だったといえる。

継一けいいち様が生きていらっしゃれば、今頃……」

 明日菜もまた、楽しそうにしている生徒たちを見て、愛しい人の死を嘆いていた。

(明日菜さん……)

 彼女に会う度、優月は胸を締めつけられるような気持ちにさせられる。自分は誰かの大切な人の命を奪ってきたのだ、と。

 それでも、この感情はなくしてはならない。戦いに身を置く限りは、誰かにとっての大切なものを踏みにじり続けることになるのだから。

「天堂優月君だね。初めまして、第四霊隊で相模さがみ隊長の副官となった剣崎風雅だ。君のうわさは色々と聞いている。よかったら私のことも見知り置いてくれ」

 先ほど小説の講評会をやっていた風雅が、優月に声をかけてきた。

「け、剣崎副隊長……! わ、わたしも騎士団にいるのにごあいさつが遅くなってすみません……! 第五霊隊の天堂優月です。よろしくお願いします」

 終戦直後の騎士団再編会議には優月も出席していたが、その少し後に入団した風雅とは直接の面識がなかった。

 小説は読ませないにせよ、自分からあいさつにぐらいは向かうべきだったか。

「八条隊長が言っていた通り、礼儀正しい子のようだね。君のような優秀な子が未来の隊長になってくれれば、騎士団も安泰なのではないかな」

「い、いえ、わたしはかなりの無礼者ですし、隊長を務められるような器もありません……」

 英利と風雅も、どうやら優月を過大評価しているらしい。

「フフ。それはそうと、隣にいる二人は恋人と弟といったところかな?」

 風雅は、端正な顔に好奇の色を浮かべて尋ねてくる。

「は、はい。龍次さんと涼太です。――いたッ」

 すねに涼太のかかとが叩きつけられた。

「誰が恋人で誰が弟だって……?」

 龍次だけを恋人として涼太は弟という扱いにしてしまったのがお気に召さなかったようだ。

 涼太が弟なのは事実なのだが、涼太にとって自分が優月の弟であることはコンプレックスとなっている。千尋ではないが、それこそ幼馴染だと良かったのだろう。

「えっと……。ふ、二人共恋人なんです……」

 これには風雅も驚いた様子。

「人間界の日本が一妻多夫制になったと聞いたことはないが、そういうこともあるものなのかい?」

「い、いえ、わたしだけだと思います……」

「ふむ……。面白い子だね。惟月様が目をかけるのも分かる気がする」

 少し雑談をして風雅は去っていった。

 羅仙界に来てからというもの、色々な人に興味を持たれている。人間界にいた頃、誰からも見向きもされなかったのがウソのようだ。

「優月さんは誰かとおどられますか?」

 惟月の質問を受けて、一瞬、硬直した。

 沙菜の言葉を聞く限り、ここでおどるのは恋人同士ということだ。しかし、優月の恋人は二人いる。

「あ……えっと……どうしようかな……」

 龍次と涼太の間で視線をさまよわせる。

「涼太君のこと考えたら、俺だけ優月さんとおどる訳にはいかないよね……。自分で決めたことだから仕方ないけど、こういうとき、二人きりになれないのはちょっと残念かな……」

 二股が発覚した際、涼太にも優月のそばにいてあげてほしいと言ったのは龍次だった。

 優月と涼太の気持ちをんで、そう言ってくれたのだろうが、本人にとってうれしいことではあるまい。

(龍次さん……。そうだよね……、わたしは龍次さんが他の女の人といたら嫌なのに、自分は二股なんて……)

 身勝手にもほどがある。

 やはり二人共と付き合っていると困ることも多い。

 なにかしらケジメをつけなければ。

「悩むまでもなく、そもそもお前、ダンスなんかできないだろ」

「あ、そっか……」

 涼太の指摘で今はなにも決断する必要がないと気付いた。

 しかし、これからのために、一つ決意を固める。

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