2-8 アドバイス
「あれ、兄さん、もう帰ってきたの?」
「里佳の仕事手伝うのにな。親父は?」
「お寺さんから呼ばれて出てったよ」
「飲みか」
「いや、檀家のご遺族の方がちょっと大変らしくて」
「遺産相続か」
言ってしまってから浩人は慌てて里佳の様子をうかがった。祖父母の葬儀に会ったこともない親戚が現れて相続で揉めたと聞いている。両親も先に亡くしていたから矢面に立って辛い事もあったに違いない。
里佳の祖父母のような資産家だけの問題ではない。ごく普通の家庭でも死後になってから思いがけない金額の遺産が見つかったり、逆に借金が判明したりする。決して珍しい話ではなかった。
そんな場にいつもいた落ち着いた雰囲気の保険屋さんの苗字が花山だったことを浩人はようやく思い出していた。そうか、あの花山さんか。
里佳は浩人と泰人の会話など全く気にする風もなく、手帳のメモをせっせとチラシに書き写している。
浩人も知らん顔でパソコンを立ち上げた。
「さて、と。で、どこをどう直せって?」
「これ見て分かる? チラシに書きこんどいたんだけど」
「なんだよ、これ。きったねえ字だな、オイ。全然読めねえぞ」
「わかった。説明するね」
昼に喫茶店でチラシを受け取った花山さんは、里佳が出て行ったあとすぐに他の客からの反応を確認した。反応はそれほど芳しくない。聞いてみると墓参りにはまめに行っているから、わざわざバスで、しかも日時を決めてというのはやはり違うのではという話だった。
話している最中に花山さんはその場の客の特徴を考えていた。親は亡くなっている。そして、子供や孫とは同居していいない。一人暮らし、もしくは夫婦二人で割りと気ままに暮らしている。悩みの種は老いていく身体のことと長生きした時のお金のこと。とはいえ、大きな病気を抱えていないせいもあって漠然とした不安の域を出ていない。
花山さんは、もうひとつ重要だろうと思われる共通点を見つけていた。皆が皆、東京もしくは東京近郊の出身だということ。
喫茶店を出た花山さんは自分のエリアを譲った保険代理店の栗原さんと合流し、その時点でまとまりつつあった新しい顧客候補について意見を聞いた。子供や孫と同居しているお年寄り。自分の墓や葬儀のことを子供や孫の問題としても考えている層。つまり、保険についても相続の問題と合わせて考えている世代。
悪くない感触に自信を深めた花山さんは近所に住む姪のもとに向かった。二世代住宅に一緒に住む姪の義父母はまだまだ元気な七十代で、花山さんの紹介した保険に入っていた。今は栗原さんの顧客だ。
姪の義父母はやはり墓のことを考えていた。山口県にある義父の実家の墓をどうするかも、まさに検討しているところだった。墓石メーカーの無料ツアーも知っていた。けれど、墓石を売りつけられるのはちょっとという反応だ。花山さんは里佳のチラシを取り出した。墓石を無理に売られることはなく、そのうえ一日で何箇所も人気の都立の墓地を回ることができる。
「おい、ちょっと待て、そういうツアーだったか、なんか違わないか」
「いいの、いいの。もう少し続きがあるから聞いて」
義父母が地方から出てきたのは何十年も昔だ。けれど、縁もゆかりもない墓地に行く用事などあるわけもない。だから、都立の墓地であってもそれほど知らないだろう。花山さんの予測は的中した。わざわざ墓参りに地方まで行くのは自分たちも大変なうえに子供や孫にはやらせたくない。近くで探したいがそもそもどこを選べばよいのか、どこにあるのかも定かではない。
義父母と姪、小学生の孫三人、合わせて六人でなら参加しても良いという返事をもらうのにそれほど時間はかからなかった。墓石はともかく、墓地、それも規模の大きい公共の墓苑を見てみたい。孫の休みに合わせたいのは義父母の希望だった。
「というわけなのよ」
「すごいな、花山さん。そういうストーリーに持ってったのか」
「明日また会いに行こうと思ってたらさっき電話で呼び出されて、その話と一緒にチラシを直すように言われちゃって」
「そういうことなら分かった。やるか」
「よろしくお願いします」
チラシを手に持ったままの里佳が頭を下げた。
「まずは、どこからだ?」
「それがね」
里佳は遠慮しなかった。
「全部なの」
「そうか」
浩人はがっくりとうなだれた。
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