第十三章 クロガネカイナが正してあげる

第73話 落ちてきた少女

 日常から一転し、激動の始まりから約一年が経過する。

 今思えば、あれは全て夢だったのではないか、と思ってしまう。

 が、そんな事は無かった。



 真道歩駆は現在、孤立していた。



 その理由とは《ゴーアルター》に乗っていた時の後遺症である。

 それは人になった〈イミテイター〉を《ゴーアルター》に搭乗していないのに見分ける事が出来るからだ。


 今在籍しているクラスの生徒数二十三人の内、十五人──担任の教師もである為、全部で十六人──が〈イミテイター〉である。

 だから、歩駆は新学期の時、そいつらに対して露骨に嫌な態度で接してしまった。それが他の人間(クラスメイト)に反感を食らい、誰も歩駆に寄り付かなくなった。

 いじめられている、〈イミテイター〉として襲われると言う事は一切ないのだが、普通に皆は来年の受験や就職に向けての事で忙しく歩駆に構っている暇など無いのだ。

 しかし、それでも親しい生徒らは休み時間に友人同士で和気あいあいと会話はしている。

 そもそも元々、コミュニケーションを取るのが苦手な歩駆は、相手が人間だろうと〈イミテイター〉だろうと、こういうクラスでは日陰者になる運命である。


 だから、今日も歩駆は屋上へ一人向かい、右手に携帯電話でネットニュースを虚ろな目で見ながら、左手に通学路にある店で買ったベーコンパンを不味そうにかじりながら歩くのだ。





 あの日、もう一人の自分に《ゴーアルター》から突き飛ばされて歩駆は死を覚悟した。余りに突然の事過ぎて走馬灯は見れず、何かに頭をぶつけて意識を失う。


 ──気まぐれだかンな。でも、貸しは十倍だぜェ?


 一瞬、パンクロッカー風の派手な風貌の女性が見えた気がした。


 歩駆が目が覚めるとベッドの上だった。そこはトヨトミインダストリーが運営している医療施設だと言う。時間にして丸一日ほど眠っていた様であった。

 早く戻らねば、と面会に来ていた織田兄妹に掛け合うと驚くべき言葉を告げられた。


「歩駆様もうお体は大丈夫ですの? 完治したんですの?!」

 一目散に竜華が歩駆に飛び掛かってきた。胸に顔を押し付け、涙がパジャマを濡らす。


「私がお助けしたんですのよ?! 誉めてくださいまし!」

「あぁ、ありがとう。……社長さん、俺はIDEALに戻らないと」

「IDEALは君を解雇した。君だけじゃないぞ、提携していたウチの会社だって追い出されたんだ」

 寝耳に水だ。


「はっ?! 何で……理由は?」 

「私達が聞きたいですわ。一方的に今日限りだ、と突っぱねられまして」

「それと礼奈は……あいつはまだあそこに居るんだ」

「彼女は戻ってくる。だが、私達が切られた理由はわからない」

 拳を強く握り、悔しがる龍馬だったが、


「真っ先に月影殿を助けだし、機体の修理もしたのに」

「問題はそこですの……?」


 さらに三日後。


「あーくん!」

 電話があり歩駆が真道家の住まう新居のマンションの前で待っていると、一台の黒い車がやって来た。降りてきたのは一杯の紙袋──中身は着替えやらIDEAL購買部で買ったお土産──を持った渚礼奈。


「れなちゃん……」

 安堵する歩駆だったが体の異変に気付いたのはこの時である。

 礼奈が目の前で転げそうになるのを助けようと近付くと視界がおかしくなった。世界が反転している風に見え、礼奈の体から発せされる人とは違う微弱な異生命の波動。それは心臓に映る〈イミテイト〉の結晶から出ていて、受けた歩駆は何故か体が締め付けられる感覚に陥るのである。

 歩駆は手を差し伸べる事もなく、転んだ礼奈をただ呆然と見つめることしか出来なかった。

 その日以来から礼奈とは気まずい雰囲気になり、家は近いが学校へ一緒に登校する事もなくなり、クラスも別々なので口を利く所か顔もほとんど合わせていなかった。





「……虹浦セイル事務所を解雇。問題はマネージャーと社長の喧嘩、か」

 そんな奴居たな、ともはや懐かしさを感じつつ廊下を歩く。


 年始から激動の毎日であった。

 説明するのも恥ずかしいくらいアニメ漫画の様な展開が日本を襲っていたのだ。

 憧れのシチュエーションも市民側に回ってみれば退屈かつ窮屈で仕方がない。約一ヶ月は地下シェルター生活を余儀なくされ、避難民の〈イミテイター〉に囲まれ朝昼晩ずっと吐き気を催していた。常に周りを警戒し、もしかしたら襲ってくるかもしれない、と不安で夜も眠れないのはしょっちゅうだ。

 ある時、不意に荷物から出てきた赤い眼鏡──縁に“RN”と刻まれている──を掛けてみると視界に映る〈イミテイター〉を判別する力が遮断されたのだ。

 丁度、ゲーム漬けの毎日で目も悪くなってきたと言うのもあり、それ以来ずっと眼鏡を着用している。

 シェルターでの生活から解放されたと思いきや連日連夜、日本を救った英雄──IDEALと《ゴーアルター》──についての報道がひっきりなし、巨大ロボフィーバーな状態になった。町中で作業重機ではないSV(サーヴァント)を見る機会が増え、有名メーカーの作ったプラモデルは飛ぶように売れた。春の新作アニメはロボット物が八本も放送され、ロボットオタク達は歓喜する。


 しかし、歩駆はロボットに興味が薄くなってしまった。

 今まで集めたグッズはIDEALの自室に置いたまま、現在住まう自宅の部屋には漫画すらない。一度無くなってしまえば案外馴れるものである。小遣いは貰っているが特に欲しいとも思わなくなった。娯楽と言えば携帯電話のアプリで“数独”か“お絵描きロジック”をチマチマとやるぐらいで満足できている。


 毎日同じルーティンの繰り返し。

 端っこの人生。

 激しい喜びも悲しみもない平和な日常。

 満足感はない。でも、不満もない。

 何もない時がダラダラと流れる。


 今日もそうだ、と思っていた。



 角を曲がれば屋上への階段がある。寒くもなく暑くもなく、今の季節が一番過ごしやすいのだ。パンを咀嚼し、携帯電話の画面に目を落として前を見ず突き進む。


「わっ……はわわわぁー!」

 前方から誰かの叫び声。前にあるのは階段であるからして、厳密には前ではなく上からだ。


「避けてぇ! いや、受け止めてぇ!」

 どっちなんだ、と心の中でツッコミしたせいか反応が遅れて歩駆が顔を上げると柔らかい感触に押し潰された。顔面を二つのムニムニに圧迫されたまま、後ろの床に頭から勢いよく倒れ込んだ。


「いったたぁ……床のワックス効きすぎですよ、ここ」

「むぐ」

「わはっ!? ご、ごめんなさいっ! お尻で、すぐ退きますから!」

 びっくりした少女は飛び上がり、すぐさま歩駆から降りると深々と土下座した。


「えーと……その、大丈夫ですか?」

 心配そうに見つめる少女。歩駆はまず眼鏡を外した。くまなく見るがレンズに割れやヒビは一つも入っておらず安心する。


「本当に、本当にごめんなさい!」

「…………気を付けろよ」

 体を起こして土埃を払い、今日はもう立ち去ろうとする歩駆の服の袖を少女が引っ張る。


「あ、あの、お昼ですよね? よかったら一緒に食べませんか?」



 彼女は一年生の黒鐘(クロガネ)佳衣那(カイナ)。

 黒髪のロングストレートでポニーテール。背は歩駆より低くく、ハーフなのか目は青い。清楚な感じからお金持ちの御嬢様か、と思うくらいの女の子だが何処か抜けているドジっ娘である。


「好きでドジしているじゃありませんよ。まだ不馴れなだけなんですから」

「……まだ?」

「この学校にって事です。改装してから半年ですもの。廊下とかピッカピカですから」

「へぇ……俺は転んだ事無いけど」

 それからと言うもの、歩駆と佳衣那は休み時間になると二人で一緒に屋上で昼御飯を食べる仲になった。最初は怪しんでいた歩駆だったが、彼女からは〈イミテイター〉を波長を感じない。

 つまり人である事は間違いないのであるからして、歩駆は酷く安心していた。ずっと荒んでいた心が彼女のお陰で安らぎ癒され、今では冗談や身の上話を言えるぐらいに仲良くなった。

 さすがにSVに乗って戦っていた事までは言えないが。


「って事があったのさ」

「学業に復帰とか偉いと思いますよ。ニートや無職になるなんて絶対ダメですよー?」

「ずっと休んでられると思ったけどさ。親が煩くて」

 とは言うが実際は別の心配がある。

 何者かの視線を感じる、気がするのだ。〈イミテイター〉からの敵意ならば感覚で伝わるが、そうではない。

 しかも相手は人間でもなのだ。詳しくはっきりとした事は分からない、完全なる勘だが気になってしかたがないので学校に行くハメになってしまった。


「いい親御さんですね。とても尊敬します」

「それに今の家には何もないからさ。携帯のネットで掲示板覗くくらいしかやることない」

「趣味ないんですか?」

 真っ直ぐとこちらを見詰める佳衣那。可愛らしいクリクリとした丸い目で見られると、ついつい気恥ずかしくて顔を背けてしまう。


「……んー……あぁ……人に自慢するもんも無いぞ」

 SVとかロボットアニメが趣味だ、などとは口が裂けても言えない。寧ろ遠ざけたい存在だ。


「男の子ならばロボットはどうです? ブームですよゴーアルター」

 口に含んだパンを盛大に吹く歩駆。まさかのピンポイントチョイスに驚いてしまった。


「ま、まさか! そーんな子供みたいなアレだろ? どどどどうってぇ興味とか無いねっ!」

 目が泳ぎ、首をブンブン振ってしどろもどろになりながら歩駆は否定する。どう見てわざとらし過ぎる素振りだが佳衣那は疑う様子は無い。


「絶対にないから!」

「……そう、ですか」

 どこか悲しい標識を見せる佳衣那だったが直ぐに笑顔に戻る。


「じゃあ、アニメは?!」

「って、おいおいおい。だから俺はだな」

 歩駆の言葉を無視して佳衣那は、リンゴのアップリケが刺繍された手提げ袋から一冊の本を取り出した。それはかなり汚れていて所々に焼け焦げたような跡があちらこちらに着いている。

 それを見た歩駆は唖然として固まる。


「…………アニメロボ大全2021」

「そう。もう絶版になってる物です」

 去年の記憶が蘇る。暑い日差しの中、隣町の古本屋を片っ端から探し回。り、ようやく見つけた幻の本。


「そ、そうか、大分汚いな。ボロボロだし……黒鐘さんのイメージとは違うな?」

 現在は中々手に入らないと言っても所詮は市販されていたムック本だ。希少価値は高くても唯一無二の存在ではない。


「何しろ瓦礫の下敷きでしたからね。栞(しおり)もペランペランです」

 佳衣那は薄い紙をヒラヒラと見せびらかすが、それは栞ではなかった。数字とセールと書かれた紙は広告チラシの一部分であった。


「……どう言う事だ?」

「主語が無いです」

「君が何でそれを持ってる? それは俺のだ」

「名前なんて無いですよ。レシートはありますか?」

「とぼけるかっ!?」

「怒鳴らないで下さいよ……真道先輩こそ、これを誰が持っていたか知ってるんですか?」

 顔を間近に近付けて、佳衣那が問い詰める。


「この本を持っていたのは、渚礼奈先輩です」

 今度は視線を反らさず、改めて二人は向き合った。

 そして、歩駆はピンと来てしまうのだ。

 不思議な視線の正体は、この少女である、と。




 放課後、下校する生徒で賑わう玄関口。

 歩駆は逃げるように教室を出ると、誰にも気付かれないよう隠れながら一人で帰ろうとする。


「真道先輩、一緒に帰りませんか?」

 下駄箱の影から黒鐘佳衣那が現れて、歩駆の行く手を塞いだ。


「……退いてくれよ」

 彼女に対して歩駆の中の好感度は一気にマイナスへと変わった。優しい笑みや口調の裏で何を考えているのかわからない。


「フフフ、嫌です」

 一度、眼鏡を外して彼女を見る。視力は下がるが、逆にデチューンされた力が戻った。

 彼女からは〈イミテイター〉の波長は感じられない、が逆に人間の波長も感じられないのだ。正確に言えば生命体として感じるものが何も無い。

 無だ。


「返せよ」

「主語を入れてくださいな」

「礼奈から預かったんだろ。返さないんだったら」

 歩駆は佳衣那の持つ鞄に手を掛けようと伸ばすがサッと身を引かれる。


「礼奈さんに返すのが道理ですね」

「お前なぁ……」

 唇に指を当てイタズラっぽく笑う佳衣那。出入口で話し込む二人のやり取りを後ろに一人の女生徒が見ていた。


「えーと、あの……すいませんっ!」

「あ?! …………ゲッ!?」

 大声に振り向くと、歩駆は思わず飛び退いた。

 その少女は渚礼奈だった。

「……あーくん、一緒に帰ろう」


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