第二十章-騎士VS超能力者-

第120話「人間界遊覧」

 沙菜が穂高と一緒に遊んでいた頃、若菜と昇太も人間界を見て回っていた。

「へー。人間界の技術も意外と進んでるんだね」

「羅仙界の住人には人間は低劣な存在と見ている者も少なくありませんが、どんな種族であれ優秀な人は優秀なんですよ」

 人間を見下す傾向が強かったのは、特に王族や貴族たちだ。羅刹王だった真羅朱姫は人間に対し特別な感情を持っている訳ではなかったが、それでも人間との混血だった雷斗のような者を迫害する羅仙界の体制を変えずにいたことは怠慢といわれても仕方ない。

「それにしても昇太君は、その若さで準霊極だなんてやっぱり天才なんだね!」

 若菜の称賛を受けて昇太は素直に喜ぶというより、何か考え込むような素振りを見せる。

「……歳はあまり関係ないかと。天才は生まれた時から死ぬ時まで天才ですから」

 天才という特別な存在は、必ずしも常に得をするというものではない。昇太と同じく天才である沙菜は、才能というものは、ある者にとってもない者とっても残酷だと言っていた。

 そして、他者からも天才と認められるようになるまでの天才の人生は恵まれたものではない。霊子学研究所に入るまでの昇太はずっと苦しみながら生きてきたのだ。もし、惟月があの研究所を設立していなければ、昇太がその才覚を発揮するのはずっと先のことだっただろう。

「それに僕が百済隊長と同じ霊極の域に達することはないでしょう。百済隊長が僕ぐらいの年齢だった頃は単なる騎士の一人にすぎなかったと聞いていますが、最終的には事象を司る存在となった。若くして活躍する者が天才とは限りませんよ」

 百済継一は『風』を司る羅刹だった。一つの事象を完全に支配するとは途方もない力だ。それだけの潜在能力を持ちながらも普通の騎士として過ごしていた期間の方が長かったというのだから、大器晩成とは彼のための言葉といえる。

「百済隊長……。確か優月と戦って亡くなったんだよね……」

 騎士団員のほぼすべてが百済のことを尊敬していた。騎士団長となった久遠ですら、年長者でもある百済には敬語を使っていたぐらいだ。そしてもちろん、若菜も例外ではなかった。

 優月を恨んではいないが悲しみはある。朱姫にしても、少し前まで一緒に遊びに出かけていた相手だっただけに殺されたと知った時のショックは大きかった。

 第三霊隊と第四霊隊にいた友人が死んだことも当然ショックで、彼らを手にかけた沙菜に対しては恨みがないといえばウソになる。不毛な争いはやめることにしただけだ。

「天堂さんが百済隊長に勝てたのは、室長が百済隊長の力の大半を削いでいたからですね。準霊極というのは――、霊極を神とした場合、神の力の一端を行使できる者といったところです。僕もそうですが、室長は普通の羅刹に殺される可能性もある一方で、霊極を殺せる可能性もある存在といえます」

 莫大な量の魂魄を喰らった喰人種などの例外もあるが、基本的に神を殺すには神の力が必要である。

 沙菜は、如月家の敷地内に自身の気配を消すことに特化した特殊な設備を用意して百済の不意を突いた。さらにその時用いた断劾には、惟月による強化術が施されていた。不意打ちと強化術、二つの効果が合わさってようやく準霊極である沙菜が霊極である百済に瀕死の重傷を負わせることができたのだ。

 後は周知の通り、瀕死であってもなお強敵だった百済を、戦いの中で成長した優月がかろうじて破ったのだった。

「優月も百済隊長も他の騎士たちも、すごくつらい思いをしたんだよね……」

 自分一人、戦いが終わっても病室に籠っていたことを恥じる若菜。殺された者や相手を殺さざるをえなかった者に比べれば自分は恵まれていたのだと。

 しんみりしたムードを変えようと昇太が一つの提案をする。

「室長が羅仙界に持ち込んでいたようなゲームを売ってる店に行ってみませんか? 先輩にとっても面白いものがあると思いますよ」

 優月たちにとってみれば馴染み深いゲーム。それも羅仙界では低俗なものとして受け入れない者が多くいた。元第三霊隊隊長・遊仙隼夫がその典型だ。もっとも、人間界にもゲームを敵視する人間はいるが。

「あっ、いいね! あたしは昇太君と一緒ならどこでも行くよ」

 沙菜の趣味には興味がないが、昇太も人間界産のゲームを遊んでいるという話は若菜も聞いている。恋人として彼の趣味についてはぜひ知っておきたいところだ。


 やってきたゲームショップはそれなりの規模ではあるものの、あまり人が多いとはいえない状況だった。

 近年では、通販やダウンロード販売が広まっているため店舗で購入する人は少なくなってきている。限定の店舗特典を用意するなどして、どうにか一部のマニアックな客をつなぎ止めているのだ。

 一般のゲームユーザーからは相手にされなくなりつつあるショップだが、初めて訪れる若菜にとっては目新しいものであった。

「わあ。色々あるんだねー」

 棚に並べられたゲームソフトのパッケージや、モニターに映し出されたゲームのプロモーションビデオなどを眺めて目を輝かせる若菜。歳はかなり離れているが、初めてゲームセンターを訪れた穂高と似たような反応をしている。

「あれは実写かな? あれ? でも斬られても血が出てないか」

「人間界は、娯楽に関しては羅仙界以上の速さで技術が進歩していますね。技術を開発する身としては負けていられません」

 霊子学研究所第四研究室は、沙菜の意向もあり、戦闘技術以外にも自分たちに有益なものは何でも研究するという姿勢を取っている。現在第四研究室に所属している者は、沙菜と対立するような考えは持っていないため、皆彼女が持ち帰ってきたゲームや漫画といったものを楽しんできた。

「羅仙界でも如月グループががんばっているみたいですが、やっぱり本場は違いますね」

 賑わってはいないとはいえ店内の装飾はなかなかのもので、視覚的に楽しそうな雰囲気が感じられる。

 羅仙界で研究室の外となると、如月グループの会社がゲーム機とソフトを発売してはいるものの売れ行きはそれほど良くない。今ゲームを楽しんでいる者が、他の者にもその良さを伝えられるよう努力する必要があるだろう。

「あっ、あれって実際に遊べるの? やってみていい?」

 ゲームの試遊台を指差して若菜がうれしそうに尋ねる。

「いいですよ。今回先輩を人間界に連れてきた理由の一つでもありますからね」

 昇太の許しも得て若菜はゲームのアクションゲームの試遊を始めた。その浮かれっぷりは、それこそ穂高のようだ。若菜のような年齢――昇太よりかなり年上――の者が皆このように柔軟な思考を持っていれば、沙菜の夢も実現していたかもしれない。

「へー、こんな風に自由に動かせるんだねー。わっ、落ちた! なんかゲージ減ってる! もしかして死にそう?」

 ゲームに触れるのはほとんど初めてだが、試行錯誤しながらプレイを進めていく。

「第四研究室でも新しいゲームを開発しているので、いつか形になったら一緒に遊んでくれますか?」

 横で若菜の様子を眺めながら昇太が尋ねる。彼の性格を考えるとゲームの中で崖から突き落とされたりしそうだが、そんなことはかえって楽しいぐらいだ。

「もちろん! あーでも、いつかと言わずにすぐにでも一緒に遊びたいなー」

 年甲斐もなく昇太にねだってみる若菜。人羅戦争での裏切りの前も後も彼のおねだりは常に聞いてきたので、たまにはこちらからというのもいいだろう。

「それでしたら、ここで最新のゲームを買っていきましょう。第四研究室は自由な気風ですから、自分たちの開発の参考にするという名目なら勤務時間中でも遊べますよ」

「わあ! それいいね!」

 元々、若菜は騎士団だけなのに対し、昇太は研究室と掛け持ちなので遊ぶ時間が確保できないことも多かったのだ。

 携帯ゲーム機二台と協力プレイのできるアクションゲーム二本を購入して店を後にする。

「昇太君と一緒にゲーム。楽しみだなぁ」

 この時の若菜は、超能力者との戦いで死ぬ可能性など全く頭になかった。

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