第35話 姫君の怒り

【放浪の姫君】レィナスと【朱の騎士】ベルレルレンは、国を出て放浪の旅を再開した。


 それから三日間、二人はまったく会話を交わさなかった。


「そろそろ休みますか」


 ベルレルレンは頻繁に話しかけるのだが、レィナス姫は何も答えずに、その言葉を無視し続けていた。


 レィナス姫は全身打撲により、体中に包帯を巻いている。


「もう少し、進みますか」


 レィナス姫が返事をしなかったので、ベルレルレンは虚空に独り言を言っているようになった。


 ベルレルレンはばつが悪そうに頬を掻き、二人は更に旅を続けた。 


 だがそれからしばらくして、唐突にレィナス姫が馬を止めた。


「やはり休みますか」


 ベルレルレンも馬を止め、野営の準備に取り掛かった。


 レィナス姫は馬から降りた後も、たまに恨みがましく睨んだり、頬を膨らましたりするだけで何も言わない。


 ベルレルレンは心を痛めていた。


 ベルレルレンは自身の行動に、一切の後悔はない。


 王位簒奪を目論んだ王族を、重症とはいえ国外追放で済ませたのだ。


 後悔どころか敏腕といっても差し支えないだろう。


 ただその過程で、女性の顔を殴りつけたことが、騎士道にもとる行いとして胸につかえていた。


 殴られた被害者の方も、忘れるどころか根に持っている。


「……」


 レィナス姫は横を向いたまま、夕食の準備を言外に要求している。


 ベルレルレンは間違った行動を取ったとは思っていない。


 思ってはいないが、それとこれとは別とするしかなかった。


「姫君」


 ベルレルレンが、レィナス姫の正面を向き、


「やりすぎました。申し訳ございません」


 初めて、深々と頭を下げて謝った。


「……いい、許す」


 レィナス姫はようやく口を開き、ようやく二人に会話が生まれた。




《お前なんて大っ嫌いだ!……って言いたくないから、早く謝ってくれ。お願いだ!》

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