J1チームを追放されたおっさん監督は、女子マネと一緒に3部リーグで無双することにしました

寝る犬

プロローグ

夢の終わり、夢の続き

 日本にプロサッカーリーグが誕生して数十年。

 その地道な草の根活動は実を結び、かつては「サッカー未開の地」とまで呼ばれた東北地方にも、Jリーグのチームは少しずつ増え始めていた。

 しかし、それは大きな県庁所在地に限られる。

 宮城県沿岸にある小さな街、多喜城市たきじょうし

 県庁所在地でもなく、観光の目玉もないこの街には、プロのサッカーチームなどあるわけもなかった。


 それでも「わが街のチーム」を応援しようとする気持ちを持つ人は多く、そんな人はアマチュアの全国大会であるJFL(ジャパンフットボールリーグ)で優勝を争うほど強い、全国に沢山の支店を持つIT企業の、多喜城市工場サッカー部を熱く応援していた。


 が、それも去年までの話だ。


 業績悪化を理由に、SOMY多喜城工場サッカー部が突然廃部になったのだ。


 市民はクビになった選手たちと共にこのチームを市民クラブとして再建することを望んだ。


 チームの名前を『多喜城たきじょうFC』と言う。


 社会人サッカーチームを経て、JFL、J3と着実に階段を登り、一度は最下位争いからJFL降格間際まで落ちたこのチームが、今、J2への昇格をかけた試合を戦っていた。



「おい! もっと詰めろ!」

「前! プレスかかってない! 後ろ! ライン上げろ!」

 清川きよかわ 清彦きよひこ監督のピッチ外からの声は、試合に没頭している選手には届かず、彼は帽子をピッチに叩きつける。

 前のチームを成績不振で解任されてから1年半、どん底にあったチームを立て直すと言うミッションは、達成間近のはずだった。


 ……正直、J3(3部リーグ)の最下位をウロウロしていたチームに彼が叩き込んだ戦略は、半分アマチュアのような選手たちには高度すぎるものだった。

 J1優勝チームを何度も率いてきた監督の戦術だ。Jリーグの攻略法と言ってもいい。

 選手たちが全てを完璧に実践出来れば、その結果は最高のものになれるのだろうが、それは今のチームには無理な話である。

 全ては出来ないと割りきって2割でも3割でも理解し、少しずつその動きができるようになっていけばいい。

 そう考えてじっくりチーム作りをしようとしていた多喜城たきじょうFCだったが、幾つもの奇跡のような出会いに恵まれ、僅か1年半足らずで昇格闘いの舞台に上り詰めてしまったのだった。


 監督の戦術を実践出来ればJ2昇格。

 引き分け以下なら来年もアマチュアとプロの入り混じったこのJ3で戦うことになる。


 優勝争を演じて見せた貧乏クラブが、昇格できずにシーズンオフともなれば、絶好の草刈り場にされるのは目に見えていた。

 今年のこのチャンスにJ2へ昇格できなければ、主力選手は引きぬかれ、また以前のような最下位争いのチームに逆戻りとなる。

 来年もう一度初めからチームを作りなおす財政的余裕など無いこのチームには、正にこれが最初で最後の、存亡のかかった一戦と言えた。



 迎えた最終節、後半25分。

 多喜城FCは2枚目のカードを切る。連戦で疲労の見えたブラジル人エース「アリオス」を下げ、サイドで攻撃の起点となる元日本代表の攻撃的MF「山田芳裕よしひろ」を投入したのだ。

 山田からのスルーパスでサイドを切り裂き、中央でのワンタッチゴールを狙う戦術は、清彦監督が就任以来ずっと続けてきた戦術。

 つまり、ここから攻撃のスイッチを入れて、押して行けという監督からのメッセージだ。


 相手のフリースローを、こちらも元日本代表ボランチの森 はじめがキープする。ルックアップした先にはいくつかのコースが見えていた。

 4人の元日本代表がダイヤモンド型に広がる布陣。

 狙うは右サイドの山田、左サイドの石元、そして中央のエース財満ざいまん

 財満は右十字靭帯断裂みぎじゅうじじんたいだんれつの大手術から復帰したばかり。本来なら後半のこの時間にピッチに居られる状況ではない、ハーフタイムの直訴により今もこの場に立っては居たが、脚の状況はギリギリだった。

 それでも訳あり元日本代表トリオがそれぞれの考えの元、三方向へと一斉に走りだす。


「ヨシヒロっ」

 森が選択したのは、後半から入った元気のある山田だった。


 山田は容易たやすく足元にボールを収める。「終わった選手、ポンコツ、下のカテゴリなら通用するか?」等と散々に言われていた山田だったが、ボールを扱う基本技術はまだまだトップクラスだ。


 ボールはそこで一度落ち着く。

 石元には相手DFがしっかり付いていた。パスを受けられる状況にあるのは財満しか居なかったが、ボールを受けたとしても、彼が蹴れるコースにはGKが鎮座していた。


「はめられたようだよ、森クン……」

 パスコースを限定させて、出した所を奪うのはサッカーの常套手段だ。ゆっくりドリブルでボールを前に運びながら、山田はコースの開く隙を伺う。

 石元に付いた2枚のDFをかすめるように、攻守ともにそつなくこなす、運動量の飛び抜けたバランサー福石が、ものすごい勢いで走り抜けたのはその時だった。

 相手DFはさすがに放っておくわけにもいかず、一人が福石のマークとして引きずられていった。

 石元についているDFが1枚になる。

 1対1の状況であれば、石元ならば確実に相手をかわしてくれるはずだ。


「いいねフクっ! そうだっ!」

 福石へ声をかけながら、山田の足元から高速のパスが石元の背中へと飛ぶ。

 それは背中を直撃するようなやさしくないパスだったが、石元は振り向きざまに余裕を持って足元にボールを収めた。

 福石が相手を引きずってくれたそのコースには石元への道がしっかり開けている。

 相手DFを背中に背負い、手でコントロールしながら、ちらりと時計を確認した石元は、これがラストプレーだと確信した。


――アディショナルタイムは3分、後半47分


 A代表で10番を背負ったこともある「永遠のサッカー小僧」石元は、急な加速で相手DFを一人抜き去ると、サイドの深い位置からドライブをかけて、ダイアゴナルに全力疾走でエリア内に入り込む財満の足先ギリギリに落ちるボールを蹴る。


「ぶち込め! ザイッ!」


 左右から財満を挟むように詰める大柄な相手DF。身長168cmしか無い小柄なエースは、地面から足を引き上げられるような浮遊感を感じた。

 しかし、目の前に落ちてきたボールには虹がかかって見えている。その虹は、次のプレーで自分の蹴ったボールが、この先どこに飛んで行くのかさえもハッキリと示していた。

 DFに挟み込まれたままリハビリが終わったばかりの右足を長く伸ばす。


「とどくっ!」

 相手GKの伸ばした手と財満の長く伸ばした足先が交錯しそうになる。しかし一瞬早く財満の脚に触れたボールは、彼の見た虹色の軌跡をたどった。


 相手GKの伸ばした指先をかすめ、美しい放物線を描く。


 この一年を共に戦った選手が、スタジアムに詰めかけた1万数千人のサポーターが見つめる中、ボールは無人のゴールに向かい、ゆっくりと転がった。


 地面が振動するほどの声援が、一瞬停止する。


 ボールはそのままネットに触れ、主審の笛が強く吹かれた。


 腹の底から咆哮を放つ財満。

 駆け寄りもみくちゃにする選手たち。

 そして体の芯から揺さぶられる、とてつもなく大きな声援。


 スタンドのサポーターの中には、もう既に涙を流している者もちらほらと見受けられた。


 電光掲示板に得点が光る。

【多FC 鬼FC】

【 0 ― 0 】

【 1 ― 0 】

 時計はもうアディショナルタイムの終わりを指し示している。勝利は目前だった。


「まだだっ! まだ諦めるなっ! 1点なら10秒で取れる!」

 相手キャプテンがゴールの中からボールを拾い出して走る。

 現在1位の相手、鬼怒川きぬがわFCは引き分けでも昇格なのだ、それにサッカーは1分あれば点が取れるスポーツでもある。


 センターサークルにセットしたボールを相手FWが長く蹴り出し、それを味方のDFが大きく跳ね返した瞬間、鬼怒川きぬがわFCにとっては無情の、多喜城たきじょうFCにとっては待望の試合終了を告げる笛がピッチにこだました。


 ピッ! ピッ! ピッーー!


 短く、短く、長く。笛の音は凍える冬の抜けるような空にこだまする。


 がくんと力が抜け、ピッチに倒れこむ相手選手。

 泣き顔を両手で覆い、仰向けになって空を見上げる味方選手。

 ベンチから飛び出す仲間たち。


 スタンドから雪崩れ込む、チームを信じ続け、声援をピッチ外から選手たちに降り注がせてくれた、1万2千人を超える熱狂的なサポーターの姿。


 20××年11月27日。

 多喜城FCの歴史に、幸せの記憶とともに刻まれるであろうこの日。

 彼らは、念願のJ2リーグ昇格を自らの力で勝ち取った。




――そして、この偉業が達成される1年半前、7月に物語は遡る。

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