第12話「本当の気持ち」
叫ぶこともなく、ただそっと
「
「――!」
『断劾』と呼ばれしその力は、纏った炎と共に赤烏の五体をも斬り裂く。
炎の霊気は散り散りになり、それ以上吹き出すことはなかった。
「人間が断劾を……。天才少女って訳か……。悪く……ねえな……」
最期の言葉を遺して倒れ込む。
生きることを諦めず戦い抜いた羅刹の戦士・赤烏は静かに息を引き取った。
その遺体からは淡い光が。
「赤烏……さん……」
涙を流してはいけない。自分にその資格はない。
(……わたしは……人を殺したんだ……)
『相手は人ならざる存在だ』、『人に仇なす喰人種だ』。正当化することはできる。
だが、そんなことはしたくもなかった。
彼は、涼太・龍次に続いて、自分を対等の者として扱ってくれた三人目の人物だ。
『優月さん……』
刀から声が響く。
「あなたが使った『断劾』という技は、『強い意志』と『慈悲の心』を以って魂を浄化するものです」
「わたしに強い意志なんて……」
人に
「二つの心、そのどちらが大きいかは人によりますが、少なくともどちらかが欠けていれば断劾は使えません。自分が優しいかどうか心配せずにいられないぐらい優しいあなたに、戦おうという気持ちが加わったことで使えるようになったんです」
「雪華さん……」
「――魂を浄化っていうからには、普通に殺すのとは何か違うんだな?」
涼太も話に加わってきた。
「はい。喰人種化が発症した魂は
『断劾』は、罪の追及を断ち切り許しを与える――羅刹の心が生み出した霊力の奥義だ。人間界における『
どのみち命を奪ったことに変わりはないが、それでも気休めにはなった。
世界が赤烏の魂を穢れたものと見なすのは納得できないが。
「あ、あのー」
状況が分からず戸惑っていた龍次。霊力を持たない彼には、雪華の声も聞こえていないはずだ。
「す、すみません……! こんな怪我までさせておいて、ちゃんと説明もせず――」
慌てて深々と頭を下げた。
龍次の身体は随所が焼けただれている。
いくら謝っても足りない。どう償えばいいのか。
「ううん、こっちがお礼言うところだよ。何が起こったのかよく分からないけど……、でも、優月さんがいなかったらきっと俺は死んで……」
違う。むしろ自分がいなければ、こんなことには巻き込まれなかったのだ。
「えっと……その……」
手当ても必要だが、それ以上に今の出来事がなんだったのか知りたいようだったので、全てを打ち明けることにした。
霊刀・雪華の話によると、やはり『喰人種化』は羅刹特有の『
この話を喰人種に襲われた龍次に伝えるかは迷ったが、もう隠し事はなしにしたかった。
六年前のこと、六年間のこと、今初めて雪華に教わったこと、一通り話すと、既に自分の常識では
「優月さんたちは、ずっとそんな大変なことを――」
「い、いえ……、わたしは何もしてなかったんです……。それどころか龍次さんを巻き込んでしまって……」
「巻き込まれたのは優月さんだって同じじゃない。誰も知らないところで俺たちのこと守ってくれてたんだから、やっぱりお礼を言わないと。今回だって優月さんがいなかったら、俺かどうか分からないだけで誰かは犠牲になってたんだし」
確かに霊力を持つ人間がいなかったとしたら、普通の人間が捕食対象となる。全体的に見れば危険を減らしていたといえなくもない。
「で、でも、今まで戦ってたのは全部涼太で――」
「あ、――そういえば君は?」
優月にとっては二人共大切な人だが、お互い面識はないのだった。
「天堂涼太。恥ずかしながら、こいつの弟です」
「……やっぱり恥ずかしいんだ……」
分かってはいたものの、実際に言われると少々傷つく。
「え!? 恥ずかしがることじゃなくない?」
ひどい言われようだが、重たい空気が和らいだように思えてありがたかった。
「今まではおれが面倒見てましたけど――、今回の奴はおれが二人いたところで勝てなかったと思います。ここはひとつ、優月の成長を喜んでやってくれませんか?」
「う、うん。じゃあ、そういうことにしようかな……? なんだか涼太君って、すごくしっかりして――。あ、クラスの女子が話してたかな。うちの中等部だよね?」
あれだけの人気を博していれば、龍次にも名前ぐらいは聞こえていただろう。
ともあれ、小学生と間違える前に気付いてくれて助かったとひそかに胸を撫で下ろす。
「はい。先輩の評判はかねがね。よかったら、これからも優月と仲良くしてやってください」
「もちろん。そうだ、その話をしにきたんだった」
想像を絶する事態になり忘れかけていたが、こんな路地裏まで逃げてきたのは龍次の傍にいていいのか悩んでいたからだ。
「優月さん。しばらくは休んだ方がいいだろうけど、元気になったらまた遊びにいかない? 大変なことがある分、息抜きも必要だと思うし」
「で、でも……、わたしがいたらご迷惑じゃ……」
またしても遠慮しようとしてしまった、その時。
「
「涼太君!?」
「先輩の方から誘ってんじゃねえか。人の話を聞け」
脚を押さえてうずくまりながら思う。
自分は赤烏を犠牲にしてでも龍次を助けたかった。どちらかしか選べないなら龍次が優先だった。
これからは、どうすべきか――。
「わ、わたしは……、できれば龍次さんと一緒にいたいです」
立ち上がり、ちゃんと相手の目を見る。
「やっと本当のことが聞けた――って思っていいのかな?」
龍次としても、遠慮しているのか、嫌がって避けているのかがはっきりせず不安だったかもしれない。
「は、はい。これが本音で……。あっ、でも、あくまで願望なので、龍次さんの気が向いた時だけで大丈夫です。わたしの予定はいつも空いてますので――」
「じゃあ、優月さんの体力が回復した頃に気が向くから、よろしくね」
「は、はい……! よろしくお願いします……!」
改めて、深く深く頭を下げた。
またクラスメイトに怒られるのは嫌。しかし、龍次と離れるのはもっと嫌だ。
せっかく殺し合う必要などない関係なのだから、龍次の友達に受け入れてもらえるよう努力しなくては――。
「んじゃ、まあ、帰るか」
「あ……待って……」
歩き出そうとした涼太に呼びかける。
「ん?」
「……最後に、赤烏さんに手を合わせてから……」
相手は人を喰らう存在。自分たちも死にかけた。
それでも、この場に死者を
(……赤烏さん……すみません。それから――、ありがとうございます。おかげで、自分の気持ちが分かってきました)
龍次と一緒にいたい。その為に、間違いなく誰かに迷惑をかける。
迷惑どころではない問題もある。
霊力のある人間を狙わず無差別に人を襲う喰人種も多いとはいえ、今日のようなことが再び起こらない保証はない。
(その代わり、龍次さんのことはわたしが守る――)
自分の近くにいて狙われる可能性があるなら、それを補うだけの安全を確保することに全身全霊を注げばいい。――そう考えられるようになっていた。
同刻、とある小さなゲームショップにて。
「ククク、実質的には初陣にも関わらずこの戦果。全く才能とは残酷ですね。――お互い様ともいえますが」
黒髪ポニーテールの女が、何もない壁を見つめて話す。
「なに、あの濃い人……? 普通のゲーム屋来たつもりだったのに」
「えっと……コスプレっていうのかな……? キャラクターになりきってるとか……?」
「これは面白くなりそうじゃないですか。……まあ、今はまだ始まったばかり。どこまで上り詰めるか楽しみにさせてもらいましょう」
意味不明な言葉を発し続ける彼女に、他の客はというと。
「左目だけ……赤い?」
「あー、あれはカラコン入れてるだけだよ。なんでここでやってるのか謎だけど……」
かなり引いている。
どうやらカップルで来ているらしい。男子の
「組織に悟られないように動くべきですかね?」
「は!? こっちに話振んの!?」
とうとう周りにまで絡み始めた。女子の
何の組織を指しているのか、実に意味不明だ。
第一章-守るべきものの選択- 完
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