第12話 アイドルへのサプライズ法2
「でも、なんだかんだ失敗しないで来れたね」
気を取り直して、笑顔でMCを続けると瑠衣センパイが目を丸くした。
「ん?」
「ん? あ」
瑠衣センパイがとてもニヤニヤしている。これはいじる気満々の顔だ。
「ほー、ゆうきくんはー、歌詞噛んじゃったことはー、失敗に入れないんですね?」
なぜ途中まで間延び口調!
「あー、あー! きっこえませーん! 次の曲行くよー!!!」
ボクらはそれからMCを挟むことなく歌い続けた。
よく行く店の店員さんが自分に気があるのではないかと勘違いした男の、コミカルな話を歌詞にした『店員さん』、「一日中君のことを考えている」というメッセージの『朝昼晩』、喧嘩したことを謝る代わりにプレゼントあげるから許して、とおねだりする『ヘアピン』。
少し曲がしっとりしてきて、一人暮らしが途端にさびしいと感じた男の『ノスタルジア』
お客さんも皆、サイリウムを最後まで振り続けてくれて、手を叩いてくれたりもしていた。前の方しか見えなかったし、声も全然聞こえなかったけど、ボクらと同じように口を動かしていたから歌ってくれていたお客さんもいた。
「皆さん、残念ながら次で、ラストです」
珍しくMCの始まりは瑠衣センパイだった。
予想通りのブーイングが、会場内に響く。
「オレも嫌です。このまま歌ってたいし、踊ってたい」
ボクもそう思ってたけど、でも、瑠衣センパイが口に出してお客さんの前で言うなんて思っていなかったから、ボクは何も言えなかった。そうしている間にも瑠衣センパイは言葉を紡いでいく。
「皆気づいてないと思うんだけど、凄い優しいお客さん達ばっかりだなって、ここから見ると思うんだよ。オレ等出てきたら「きゃー」とか言ってくれて、オレとゆうきのイメージカラーに合わせてサイリウム変えてくれたりしてさ。『水色ファンタジー』の時もオレ等初披露で、振付も「やってくれたらいいな」くらいの気持ちで考えて、皆に「やって」って言ったんだけど、皆やってくれるし。本当に、いい人たちばっかりで。めちゃくちゃ嬉しい。ありがとう!」
瑠衣センパイが、深くお辞儀をした。
彼と共に過ごした中で、こんな風に彼が素直に自分の気持ちを伝えるのは今日が初めてかもしれない。それは、すごくいいことだ。
「ゆうきは、何かないの?」
「ある、あるんだけど。言葉にならなくて…」
お客さんへの感謝の気持ちは、大体瑠衣センパイが言ってくれたのと、本当に言葉にならないこともあって、アンコールの後にすることにした。
「あのね、ボク一番最初に驚いたのが、男の人がいたことだったの」
「オレも驚いた。ついでに言っちゃうか、男子―!」
ライブではお決まりの「男子―!」とボクらが叫んで、観客の中の男の人たちが声を上げて手を挙げるあれだ。
後ろの方の座席から、少し野太い声と挙手した腕が数本。
ついで、ボクが女子を呼び掛けると、黄色い歓声と大多数の水色のサイリウムが上へあげられる。
「ボクらってやっぱり、ボクは「可愛い担当」だし、ルイ君は女の子にモテる感じの、かっこいい系じゃない。漢って書いて「おとこ」みたいな感じじゃないから、男子のファンって絶対いないと思ってたんだ」
「でも、あの男子たちだって、あれでしょ? 彼女について来た感じの」
「なんでルイ君はそうやって水差すの!?」
ボクは瑠衣センパイの感動系MCに何も言わなかったのに、ひどい不平等だ。
「違いまーす!!」
どこからか聞こえてきた。
それは、座席の後ろの方の先に挙手をした腕の数本あたりから聞こえてきた。
「嘘でしょ? ホントに?!」
「別に気を遣わなくていいんだよ、彼女ときたならそれで」
瑠衣センパイがそう言ったけど、やっぱり「違う」と返ってくる。
本当に、ボクらのファンの男子のようだ。
「いやー、ありがたいね。ルイ君」
「本当に、皆、会場にいる男子には優しくしてあげてね。肩身狭い思いしてるから」
だから、どうしてそうやって水を差すのか。
「でも、そうだね。もう少しハピバレ的な男子にも共感されるような曲、作んなきゃね」
「そうだな」
次のシングルに収録曲が一曲決まったところで、ボクらは名目上の最後の曲のタイトルコールをする。
「『Sleep』」
二人同時に言った後、オルゴールのメロディーが会場内を静かに、けれど確かに広がっていった。その名の通り眠りにつきたくなるような曲になっている。お客さんが眠ってしまいそうになる、なんてことはなかったけれど、寂しそうな顔はさせてしまっているかもしれない。
「ありがとうございましたー」
名目上一旦下がる。アンコールまで時間をたっぷりと取って、それから本当にラストの曲を歌う予定だ。
水色のライブTシャツと、ジーパンに履き替えて、ゆっくり水を飲む。
「あれ、瑠衣センパイは?」
さっきまで一緒に着替えていたはずなのに、どこにもいない。
いつも何かしら言ってからどこかに行くくせに、今回に限ってはそれもなかった。
「児阪さん、ルイ君知りませんか?」
「いいえ、知らないわ。とりあえず待機していたら?」
「そうします」
何か納得いかないけど、言われた通りに待つ。
十分補給も済んで、あとは瑠衣センパイと一緒に舞台に上がるだけ、だと思っていたのに、瑠衣センパイはいつまで経っても戻ってこなかった。一緒に上がるはずだから、下手側に行ってしまった、ということはないはずなのに。
「鈴芽くん、入ってください」
スタッフさんの一人が、ボクの背中を押す。まだ瑠衣センパイが来ていないことを言ったけれど、無理やり舞台まで押されてしまった。
瑠衣センパイが来ないなら、どうすればいいのだろう。ボク一人でMCをつなぐしかないか、なんて考えながら一歩踏み出した。
ボクの聞いていた予定では、そこで舞台が明るくなって、歓声が聞こえてくる。ボクらは「アンコールありがとう」とかそんな言葉を言いながら、手を振る。
という、段取りだったはずだ。
なのに、ボクを照らす灯りは白いスポットライトのみで、客席も静まり返っている。
ひたすら「アンコール」を繰り返した後だというのに、三分ほど待たせた後だというのに、静まり返っている。
「え、皆どうしたの?」
と、ボクが発した瞬間だった。
「せーの!」
それは、瑠衣センパイの声だった。
その直後に聞こえてきたのは、音程も声の高低もバラバラで一体感が少ししか感じられない、「ハッピバースデー、トゥーユー」という歌声。
「え」
ボクが言葉を発することもできず、音だけを発しても歌はやまない。
最後の最後「ハッピバースデー、ディア、ゆうきー、ハッピバースデートゥーユー」と皆がやっぱりばらばらのままで締めるまで、歌は続いた。
「ちょっと早いけど誕生日おめでとう、ゆうき」
舞台袖から、ホテルのあのルームサービスを運んでくるような直方体にケーキを載せてやってきた瑠衣センパイ。ケーキの真ん中に置いてあるチョコプレートに「HAPPY BIRTHDAY ゆうき」とペンで書かれている。
今日は十一月十八日、ボクの誕生日の二日前だ。
「え、ええー、なにこれぇ!」
「さぷらーいず」
なんでサプライズひらがな発音なの。そしてそのドヤ顔とダブルピースは何なの。
ツッコミどころはいろいろあるが、とりあえずは。
「いつから計画してたのこんなの」
「ライブの詳しい日程決まった日から」
「……ルイ君はケーキなかったじゃん」
「憧れの東井さんに会えたじゃん?」
そうだけども。
「えっとね、オレの誕生日が七月なんだけど、事務所が誕生日祝ってくれて。ソロ曲の打ち合わせするからって、場所まで連れて行かれたら、あの東井歌奏さんがいて、しかも東井さんがオレのソロ曲書いてくれるっていう最高のプレゼントをもらったから、ゆうきにも何かあげたいって言ったら、こういう結果になりました。皆手伝ってくれてありがとー」
聞いてない。
そんなこと聞いてない。
でも、
「ゆうき、おめでとう!!」
「愛してるよー!!」
涙が出た。
ファンの皆には、なんてことのない一言かもしれない。今のこの世界には「愛してる」って言葉はありふれていて、安っぽく聞こえることの方が多い。
でも、ボクには、ボクらにとっては。
「……っく」
とても言って欲しくて、ずっと切望していた言葉だった。
涙が止まらない。こんな風に誕生日を祝ってもらったこともなければ、「愛してる」と言われたこともなかったのだから。こんなに嬉しいことだなんて、知るわけはなかったのだ。
「泣くなよ」
「だってさぁ、ずるいってもー!」
嬉しくて悔しくて、感情がぐっちゃぐちゃだ。
でも不愉快な感じは全然しない。
「いや、でも、こんな喜んでもらえたら本望というか」
ボクにタオルを差し出しながら、瑠衣センパイはしみじみと言った。
なんかもう満足してる、みたいな声が腹立たしい。
「来年絶対し返すから!」
「来年の夏にライブやるという保証はないけど」
客席から聞こえる「やってー」という声を聴いたところで、ようやく涙を止めることに成功した。
「ライブじゃなくても、絶対、何かのイベントはあると思うので、その時は、皆サプライズ手伝ってね!」
了承の返事の「いぇーい」と、激しく振られるサイリウムに満足して、ボクは瑠衣センパイに向き直る。
「じゃあ、ラスト行きますか」
「皆知ってる曲なので、歌ってください。ボクらのデビュー曲です!」
「曲名も言えるよな? せーの!」
『愛のいろ』
この曲が終われば、ボクらの初ライブは終了だ。
本当に楽しいライブだった。歌って、踊って、飛んで、跳ねて、騒いで。
こんな楽しいことは今までしたことはなかったし、ボクの人生で一番楽しいことはたぶん今で、幸せなのも今だ。
「今まで散々だったから、そろそろ幸せになりなさいって神様からの思し召しかもよ」
スカウトされた日に、瑠衣センパイはそう言っていた。
それまで本当に散々だったし、アイドルになってからも散々だった。
恋愛沙汰に巻き込まれかけるし、瑠衣センパイは刺されるし、何だったらアイドルになったおかげで、ボクの両親は離婚を速めたくらいだ。
でも、今この瞬間、ここに立ててよかった。
アイドルになれてよかった。
心の底からそう思えるのは、今目の前に広がっている人たちが、ボクらを愛してくれているからだ。
デビュー曲の『愛のいろ』は世界には愛があふれていて、人は幸せになるために生まれてくるのだ。というような、当時のボクらには喧嘩を売られているようにしか思えない曲だった。けれど、今は違うとわかる。
今、ボクの景色は愛で溢れてて、こんなにも眩しい。
それはきっと、瑠衣センパイだって一緒だ。
曲が終わって、眩しい世界の終わりを告げた。
不思議とさっきまで感じてた寂しさはなくて、「今の心境は」と聞かれたら、それは「最高です」としか答えられない。
「「ありがとうございました!」」
深く礼をする。ボクが今まで欲しかった言葉に、対するには全然足りないけれど、これしか浮かばない。今、この言葉で足りないと思うなら、もっと何かを探さなきゃいけないんだ。それを探すには、アイドルはまだまだ続けなくちゃいけない。
「ルイ君」
舞台袖で、ボクは瑠衣センパイを呼びとめる。
「何」
そっけなく帰ってくる返事はいつも通り。
「ありがとう」
「それはさっきも聞いた」
「じゃなくて、ボクをアイドルにしてくれて」
「ああ、そっち。言ったろ、オレがお前と一緒にやりたかったんだって」
「でも、そのおかげでボクは欲しかったものが手に入ったよ」
「……そっか」
瑠衣センパイは笑って、ボクに拳を突き出した。
ボクもそれに拳を合わせる。
「「お疲れ」」
ボクらの初ライブはこうして、終わりを告げた。
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