第16話

 金にギラついた皆の心が落ち着いたところで、話を聞いた。


 それによると、何でもこの世界、魔物がめっちゃくちゃ強いらしい。

 本当に「くっ、強い!」っと唇を噛みしめながらも心が高揚するような苦戦レベルじゃなく、「めちゃくちゃ強ええええ!これ無理じゃね。無理っしょ」っと、最早「戦う」という発想すら沸かない感じらしい。


 この世界、操作コマンドは「逃げる」の一択です。

 そのボタンを連打するようです。 


 雑魚のスライムですら、1匹で村を壊滅させることが出来るらしい。

 

 偶にひょこっと村にスライムが現れると、「スライムだ!やばい、逃げろおおおおお!」っと叫び、皆がパニックになって我先に逃げるとのこと。

 泣いて叫ぶ子供などガン無視し、転んだ者のその背中を踏みつけて逃げる、世紀末仕様。


 想像するとプププっと笑えるが、徹君達の雰囲気が結構マジなようなので笑うのは控えた。スライムの話が出た時、ドーンっと分かりやすく雰囲気が暗くなったからね。


 カタカタ音がするなと思って横を振り向くと、河合さんが「わわわっ」っと青い顔をしながら体を両手で抱きしめてブルブル震えていた。一体何事かと思いましたよ、本当に。

 どさくさに紛れて、その華奢な身体をそっと抱きしめたくなりましたが、悪魔(東堂さん)にとられましたとさ。悪魔が天使をよしよししております。

 全くプンスカプンスカ、許せません。


 陰惨な話と暗い皆、スライムの穏やかなイメージ、それらが合わさりシュールな雰囲気。笑いをこらえるために頬をもごもごさせると、東堂さんに「ギッ」っと睨まれたので笑いを飲み込んだ。

 するとのどに違和感が・・・くっ、やってくれるぜ東堂さん、間接的物理ダメージを与えるまでになったとは。

 

 だが彼らも俺と同じように、最初はスライム無双の話など信じられなかったらしい。

 シスターさんとかには真顔で「無謀だ」と止められたようだが、それを振り切って突撃したと。

 「あの雑魚が?プッ、嘘だろwwww」「あーしら、やっちゃいますけど、いいすか?いいすか?マジ、やっちゃいますよ」「うぇ~い、いくっしょ、楽勝っしょ」「私、頑張ります」って感じだったらしい。

 

 そんなこんなで某国民的RPGの様に装備を揃えて、とりあえず近場のモンスターを狩ってみようとしたところ、ひょこっと可愛らしく現れたスライムにボコボコにされて死にそうになったと。腹から飛び出る内臓を抑えながら街に帰ったと。

 徹君が腹を抑えながら迫真の演技で語った。いや、その、そこまで詳しく語ってくれなくてもよかったんですがね。そのへんのグロ要素はカットでも構わなかったんですが。


 その死闘で、彼らは青いゼリー状の物にトラウマを覚えたとのこと。

 暫くはゼリーを口にできない程に。俺はそのトラウマうんぬんより、この世界にゼリーがあることに驚いたが。


 悲惨なグロ描写の割には、スライム突撃までの経緯は徹君が上手くごにょごにょ濁していたので、あえてこちらからは触れないようにした。

 彼らもそこには触れてほしくなさそうだったし、そんな人の粗探しみたいな事をしても意味はないからね。


 だが大まかに予測はつく、徹君や河合さんがそんな事をするはずがない。

 うぇ~い埼玉君もリーダーシップタイプではないので除外。

 

 となると、原因は一つだろう。誰がその凶行への道を造ったのか?

 それは、中途半端にアニメゲーム知識があり、押しが強い人物。

 犯人はいつも一人。


 はい、東堂さんですね。


 マイエンジェル河合さんが震えとるやないかい!

 ブルブル肩を抑えて震えておりますぞよ!

 どないしてくれるんやろか? 


 あなた、お尻ペンペンしますよ!

 赤くお尻を腫れさせて、泣いて許しを請うまで許しませんよ!プンプン。


 心の中で義憤に燃える俺。


 そんな無謀な特攻で装備が壊滅して大怪我を負った徹君達のパーティー。その治療費と装備を失った損失で一気に金は吹っ飛んだと。回復魔法は有料で中々割高、ポーションもそれなりの値段、簡単にいうと金がある程度ない状態で怪我すると、現代とほぼ変わらないらしい。

 

 ベッドで寝ても全回復にならないのがこの世界の仕様。

 なんとも憎い設定だ。因みに、宿の布団の質はいいのでぐっすりだ。


 そんなこんなで出ばなをくじかれ、モンスターとの戦闘でレベルアップができないので、今は冒険者ギルドででている薬草集めの依頼や、街で働いているらしい。

 朝一でギルドに並び、小学生ぐらいの小さな子供に混ざって薬草依頼を勝ち取るのは中々メンタルにくるらしいと、高校生の徹君がこぼしていた。想像すると泣けてきた。


 話を聞いていくと、どんどん悲惨な方向に向かうので「お、おう」という相槌ぐらいしか打てなかった。その声も徐々に小さくなっていき、最後には相槌を打つことさえまずい気がしてきた。


 東堂さんは始終罰の悪い顔をしていた。彼女もかわいそうなので、あまり見ないように気を使った。別に彼女に悪気が合ったわけではないだろう。


 しかし不思議だな、あの天使はそれなりの能力を付与して皆を決まった場所に放ったといっていた。それならそんな事になるはずがないと思うのだが。何か手違いでもあったのだろうか。

 まぁ、考えても分からない事は今は置いておこう。


 大まかな現状は分かった、それより、皆が沈んでいるのが忍びない。

 

 なんとかせねば。こういう時はあれだな、あれですよ。

 悲しいとき、沈んでるときは、とりあえずあれです。


「それじゃ、えっと、とりあえず飯でも食いに行くのはどうかな?」

「やっほーい。久しぶりにまともな物食えるな、くっきーまじ救世主」


 埼玉君、さっきから救世主救世主って、俺を七つの傷がある男と勘違いしてませんかね。私、あの方の様に男兄弟はありませんことよ。それに胸に七つの傷などありません。七つの乳毛なら可能性ありですがね、ニヤリ。


「徹君、とりあえずこれ」


 この中で一番頼りになるであろう彼に、金貨を5枚渡す。5000万ゴールド。

 現実でいうと、さくっと5000万渡す感じですね。


 はい、俺SUGEEEEE!!!!!!!!!!!


 きましたよ、俺の時代到来。

 この余裕のある感じがたまりませんわ!


 今なら成金の気分を存分に味わえますな。

 前年度の収入を元にした翌年の税金とかなければいいけどね、この世界に。まじで!

 半分近く取られるとか悲劇でしかないし。

 それに贈与税とかないよね。あっても相手は天使だから問題ないはず。


「これ、色々パーティーのために使ってもらえれば」

「ありがとう、本当に・・・ありがとう。なんて感謝すれば・・・」


 頭を下げ、手を震わせながら本気で感謝する徹君。


 いや、そこまで感謝されるとなんか微妙な気分になってしまう。 

 金の上下関係とか生々しくていやだよ。


「うわぁ、どけち、全部出せっての!」


 東堂さんがぼそっと呟く。

 あの女!!!っと思うが、彼女は彼女で変わらない態度でほっと安心もする。彼女はそうでなくちゃね。

 いきなり、「きゃー、田中君すご~い、やさしい、きゃぴ」とか言われたら鳥肌立つわ。


「くっきー、まじ救世主!」


 さくっと埼玉君に肩を摩られる。

 ふいのボディタッチに今だに慣れないが、慣れているふりをして肩をすくめる。


「うぇ~い!」


 埼玉君が拳を宙で動かし、わさわさとシャドーボクシング?みたいなことをする。

 

 こ、こ、これは!!!!

 チャラ男系がよくやる、謎のハイタッチの様な部族儀式。


「うっ・・つっ・・・っつ」


 なんとかその動きに合わす。


「うし!」


 っと満足そうな埼玉氏。どうやら上手くこなせたようだ。

 よかった~、マイシスターから教わってなかったら全身硬直してましたよ。

 うちの妹に鉄板感謝ですわ。じゅわー(←肉が焼ける音)

 

 あの部族的挨拶儀式、最初はキョドるんですよ。人によってやり方違うし。

 だから一瞬武士の読み合いみたいなのが発生するんですな、埼玉君からは感じなかったけど。それにしても、埼玉君のそれが知ってるパターンの一つで良かった。


 さっと河合さんを見る。

 河合さんからも「うぇ~い」くるか!っと思ったが、それはなかった。


 東堂さんの横でほわ~んとしてこちらを見ていた、和みます。

 見ているだけで心がポカポカしてきます。


 ふと、運が悪い事に隣の悪魔と目線が合ってしまった。「いや、俺、東堂さんじゃなくて河合さん見てたんだよ」っと目で語りますが、東堂さんには「あん?」っと一言メンチ切られて投了。さて、我、何かしましたかな?


「それじゃ、あそこっしょ、あーし、あの店がいい。あそこしかないっしょ」

「そうだな。皆が良ければ、あの店にしよう」


「だな」「ですね」っと、その声に頷く俺以外の4人。


 「どの店?」っと思ったが、まぁ、そこでいいだろう。

 東堂さんだけが賛成してるなら問題有、十分に検討した方がいいが、徹君も河合さんも頷いている。それならそこしかないと思い、俺も頷く。


「それじゃ、行こうか」

「あーし、水槽近くの席ね」


 え?水槽?あの~そうですか。

 はいはい、多分、緩やかに動く熱帯魚でもいるのかな、その店には。

 そんな退屈な物、私、興味ありませんがね。

 料理食べに行くんですよ、魚を見に行くのではなく。


「うぇ、じゃあ俺っちは像側で」

「わ、私も水槽がいいですぅ~お魚の傍がいいですぅ」


 さぞ素晴らしいお魚さんがいるんでしょうな。

 魚が泳ぐ姿を見ていると、心が癒されますから。

 その姿を見ていると、ご飯が美味しくなりそうですね。素晴らしいアイデアだ。


「なら、ミクっちはあーしの横ね」

「はい」


 「それなら俺は河合さんの横で」っと叫びたくなったが、ここは止めておこう。

  サイレント、偶然を装って座るのみよ。席に座る瞬間が勝負の時。



 そうして宿を出る。

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