第48話 騎士の夢枕

【朱の騎士】ベルレルレンには、剣を捧げて忠誠を誓った主君がいた。


【黄金王】ヴァンベールである。


 ヴァンベール王は国内の騎士のなかで最も強く、生まれの身分を重視しない自由な気質であった。


 平民出身であったベルレルレンは、ヴァンベール王に臣下の礼をとった。だがその本質は、忠誠を誓うというよりも単純に好きで仕えていた。


 時が過ぎ、ヴァンベール王はもはや老齢に達してかつての輝きは失われていた。だが少年の頃に刻まれたベルレルレンの友情心は衰えていない。


 そのヴァンベール王が、ベルレルレンの前にやってきた。


「ヴァンベール王! なぜここに?」


 ベルレルレンは、【放浪の姫君】レィナスと、二度目の放浪の旅の途中であった。


 半ば王国からの追放である。


 そんなところに、ヴァンベール王が来るはずがない。


「俺が神出鬼没なのは、お前も知っているだろう」


「それは、そうですが」


 ヴァンベール王の意表をつく行動は、側近の騎士も大臣も誰も掴めなかった。


「ちょっと頼みごとがある」


「王、またですか?」


 ベルレルレンは笑った。


「頼む。今度こそ、最後だ」


 ヴァンベール王の真面目な顔に、ベルレルレンはまた笑った。


 ヴァンベール王の『最後の頼み』とやらは、今まで何度聞いたかわからない。


 つい少し前にも、王の娘であるレィナス姫の命を救ったばかりだ。


「笑うな、本当に最後だ」


 ヴァンベール王は強い口調で言った。


 真顔の時のヴァンベール王は、誰も逆らえないほどの王者の風格を持つ。


「はい、申し訳ございませんでした」


 ベルレルレンは苦笑する顔を無理やりに抑えた。


「断るなよ」


「はい、心得ました」


「よし。じゃあ言うぞ」


 ヴァンベール王は呼吸を整えるように息を呑んだ。


 ベルレルレンも釣られて唾を呑みこみ、王の言葉を待った。


「娘を頼む。あいつを、あいつが思う、幸福な人生を送れるように助けてやってくれ」


 ヴァンベール王は言い終わると、様子を伺うようにベルレルレンの顔を見た。


 ベルレルレンの返事は、王の頼み事を聞く前から決まっている。


「承知しました」


 ベルレルレンは一瞬たりとも迷わず、即座に答えを返した。


「娘には言うなよ。あまり助けると、頼りきるだろうから」


「重ねて承知しました」


「宜しく頼む。じゃあ、お別れだ。俺はもう行く。お前はなるべくゆっくり来い。矛盾するが、再会を心待ちにしているぞ」


 ヴァンベール王はそう言い残して、去っていった。





 翌日の朝。


【朱の騎士】ベルレルレンは起き抜けに、【放浪の姫君】レィナスに言った。


「姫君。王はすごい人ですね」


「なんだ急に? まあ、お父様はすごい人だぞ。【黄金王】ヴァンベール。最高の王にして、最強の戦士で、更に英雄だ」


「はい、それは知っていました。人間族最高域の勇者とすら思っていました」


「ベタ褒めだが、褒めすぎじゃないぞ」


「褒め過ぎていません。今では人間の枠を超越している気すらします」


「うん?」


 レィナス姫は怪訝な顔でベルレルレンを見た。


「本当に、すごい人でした」


 過去形で言う。


 ベルレルレンは昨日、王が崩御したことを確信していた。


 死んだヴァンベール王の魂が、黄泉に行く前にベルレルレンの夢の中に立ち寄ったのだろう。


「つくづく常識を超越しておりました。最後の主命は、従わないわけにはいきますまい」


「何を言っているんだ?」


 さっぱりわからんと、レィナス姫が詳しい事情を尋ねる。


「姫君に聞かれましても」


 ベルレルレンは笑いながら返事をした。


「主命により、守秘義務があるので答えられません」




《魂は空間を超越する、かもしれない》

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