第七話 野望と狂気
幼い自分の寝顔をみるというのは不思議な気分だ。私は、六波羅にある邸で、まだ十一歳の私が眠っている姿を、しばらく眺めていた。昼間あれだけあいさつ回りをさせられた上に、帰りの道すがら母から聞かされた話のせいで、すっかりくたびれてしまった私は、その日の夜、いつもより早く床に就いたのだ。
幼い頃の私のいとけない寝顔に、清宗や能宗の顔が重なり、胸が締め付けられるように苦しくなった。しかし、清宗や能宗など知るはずもない幼い私は、今もすやすやと眠っている。
夜の
しかしそんなことにはお構いもなく、母と叔父の話声は大きくなり、話の中身ははっきり聞こえるようになっていた。
「それにしても、姉上を説き伏せるのに骨が折れましたぞ……。清三郎の諱は時盛でなくてはならぬ!とまるで聞かぬのですから」
叔父はわざと困り顔を作って、母を笑わせようとしている。それを見て母も笑いながら応じる。
「時忠こそ、いきなり
宇多帝というのは、
「時忠よ、そなたが清盛殿の噂をそこまで信じておったとは知らなんだぞ」
母は目を細めながら、叔父の空いた盃に、酒を酌した。
「このわしが?……姉上はこの私がそのような
ハハハ……と笑い声交じりになりながら、叔父が酒を一気に飲み干す。この男にかかれば、父や私など、彼がかつて通った
その後叔父が得々として語った目論見は、酔った上の作り話にも似た、あまりにも壮大な、一種狂気じみたものであった。
まず平家に対抗しうる武力を持った勢力、例えば源氏を朝廷から一掃し、独占した武力を背景に、徐々に国の政事に
続いて、平家の女子を摂関家や有力な貴族、終いには帝や親王へと縁づかせ、嫁いだ女子が産んだ子をその後継とする。終局的には父を白河院の正式な子として認めさせ、皇族として即位する。これが次の段階だという。
そして最後には、重盛、基盛二人の兄を追い落とし、母時子が産んだ私に譲位させようという、まさに気がふれたとしか言いようのない話だ。
今になってしまえば、この夜に彼が語った話の半ばほどは実現させてしまったのだから、確かに叔父の力は大したものだ。そして、私が明日にも斬られようとしているそばで、あの男は未だのうのうと、都で暮らしているのだ。私がもう二度と戻れないだろう、あの都で。
それにしてもかわいそうなのは、この話をまともに聞いてしまった幼い私。眼は恐ろしさと混乱ですっかり冴えてしまい、もう朝まで眠ることはできないだろう。一体母と叔父はどこまでおそろしいことを考えているのだろう。このような話を聞いてしまって、父の前ではどんな顔をすればよいだろう……。
保元二(1157)年の秋、私はそのような暗い気持ちを抱えながら、「平宗盛」として、二度目の生を受けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます