第43話「霊極」
(や、やった……)
如月家を急襲してきた女騎士、霊神騎士団第二霊隊第七位・十勝蒼穹をなんとか撃破した優月。
この事態を沙菜たちに伝えなければと来た道を戻り始めるが――。
(え……!?)
疾風が吹くと共に、背後に途轍もなく強大な霊気が現れた。
おそるおそる振り返ると、そこには精悍な顔立ちの青年が一人。服装は緑を基調とした和装束、腰には魂装霊俱と思しき刀。
思わず見惚れてしまいそうになる容貌ではあったが、優月にその余裕は一切なかった。
――格が違いすぎる。
対峙しただけでも分かる。彼の持つ霊気は今までに感じたものとは次元を異にしている。
「第二霊隊隊長・
端的に身分を告げる青年。姿こそ青年のそれだが、その風格は既に百年生きていると言われても納得してしまいそうなほどだ。
(隊長……)
先ほどの女騎士は第七位と言っていた。それが今度は隊長。
階級が六つ違う、などというレベルではない。
「十勝君を倒したというのは君だな」
「あ……、あ……」
霊気の強さに圧倒されて、まともに受け答えができない。
敵が目の前に迫っているというのに、呆けてしまって刀を構えることも忘れている。
「君たちに恨みはない。だが、羅仙界の掟に従い消えてもらう」
百済と名乗った青年が抜刀すると、それだけで突風が起こり優月は吹き飛ばされた。
庭園を突き抜けた優月は母屋の壁に激突する。
(力が入らない……)
かなりの距離を飛ばされたが、百済は一瞬のうちに目の前に現れる。
戦う以前から勝ち目がないことを理解せざるを得ない。今度の敵はそんな存在だった。
雷斗と戦った時も実際には勝ち目はなかったかもしれない。あの時より自分の力量が上がった分、敵の力量も感じられるようになったのか。
皮肉にも霊力を感じ取る技量が上昇したことが、かえって自身の戦意を削ぐこととなっている。
百済が刀を振り上げる。
「霊戦技――
百済の戦技によって刃と化した烈風が優月に迫る。
――死を直感した。
だが、その時。
「優月さん!!」
戦いが起こっていることに気付いた龍次が二人の間に割って入った。
優月を庇った龍次は風の刃で大きく袈裟斬りにされる。
「龍次さん……!!」
深手を負い仰向けに倒れた龍次。
「ごめん……優月さん……。やっぱり俺じゃあ君を守れない……」
「そっ、そんなこと……」
今だって彼が庇ってくれなければ自分が死んでいたところだ。そう考えたところで気付く。
羅刹化している自分が死に至るほどの攻撃を受けて人間が助かるはずがない。
「…………」
出血が止まらない。もはや龍次は話すことすらできないようだった。
絶望的な状況で――。
「天堂さん、離れて! 凍結処理で延命します!」
霊子学研究所の研究員と思われる少年が駆け寄ってきた。
優月はとっさに彼の言葉に従う。
研究員の少年は何らかの術式を用いて龍次の全身を凍結させた。
これにより出血は止まったが危難が去った訳ではない。敵はまだそこにいる。
「……?」
研究員の少年を見て何故か眉をひそめる百済。
百済が少年に意識を向けたその隙を突いて、
「断劾――煌刃月影弾・
黄金の鎧を身に付けた沙菜が現れ、極大の霊気の刃を放つ。
戰戻状態の沙菜による背後からの一撃を受けて、百済は大きく出血すると共に倒れた。
「迂闊ですね。私の家に私限定で気配を消せる設備が用意されていないとでも?」
龍次が危険な状態だというのに、沙菜の笑みには余裕が見受けられる。
助けられる自信があるのだろうか。それとも――。
「隊長!」
今度は忍び風の装束を着た黒髪の女性が飛び出してきた。
おそらく百済の副官だと思われる。
副官の女性は傷を負った百済の傍に寄り霊法を発動する。
「番外霊法・土遁!」
霊法によって起こされた砂塵が収まる頃には、二人の敵は撤退していた。
「取り逃がしましたね……」
沙菜は、こともなげに呟く。
敵勢力が去った後。第四研究室。
「龍次さんの容態は……?」
優月は、相賀和都と名乗った研究員の青年に尋ねる。
「残念だが……」
「そ、そんな……」
「なんとかならねえのかよ? お前らの技術だったら人間の一人ぐらい――」
さらに問い詰める涼太に対して、相賀は首を横に振った。
「人間なのが問題なんだ。治癒能力ってのは、生物が元々持ってる自然治癒力を強化することで傷を回復させる。だから無機物は直せない」
例外は魂装霊俱や羅刹装束だという。これらは、生物ではないが羅刹の霊力が通うことによって自然治癒力を持っており、治癒能力で修復ができる。
「龍次君にはもちろん自然治癒力があるが……、今回は相手が悪すぎた。第二霊隊隊長・百済継一は、霊力を極めし者『
霊極と呼ばれるに至った羅刹は、それぞれ何らかの事象を司る存在となる。
百済は風を司る羅刹。その彼が風を用いて繰り出した技の効力は、人間が持つ自然治癒力とは、文字通り次元が異なる。
「今は凍結状態にして変化を緩やかにしているが、完全に時間が止まった訳じゃない。延命にも限界がある。――このことをお嬢の口から説明させたら、君たちの感情を逆なですることになりかねないと思ったから俺が説明することにした」
相賀は苦い顔でうつむく。
龍次が傷を負った直後、沙菜は平然と笑っていた。確かに彼女の言葉で今の話をされなくて良かったとも思える。
だが、どのように説明されたとしても、受け入れられるものではない。
(わたしのせいだ……。わたしが龍次さんを巻き込んだからこんなことに……)
龍次が研究室に協力することになった時、無理にでも引き留めていれば。そもそも自分などが彼の傍にいなければ。
後悔の念が優月を苛む。
あの時、龍次が斬られた瞬間、その気になれば彼を押しのけて自分が攻撃を受けることもできたはず。しかし、とっさにそれができなかった。自分の身を守ることを優先してしまった。
心のどこかで守ることができるものと思い込んでいた。それが自分のやるべきことだ、などと思い上がっていた。
――全ては幻想でしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます