7 どんな花を咲かすか知っているか
パレスティの城は、上に高い。
だいたい10階建てくらいの高さだが、その最上階はサロメのためだけの階――謁見の時に使用した、あの神殿のような部屋を含むーーであり、その下が大統領閣下たちが住まう居住区、さらにその下に政務室、だいたい5階あたりがリンゴたちに与えられている招待用の貴賓室となっている。
アルケの城は横に広く、あまりそうして階層だっていないので、わりあい珍しい。そもそも高い建物をつくること自体が高度な技術が必要である。この世界ではそこまで高い建物自体があまりない。
だが、なによりのこの城の特徴は、隣に立つ同じ高さの棟である。
それはただの円筒上の建物だが、最上階がこの城の最上階と渡り廊下のように橋で繋がれている。つまり、サロメの階と繋がっているのだ。
その塔こそが、ある意味で「教会」に近い役割を持つ。
巫女を崇め、巫女のためにしか存在しない塔。最上階は儀式用の部屋や巫女が瞑想するための部屋があると聞いてはいるが、基本的に巫女と厳選された塔使えの聖職者でしかはいれない。大統領すらも入れないらしい。
巫女は血統制ではなく、これは「創世主のお告げ」で決まるらしい。その託宣をきくのもここの塔で行うということだ。
塔に入ることが出来るものも厳しく決められていて、普通の教会のように市民が簡単に立ち入ることは許されない。そのかわり塔のまわりには常に市民から巫女に捧げられる花や果物で溢れかえっている。
塔自体が聖域のように、不可侵な存在。
ちょうど塔と城を結ぶ橋を見上げられる、中庭からリンゴはそれを見ていた。
「なんというか、塔のために城があとから作られたみたい」
ゲーム上でも同じ感想を持ったものである。そういえばゲームでもあの塔の中にははいれなかった。
あの塔に高レベルのアイテムや装備があるのでは、とネットで議論があがっていたが、どういうルートや裏技を使おうともその塔にはいれなかった。
いまならあの塔にはいることはできるだろうか?いや、精霊に選ばれた勇者ですら入れなかったのに、友好国といえども精霊信仰をもつアルケのリンゴでは入ることを許されないだろう。
しかし昨日のサロメを見れば、いかにこの国で巫女が特別なのかがわかるというものだ。
あれは、人でありながら、人ならざるもの。
そう思わざるえないほど、別次元の存在だった。
塔を結ぶ橋を見上げているのもつらくなり、ふう、と視線を戻す。
中庭は綺麗に整えられ、赤い花々がいろいろな品種で飾られている。赤はサロメの瞳の色を讃えるためのものだろう。
四方が回廊で囲まれており、リンゴがきた回廊から対して正面の回廊は背の高い薔薇垣で見えない。薔薇はまるで一つの壁のように先上がり、真ん中だけアーチ型に通り抜けられるようになっている。
「あら?アシュラン?アシュランどこにいるの?」
中庭にくるまでは確かに一緒にいたはずのアシュランの姿が見えない。
基本的にずっとリンゴの後ろか横にいるアシュランだが、たまに危険物がないかということで少し離れて−−そうはいってもリンゴから10メートル範囲内くらいだが−−−周りを確認することがある。今回もそうだろうかといまきた回廊側を見るが、アシュランの気配はない。
見上げてる間に中庭の奥を確かめにいったのだろうかと、リンゴは薔薇のアーチを抜けた。
抜けた先にはいくつかのテーブルと椅子があった。薔薇の壁をしきりにして、中庭に二つの空間をつくっているようで、なるほどここで簡単な茶会等をすることができるようにしているのだろうな、と思った時に、一番端にあるテーブルに目がとまった。
人形のような少女だった。ビスクドールのような姿をしていた。
金色の髪はたゆたうように腰まで伸び、雨上がりの空のような澄んだ青色の瞳。髪の毛と同じ色をした睫毛は長く、それこそ陶器と呼ぶにふさわしい白い肌をした少女。
瞳と同じ水色のミニドレスは白いフリルとレースがあしらわれ、それこそなにかの衣装のようだった。
彼女が動いてお茶を飲んでいなければ、リンゴはきっと彼女を人形だと信じただろう。
年齢は12、3歳あたりだろうか。貴族の娘のようであるが、どこかの国の姫といわれてもすぐに納得いくほど、彼女は全てが完璧だった。
実際にオーラ、というものがあるのか知らないが、それは気品があるだとか、上品だとか、そういうのを飛び越えて――――何もかもが完璧な存在だった。
人形はひとり、中庭のテーブルでお茶を飲んでいる。白いテーブルに白い椅子。そして白いカップを持ってお茶を飲んでいる。まるでおままごとの世界のようだ。
ふと、少女がこちらを見た。
人形のごとき端正な顔立ちがはっきりと驚きを示した。リンゴを見て。
リンゴは彼女を知らなかったし、こんな美しい少女が身近に居れば噂にでも聞いてるはずだ。リンゴは何故彼女が驚きを示したのか分からず、目が離せないまま動けなくなる。
あおい、あおい色をした瞳がぱっちりと開かれたあと----彼女は微笑んだ。
「御機嫌よう、アルケ王国のリンゴ王女」
「え?なんで私のことを…」
「私に知らないことなどはない。いや、正しくはないな、私にこの世界で起こる現象で分からないことはない、といえるだろう。そこの椅子にかけるといい」
彼女はにっこりと微笑んだまま自分の向かいの椅子を示した。
リンゴはいくらか逡巡したが、勧められた通りに椅子に座る。
そして微笑んだままの彼女と対面する。
完璧だ。
ただ美しい、というわけではなく、リンゴはその言葉しか浮かばなかった。
彼女は完璧な存在なのだ。
「それにしても…それが起こったことと、因果関係は知ってはいたが、どこに着地したのかは知らなかったが。なるほど、そこ、だったか。たしかに道理だ」
「あの、先ほどから一体何の話でしょうか?」
「ここには因果がない。なぜなら、最初からすべて定められているから。でもリンゴ、その存在は因果の法則とはズレた存在。いつかわかるだろう。それにしても、興味深いな、こんなに間近で見るのは私ですらはじめてだ」
「失礼ですが、あなたと私は初対面では?」
「ああ、初めて会ったとも。たいていの人間は会ったことはあるし知ってはいるが、リンゴ、あなたとは初めてだ。初めての存在は嬉しいものだな」
「…あなたは、何者ですか?」
リンゴは不安も恐怖も何も感じていなかった。が、それがなにより恐ろしかった。
怖さも何も感じない。親しみも、猜疑心も、なにひとつ理解できないことを話されていてもなお、彼女に対してどんな感情も浮かばない、という事実に。
それは普通ならばありえないこと。
人形はことさら完璧に微笑んだ。
「私はエネルゲイア。常に今を踊り続けているもの。そういうあなたは、何者だ?リンゴ」
急に、わけもなく心臓を掴まれたような気がした。
わたしはなにものなのか。
「…先ほどあなたがおっしゃった通り、アルケ王国はウラヌスの娘、リンゴです」
「わたしが聞いたのは、そんなことじゃない。あなたは、あなたの存在は、いったい何者だ?」
足下が、いきなりなくなったようだった。心臓を握られながら、自分の存在ごと揺さぶられているような。
わたしが、なにもなのか。
前世の記憶。昔の記憶。いまの自分。リンゴとしての自分。前世でプレイしていたゲーム。記憶。勇者。
黒髪で高校生だった頃の自分の映像。
唐突に交錯する意識。
高校の制服を着た自分。金色の髪をしたリンゴと、黒い瞳をした前の自分。
黒い瞳の凡庸な顔が、自分を見ている。
「わ、たしは」
消え入るような声だった。あれ、とリンゴは思う。その声は、リンゴとしての声なのか。前世の自分の声なのか。
エネルゲイアは目の前で微笑むだけだ。
「わたし、は」
リン、とどこかで鈴の音が聞こえた気がした。
「リンゴ様!どこにいらっしゃるのですか」
はっとして我に返る。薔薇の向こうからアシュランがこちらに向かってきている。
いつのまにか握りしめていたのか、自分の手が固くなっていることに気づく。ほっと力をぬかすと、血液が自分の身体に巡っているのがわかった。
そしてその巡りとともに、ゆっくりと息をする。
「わたしは、わたしです。なにものでもありません」
ひたとエネルゲイアを見据えて言うと、エネルゲイアは満足したように少しだけ首を横に傾けた。
「それでいい、リンゴ。私はエネルゲイア、常に今、この時を踊るもの。いつかまた会うだろう。私はもう行かねば」
エネルゲイアは立ち上がりリンゴに背を向ける。歩き去っていこうとした矢先に、ふと足を止めて振り返った。
「ところで、王女よ……あなたは、リンゴがどんな花を咲かすか知っているか?」
え、と反射的に何か言おうとした時に自分の後ろから声がかかった。
「リンゴ様?こんなところにいらしたのですか。いつの間にか姿が見えなくなったと思ったら」
「あ、ああアシュランごめんなさい。私もあなたがいないと思ったから、ここまで…」
振り返ったらずいぶん探したらしい、明らかに不機嫌な顔をしたアシュランがいた。
これはこの後フォローしなくては今夜一晩皮肉と嫌味しか聞かなくてはならなくてはいけないな、と心の中でため息をつきながらエネルゲイアが去っていたほうを見る。
そこには誰もいなかった。
「リンゴ様?いかがなされました?」
「いえ、なんでもないわ、アシュラン。うん、とくに、なにもないわ…」
立ち上がりアシュランと一緒に来た道を戻ろうとする。何度か振り返って彼女が去っていたほうを見るが、反対側の回廊はがらんとしているだけだ。
「ねえ、アシュラン」
「はい?」
「あなた、リンゴの花がどんなものか知っている?」
思いっきり三白眼をさらにきつくさせて眉間に皺をよせてリンゴを見るアシュランは、リンゴを王女と思っていないのかというほど不躾なまでに「こいつ頭大丈夫か」みたいな顔をしていた。
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