異世界スイーツ&エロティカ紀行 ハイエルフ編
「わたしの出世のためにですね」
アイシャはおれをびしっと指さす。
「あなたにはぜひともイーライ先生とねんごろになっていただかなければならなくなりました。よろしくおねがいするのです」
「……ねんごろってなんだ?」
「まあその、なんだ、親密になっていただきます」
「ええと、それは、つまり」
「こーいうことですよ! にぶいですね!」
アイシャは片手の指で輪っかを作り、そこにもう一方の手の指を入れる。
まあ、いやらしい。
「……お、異世界人が赤面してる。予想外の反応だ」
クムクムが言う。
「淫獣だと思ってたら、意外だな」
「だれが淫獣だ!」
「……おまえに決まってるだろう。これまでいろんな異世界人を召喚してきたが、召喚したその日に交尾しようとしてきたのはおまえだけだ」
「だから誤解だって」
「こっちの話を聞いてください!」
アイシャはハレンチな指の動きを続ける。
「イーライ学長どのはですね。年齢層で言うと、まあ大人のお色気たっぷり、ムチムチの1500才代ぐらいなんですけども!」
「代の単位がでかい……」
「まあ、大人のかたですから。とうぜん性生活があるわけです。季節も暖かくなってまいりました。お出かけもさかんな季節です」
「アイシャ、その指の動きをやめろ……」
クムクムが耳を赤くする。
「教養のある人間のやるしぐさか、それが!」
「わはは、わたしはしょせん貧しいウッドエルフの狩人の出自ですからね。若いころから、年長者にいろいろ聞かされていて、エロ話は得意なのです」
「む」
クムクムは耳に手を当てて部屋のすみっこに行く。
「あれ、クムクム照れてるのか?」
「わりとお嬢さんなんです。あの人」
「うるさい」
クムクムはアイシャをにらむ。
「さてさて、話を戻してわが上司のイーライ学長ですが、非常に多淫な方でして」
「た、たたた多淫!」
「前も言いましたが、ぐっちょんぐっちょんです」
「えええっ、あんな、ぽちゃぽちゃっとした、色白の、いかにもお上品な感じなのに! そんな!」
「表面は完全に清純系ですが、もうすごいですよ」
そう言いながらアイシャはまた下品なジェスチャーをする。
「真夜中は別の顔ってやつですね」
「お……おおおおお……」
おれは感動と興奮と信じたくないので胸がいっぱいになっていた。
「種族関係ないというか、異種族となさるのもたいへんお好きです」
「異種姦!」
「おいこら! 下品な言葉を使うんじゃないっ!」
クムクムが怒鳴る。
「なんでおれにだけ怒るんだよ!」
「アイシャはもうちょっと遠回しに言ってるだろう!」
「まあまあ、とにかく、ここが重要なんですが」
アイシャはそう言いながら三本指で下品なジェスチャをする。
ほんとにミもフタもないな、このウッドエルフ女。
「あのひと、あなたを一目でものすごく気に入ったみたいです。露骨にわたしに逢い引きの手はずをととのえるように言いましたから。あの人があれだけはっきり意思表示をするのはとても珍しい事です」
「ま、マジで?」
「マジっす。ハイエルフの貴族階級の女性が、初対面の男性の手をとるのはよっぽどです。よっぽど」
「もう、完全にフラグが立ってるってことか?」
「フラグってなんですか? とにかく脈ありです。ギンギンにたってます」
「うおおおおおお!」
おれは両手をあげてガッツポーズをした。
「コロンビア!」
「意味がわからん!」
クムクムが怒鳴る。
「……ふん。もう面倒見きれんわ」
「解せんな」
ミフネが首をかしげる。
「いかにも高慢ちきなあのハイエルフが、なぜ?」
「イーライ学長、異種族マニアなんですよ。要するに異種族とのアレコレが非常にお好きというか……」
アイシャはため息をつく。
「あのひとは……ほら、メチャクチャ美人で、インテリで、家柄もよくて、プライドがゴリゴリに高いわけですけど、一方ですごいマゾというか、汚され願望があってですね……」
「ま……まじで」
「あーあーきこえなーい」
クムクムはもう耳を塞いでいる。
パンツははかないくせに、こういう話は苦手らしい。
「あの人がいちばん好きなシチュエーションは『高貴で上品な自分が、卑劣でおぞましい異種族にめちゃくちゃに汚される』パターンなんです」
「卑劣でおぞましい異種族って……?」
「あなたに決まってるじゃないですか!」
アイシャはおれをビシッと指さす。
しばしの沈黙。
「おれ……これって……モテ……てるのかな」
「べつにいいじゃないですか」
アイシャは100%の笑顔で言う。
「わたしはイーライ教授のごきげんをとらないといけないのです。さっきアヤがついてしまいましたし。そんなわけで。私が間に立ちますから、あなたにはぜひイーライ教授とお泊まりデートでもして、わたしの出世を安泰にしてください!」
「もういい! わたしはそういう話が苦手なんだ!」
クムクムはそういいながらイスに飛びのる。
「それよりも! これだよ! この匂い! ハイエルフの菓子だ!」
彼女はハイエルフのイーライが持ってきた箱のそばで鼻をひくつかせる。
「黒スグリの蒸留ぶどう酒漬けと、今朝しぼった牛乳の生クリーム、高原ヤギのクリームチーズ、紅りんごの皮付き蜂蜜煮などを層状に重ね、発酵バターと卵黄のしっとり系パイ生地で船型につつんで、焦がし砂糖と金箔入りゼリーで装飾してる菓子の匂いだな!」
クムクムは一気にそこまで言う。
「なんで匂いでそこまでわかるんだよ」
お菓子の箱はフタがしてある。中は誰も見ていない。
「形で匂いの流れ方が違うんだ。コボルトの嗅覚をなめるんじゃない」
クムクムは自信たっぷりに言う。
「ほんとかぁ?」
「自信あるぞ、ボート型のパイが9個だ。それと中央に薬草酒入りのシュガーボンボンが入っている。お菓子に飽きたら口を変えるための、ちょっと苦いやつ」
「まるで見たように言うな」
「いやいや、九割方合ってるはずです」
アイシャがうけあう。
「クムクムさんはお菓子に関しては軍用犬なみの嗅覚です」
「はずれてたら、なんでも言うこと聞いてやるよ」
クムクムは自信たっぷりにふんぞりかえる。
「そのかわり、合ってたら、おまえの分の菓子はわたしのものだ」
おれはその賭けにのった。
賭けに勝ったのはクムクムだった。
「文句なしだ」
そう言ってクムクムはふたつ目のパイをほおばる。
「ハイエルフの菓子は本当にうまい。わたしでも認めざるを得ない」
もっしゃもっしゃしながら三つめのパイに手をつける。
「季節によって牛乳やバターの味が変わったり、年によって果物の味に差があるのを、ハイエルフの職人どもは完全に制御しきって、最高の比率でパイの中に閉じこめるのだよ」
彼女はとても真剣な表情でお菓子を食べていた。
「奴らはパイ生地の重なる枚数や焼けたときのひずみまでコントロールする。口の中に入れたとたん。すべての菓子の要素がまんべんなく口に広がるのがわかる」
おれはよだれをのみこみながら、クムクムのグルメレポーターじみた解説をきいていた。
菓子のすばらしい甘い匂いがただよってくる。
おれは腹を空かしていた。
異世界に来てから、うまいものなんか食ってない。
だのにおれの分はない。
「まうまう、まうまうまうまう」
クムクムは幸せの極限といった顔でパイをほおばっている。
「……クムクム、おまえ、一人で菓子をもりもり食うなよう」
「どうせ、こいつら食わないからな」
クムクムはアイシャとミフネを見やる。
「ええ。わたしはいいです。ちょっともう。さっき学長に詰められたショックで胃が……。それに甘い物わりとダメなんです。肉なら……」
「私も結構だ。外地で敵方の食い物に不用意に手をつけるなど、戦士としてできない。のどを通らぬ」
「ほらな、だからこの菓子はぜんぶわたしのものだ」
「おれにもよこせよ!」
「賭けただろ」
クムクムはパイをおれに見せる。彼女の言ったとおりだった。ゼリーの中の金箔までだ。金に匂いなんかあるのか?
「食べたいか?」
「食べたい」
「素直でよろしい」
クムクムはふふんと笑う。「口開けろ」
「あー」
彼女は自分がかじって半分になったパイを、おれの口につっこむ。
フランクに食いかけを渡すなよ。
と思いながら、おれはそのパイをかじる。
「う、うまい……」
言語化不能な味だった。
「うまいな!」
洋酒を使ったような菓子は苦手なのだが、そんな好みの段階を超えていた。
レベルを上げて甘味でぶん殴ってくるようなおいしさ。
「ハイエルフの国は、堕落しきった貴族社会だからな。贈答用やお茶会用のお菓子のレベルがメチャクチャ高いんだ」
と、クムクムが解説してくれる
「ハイエルフはエルフの中でも格段に寿命が長い。ハイエルフの菓子職人ギルドでは、五百年修行してやっと一人前で、二千年でようやく印可だという。この菓子もそのクラスの職人の作のはずだ」
「二千年菓子を作り続けるってどういう人生なんだ……?」
おれには想像つかない世界である。
人間にはまずわかるまい。
「ハイエルフの寿命は、だいたい三千年って言われてます。ダークエルフの女性の二倍、ウッドエルフの三倍ってとこですね」
アイシャはへらへら言う。250才とか言ってたな。こいつ。
「菓子職人じゃなくても、ほかのギルドもだいたいそんな感じですよ。たとえばイーライ学長の着ていた礼装用ローブですが、縫い目がすごいですよ。えっちするときに見せてもらうといいですよ」
アイシャはまた下品なジェスチャをしながら言った。
「ハイエルフの裁縫ギルドか。どうすごいんだ?」
「すべての縫い目の、穴と穴のあいだの糸の本数が、ぜんぶ同じです」
「ハイエルフの職人って……なんでそこまでするんだ」
「おまえのいた世界に、カースト制って制度あっただろ?」
「よく知ってるな」
「調査したからな。もぐもぐ」
クムクムがお菓子を食いながら言う。
「おまえのいた世界のカースト制度を、寿命が三千年ある種族がずーっと続けたと思ってみろ。それがハイエルフの身分社会だ」
「それって幸せなのか?」
「わからんけどな。もぐもぐ」
「やれやれ、で、ハイエルフの貴族は変態というわけだ」
ミフネが言う。アイシャは力強くうなずく。
「そうですね。ハイエルフの貴族はだいたいひとつやふたつは歪んだ性癖を持ってますから。というか、変態がステータスです。希少価値です」
「冗談で言ったのだが……」
ミフネは手で顔をおおう。
「ふつうのストレートな行為は、文化的でないとされていまして、むしろ変態なら変態であるほど貴族的でハクがつくというのが、ハイエルフの貴族ですね」
「なんでそうなる」とミフネ。
「そりゃあ……寿命のメチャ長い種族ですから。ハイエルフの貴族は三千年間貴族をやるわけです。三千年間のヒマつぶしが彼らのテーマです」
「堕落のかぎりだな」
「しかも、子供が増えすぎないように、結婚とかに制限をかけていますし、きびしく性的なものが取り締まられています。だから健全な性がそもそもないのです」
「汚い。さすがハイエルフ汚い」
「イーライ学長も、いい年になるまで性的なことにはまったく触れないで育ったみたいです。で、お屋敷の外に出ると異種族に汚されるという話を思春期に何度も聞かされ……」
「異種姦の性癖が!」
「人がお菓子を食っているときにハイエルフの交尾の話をするんじゃない!」
クムクムがまじめな顔で怒る。
そのスキにおれも菓子をいただく。
「あっ、約束をやぶったなっ!」
「ふむ、なるほどな」
ミフネはにやりと笑う。
「おい、貴様」
彼女はおれの両肩をつかむ。
「夜伽を申しつける」
「は?」
「手をつけてやるから。来いと言っているのだ」
ミフネはおれをひょいと抱え上げる。
「えっ、ちょ。お姫様抱っこですか!」
ミフネはおれをそのまま部屋の外に持ち出そうとする。
アイシャが慌ててミフネの前に立ちはだかる。
「ど、どういうことですか!」
「ちょっと、こいつを借りるだけだ」
「ミフネちゃんもこいつが気に入ったんですか?」
「そんなわけあるか。たんに、あのハイエルフの変態女の目の前で、獲物をさらってやったら気味がいいと思ってな」
「あのー……おれの人権は?」
おれは力なく言ったが、無視される。
「こ、困りますよ! こいつを学長に引き渡してご機嫌をとらないとわたしの出世に響くんですよ!」
「イーライの思い通りにするのが気に食わん。この異世界人の男はわたしが手をつける。ちょうど夫が欲しいと思っていたしな」
「あのー……おれの人権は?」
「そんな気まぐれでわたしの出世の邪魔をしないでください!」
「断る。気まぐれで何が悪い。好きにさせてもらう」
「はぁ? ハイエルフの世界でウッドエルフのわたしがのし上がるのにどんだけ苦労してると思ってるんですか! こんな異世界人の男ごときでケチがついたら困るんですよ!」
「あのー…………おれの人権は?」
「あのメス豚には代わりの男でもあてがっておけ!」
「イーライ学長は一度欲しいものができたら手に入れないと気が済まないタチなんですよ! あの人の後ろ盾を失ったらわたしの将来のポストが!」
「なるほど、やはり獲物をさらわれたら応えそうだな」
「ミフネちゃん! あんたとわたしの仲でしょうが!」
「アイシャ、おまえは最高の友だが、イーライは敵だ。友より敵のほうが強い」
「あのー………………おれの人権は?」
お姫様抱っこされているおれの尻を誰かがつつく。
「おまえら、うるさい」
見ると、クムクムが菓子を食いながらおれを見あげていた。
「もう、めんどくさい、こいつに決めさせろ」
しばしの沈黙。
クムクムが菓子をかじる音だけがひびいていた。
「どっちかえらべ!」
アイシャとミフネがおれに迫る。
これが異世界モテ……なのだろうか。
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