第12話
「バタフライミュージアム」の開催前日になった。東邦の社員は準備に余念がない。
小湊さんは、日本各地の作家さんのハンドクラフトの展示を仕切ってくれている。小湊さんには商品の選定からかなり関わってもらって、陳列できる商品の種類を多くできた。実際の蝶の羽を使ったアクセサリーや、蝶をモチーフにした帯留めなど、女性によろこんでもらえそうな商品が並ぶことになった。
「かなり商品多くできましたよね、小湊さん」
「あいかわらず昆虫は苦手なんですけど、ハンドクラフトになると、かわいいと感じることもあって、なかなか選び切れませんでしたよ。昆虫館のTシャツとか他のアイテムも、けっこう素敵だったり、かわいかったりで、ほんとに迷いました」
「そのおかげで、おまけの商品販売コーナーにはなってないと思うよ。お客さんがよろこんでくれるか、楽しみだ」
「はい」
島田は、ステージでデジタル機器の最終調整に立ち会っていた。パズルで蝶のCGを作るのが目玉になった。外注先と何度も試作をやりなおして、ソフトウェアを完成させてくれた。
「島田さん、どうです?」
「あ、本田さん。まあこれで大丈夫だと思いますよ」
そう言って液晶パネルに表示された、サンプルの蝶の羽を適当に組み合わせて一羽の蝶を画面上に作り、OKのボタンを押すとカメラのタイマーのカウントダウンが始まる。島田がカメラの前に移動して立ち、シャッターが下りた。
液晶パネルには、こんどはQRコードが表示されて、そのコードをスマホに読み込ませて、撮影した画像が保存されたリンクが表示された。島田がリンクを開いて、スマホで画像を見せてくれた。
「僕が思っていたより、きれいな写真が撮れるようになってますね」
「そうですね、美肌とか、きれいに撮れるというのは、かなりこだわりましたよ。ただこれ思うんすけど、今度やるときはプリクラにしません?その方が、よろこんでくれる人多そう」
「なるほど、プリクラだと孫と撮ったりできるなぁ。そういうのは、次への課題かな」
肝心の昆虫館からは、小泉さんとスタッフさんが蝶と、蝶の飼育箱を持ってきてくれた。
「いよいよですね」
「はい、なんとか形になりました。会期中のイベントもよろしくお願いします。小泉さん」
「まあ昆虫標本をつくるイベントは、われわれ慣れてますからお任せください。これが蝶なんですけど、もう入れちゃっていいですか?」
そういって、小泉さんはケースを取り出した。市販されているような虫かごだけれど、白の紙が三角に折られたものが入っていた。
「あ、これが輸送時の形態なんですね」
「そうですね」
すでに飼育箱の中には、植物や花、餌台が設置されている。小泉さんが、飼育箱の下から手に持った三角紙を入れて、飼育器の中で開くと、三角紙の中から羽を合わせた状態でクロアゲハが出てきた。ゆっくり羽を動かしたかと思うと、ひらひらと飼育器の中を飛び始めた。
「いよいよだね」
会場設営を見守っていた太田が声をかけてきた。
「本当にできちゃいましたね。蝶の展示」
「それは、本田君もがんばったし、みんなもがんばったからでしょ。こうやって、みんなの力を合わせてイベントを作っていく。われわれの仕事の出発点をあらためて知ることができたんじゃない?」
「そうですね。これまで普段の催事でも、ひとりでなんとかすることが大事だと思ってましたけど、それも自分の力だけじゃなかったんだなぁって」
「個人ががんばるのは前提だけど、部署のメンバー、他の東邦の社員、取引先、そしてお客様に支えられて、いいイベントが作れるってことなんだよ」
会場設営が終わったのは23時を過ぎていた。
「さあ、明日もあるから、そろそろ今夜は帰ろう。みんな。明日からは蝶ネクタイだから、忘れないように」
太田が呼びかけて、みんな催事場を離れていく。
明日実際にお客さんがどんな顔をしてくれるのか。そんなことを思うと、今夜は眠れそうにない。またちょっとだけ霧島によってから、部屋に帰ることにするかな。
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