こんな異世界ものエンディングはいやだ
怪物をやっつけてめでたしめでたし、とはならなかった。
「ハイエルフだ! ハイエルフが城内に侵入してきたぞお!」
「イーライだ! あの顔はイーライだ!」
「侵入されているぞ! 敵襲だッ」
「討ち取れ!」
イーライ学長の登場で、ダークエルフたちはいきり立った。
彼らからしてみれば、いきなりハイエルフが防衛施設に入りこんできたという話になる。化け物をやっつけてくれてありがとう、いえいえどういたしまして、みたいになるほどふたつの種族は仲が良くない。
武装したダークエルフたちが、めいめいの武器をもって集まってくる。
誰が指示したわけでもないのに、彼女らは自然に自分たちを組織した。
槍を持つものはくずれた廊下を方陣で塞ぎ、刀剣を持つものは横に広がってぐるりとイーライ学長をとり囲んだ。磁石に引っぱられる砂鉄のような、ムダのない動きだった。
自然とおれたちも囲まれた。およそ五十人ほどの軍勢だ。
彼女らの多くははみな目をギラギラさせていて、怯えたようなようす誰も見せない。ダークエルフたちは怪物相手に弱気だったにもかかわらず、それを瞬殺したイーライ学長を恐れる様子はなぜかなかった。
「やめろ」
ミフネが彼女らを制する。
「もう戦時ではない。よせ」
「やつは防衛施設に侵入してきています。大義名分は立ちますぞ」
金の飾りがついた鎧を着たダークエルフが言う。地位が高い者なのだろう。
「斬りましょう。いまこそ積年の恨みを」
「やめろやめろ! 外交問題になるだろうが」
「あのイーライですぞ! 敵将が目の前にいるのに!」
「今は敵将ではない!」
「あの夢にまで見た怨敵が、目の前に!」
兵たちはみな熱に浮かされたように、イーライをじっと見ている。
ぎらついていて、それでいてうつろな目であった。彼女らがイーライに抱いているのは、怒りとか、恨みとか、そういったわかりやすい感情ではない。もっと別の、ドロドロに煮詰まったなにかだ。
「なぜ戦わせてくれないのですか!」
「ガマンしろガマン! 殺せるなら私がそうしたいぐらいだ!」
ミフネは子供を叱るように言った。
「しかし」
「でも」
「子供か貴様らは! 私怨で動くんじゃない!」
それでもミフネはどうにか兵たちを思いとどまらせた。兵士たちが命令を不満に思っている事は手にとるようにわかったが、とにかく
「貴様! 何しに来たあああああ!」
ミフネはイーライに向かって吠える。
「ここをどこだと思っている! 殺されたいのかッ!」
「心配してくださってるのです? ま、無理ですわ」
イーライはやわらかい口調で言った。
「ここにいる元気なダークエルフさんたちだと、ちょっと、状況がこちらに有利なところがありますから。難しいことになりますわ。
(意訳:こんなアホな蛮族どもに最強の魔術師が殺されると思ってんのか。さっきの魔法見れば分かるだろうが。瞬殺じゃ瞬殺)」
彼女を囲むダークエルフたちが、びくりとする。
言い方はマイルドなのだが、その裏にかくされた本音というか、ニュアンスは、なぜか正確にこちらに伝わってくる。
イーライの前には、完全に炭化した巨大な化け物、ウェルグング。崩壊した城の壁と、砕け散った石材、そんな中でニコニコ笑うイーライ学長。この場の主導権は彼女にあった。
イーライはおれを指さした。
「少しばかり、彼に関することで話しあったほうがいいと思ったものですから。不躾を承知でお邪魔させていただきました。
(意訳:よくもツバつけた男を横からかっさらってくれたのう。どう落とし前つけてくれるんじゃ。こら)」
「だから遊びが過ぎると申しました」
ナジェが冷ややかにミフネを睨む。
「くそ……普通やるか?」
ミフネは歯がみする。
「まさか……男ひとりにここまで執着するとは」
「だって……」
イーライはおれを見て、ほおを桃色に染める。
「こんな野卑で汚らしい蛮族、いくら未開の地を探しまわっても、そうそうめったに見つかるものではありませんから……ご覧なさい、今だって全裸ですわよ全裸!」
彼女はは全裸のおれを指さしながら言った。
「服というものが理解できないのかも……」
「まあ、たしかに全裸はどうか」
ダークエルフ一同がおれに目を向ける。
「妙だな、この間まで服は着ていたはずだが」
「あんたらの仲間に破かれたんですよ! ビリビリに!」
おれはキレた。
「マルコに媚薬を飲まされて、服をビリビリに破かれて、危うく尻にちんちんを入れられるところだったんです! アドニスもですよ! どうしてくれるんですか!」
クムクムがそばに居るのをいいことに、猛抗議するおれ。
「……マルコとアドニスを連れてこい」
ナジェが部下に指示する。
「あらあら! わあ、媚薬を飲まされて服を破かれて?」
イーライが食いついてきた。
「すてき! たまんないですわ」
彼女の横でうんざりした顔をするアイシャ。
ハイエルフのイーライ学長は変態である。異種族フェチである。
彼女の好むのは『野蛮な異種族に汚される高貴なハイエルフの知的なわたくし』というシチュエーションである。それが彼女の性癖だ。いわゆるシチュ萌えであった。
そんな彼女の性癖にドンピシャではまったのが、人間。
おれ。
そんな理由で彼女にモテている。
「あ、あのう。学長閣下。盛りあがってるところ悪いんですが」
アイシャが口をはさむ。
「よその国の防衛施設に侵入されて、攻撃魔法を使われたとなると、かなり外交上微妙でして、その。なんていうか。イーライ学長の地位でも、ちょっとまずいのではなかでしょうか?」
「そういう見方もありますわね……」
「学長、ちょっとざっくばらんな物言いをしてもよろしいでしょうか」
「かまいませんわ」
「エロがからむと見境がなさ過ぎなんですよアンタ! どうすんですかこの状況! いくらなんでも別の国の防衛施設にテレポートするとか! 不法侵入ですよ! 外交問題ですよ!」
アイシャがイーライを詰めはじめた。
「わたしの気持ちも考えてくださいよ!」
いっぽう、ダークエルフの側もモメていた。
ミフネが家臣たちに囲まれて詰め寄られている。
「ミフネ様、どうなされますか。家長として指示を」
「待て、いま考えておる!」
「防衛施設に敵対種族の重要人物が侵入! どの様になさるのですか!」
「少し待てと言っているだろう!」
「ひとこと死ねと言ってくださいッ! さすれば戦って死にますッ!」
家臣たちの一部は戦いたくて仕方がない様子で、主の前にもかかわらず武器に手をかけている者もいる。
武官だったものは今でも戦いにこだわっている。とナジェが言っていたのを聞いたが、まさかここまで自暴自棄だとは思わなかった。
「戦わせてくださいッ! このままでは部下が暴発しかねません!」
「部下のせいにするな! 戦いたがっているのは貴様らであろうが」
「ここで死んでも本望!」
「まてまてまて、お前たちには仕事があるだろう!」
「平和になったこの世界にはもう拙者らの居場所はございません」
「イーライと戦って死ねるなら本望!」
ダークエルフたちは、自分たちの死を覚悟したセリフにどんどん酔っていく様子だった。
「学長、言っときますが、早まらないでくださいね」
「分かってますわ……わたくし恨まれてますわね」
イーライは多少つらそうな顔をする。
「……正直すまんかった、みたいな感じですわ。たしかに、ダークエルフ側の被害の半分はわたくしの魔法攻撃のせいですから、しかたないのかも」
「そりゃしょうがないですね……」
アイシャは顔を引きつらせる。
「じっさい、どうなんです? これだけの数のダークエルフと近接で戦えるんですか? 学長は?」
「うーん、30人までなら秒で殺せる自信はあるのですけど」
「な、なるほど」
アイシャは顔を引きつらせてうなずく。
「問題はその先ですわね、そのレベルの魔法を使えるのが、この大陸でただひとり、天才イーライだけである以上、犯人がわたしなのは明らかで、殺人現場に自己紹介を書くようなものです。立場が極悪になってしまいますわん」
「……なるほど、そうなったらもう立場ないっすね」
「もちろん。母国も追われますわね」
「そこまでの男ですか! あれが」
アイシャはおれをにらんだ。
「地位を捨てて追いかける価値があるのですか!」
彼女はイーライの肩をつかむ。
「……わたしじゃダメなんですかっ! 学長どの!」
どさくさにまぎれて求愛するアイシャさん。
「愛しているんですよ!」
「ごめんなさい。わたくし、蛮族でないと欲情できません」
ふられるアイシャさん。
「アイシャさんは、ちょっと知的すぎますもの。ウッドエルフにはウッドエルフの文明があるだけで、べつに野蛮なわけではありませんし……もっと、粗野で非文明的な異種族に蹂躙されるとかじゃないと……」
「この……変態ッ! 変態ッ!」
涙目で地団駄をふむアイシャさん。
「あれ? ……アイシャって、学長のこと嫌いじゃなかったの?」
「わたしにはよう分からんが……」
クムクムは小首をかしげる。
「いっしょにいて、学長の悪口を言わない日はないからな、アイシャ。酔ったりするとずーっと学長の悪口言ってるし、いやなことがあると全部学長のせいにするしなあ」
「そうだったんだ」
「ああいう性格だからなあ」
「じゃあ、アイシャがあのとき別行動したのって、逃げたんじゃなくて」
「そうですよ! あんたと会わせたくなかったんですよ! 学長を!」
アイシャは半泣きで学長にしがみついている。
「先回りして学長に会いに行ったんですよ! だからわたしだけこうやって学長と合流したんでしょうがッ!」
「アイシャさん、離してくださらない……」
「つーかッ、犯人わたしですよ! ぜんぶわたし!」
アイシャはミフネを指さす。
「わたしがミフネちゃんをけしかけて、あんたを誘惑させたのです」
「ミフネさんもグルかよ!」
「いやあ」
ミフネは照れたように頭をかく。
「なかなか面白い趣向だと思ったのだ。それはそれでありかなと」
「そ、そんな……」
おれはがく然とした。
「そんな、くだらないことのせいで……こんな事態に」
みな辺りを見まわした。
半壊した城、武装したまま行き場のないような表情をする兵士たち、半泣きのアイシャ、彼女に抱きつかれて困惑するイーライ、炭化した化け物、それをまだちょっと惜しそうに見ているクムクム。
そして、こんな場所までやってきて、なにひとつ得られないどころか、むしろ着てきたジャージを失って全裸に逆戻り。尻の貞操はどうにか守った。そんなおれ。
「これが……おれの旅の終着なのかッ!」
日は傾きかけていた。だれも幸せにならないまま一日は終わろうとしていた。
「これがエンディングなのかッ! なんのためにおれがここにいて、なんのためにおれが生きているのか、分からないまま終わるなんていやだ!」
「知らんけどな。……で、どうすんだよ」
クムクムがおれの顔をのぞきこむ。
「わたしにどうして欲しいんだ。コラ」
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