さまよう胡蝶
此処は何処だろう。
そして、どうして俺は、蝶に為っているんだろう。
行かなければならない所が有る。
そんな思いに駆られるが、何処へ向かえば良いのだろう。
前か後か右か左か、はたまた上か下か。
全く分からず、憤りにも似た焦りを感じる。
しかし、進まなければ何も変わらない。
進んでみれば何か分かるかもしれない。
直感を頼りに羽ばたいてみる。
羽ばたくってのは、案外、難儀な事らしい。
一向に進まないうえ、どっと疲れる。
幼い頃に、鳥に為れたらどんなに良いだろうかと思っていた。あの大きな翼で大空を翔け巡りたいと思っていた。
しかし、鳥も俺が思っているよりももっと、難儀で不自由なんだろうなと、今は思う。
なんて考えながら飛んでいると、一輪の花が見えてきた。
あれだ。
何故だか分からないが、すぐに分かった。あれが俺の探し求めていたものは。
俺は全速力で羽ばたく。必死にそこへ向かい、花びらにとまる。
六本の脚先から、心地良い温もりが伝わってくる。俺は心の底から、安堵と愛おしさを感じた。
「……ん?」
目が覚めた。
どうやら夢だったらしい。手足がちゃんと二本ずつある。
月の光が差し込む。
今夜の満月はとても大きく、明るい。真夜中でも周りの物が見え、そして色濃く 影を付けている。隣で寝ている彼女の顔を艶やかに映し出す。
ヘンな夢だったなァ。
しかし、夢を見るたびに思う。
夢とはいったい何なのだろうか。
俺は夢の中では蝶に為ったけれど、果たして俺は……。
「…………ん」
色っぽい声だ。
どうやら彼女も目を覚ましたらしい。
まだ寝惚けているのか、目を細めてこちらを見つめている。
そして、口元をすこし綻ばせてこう言った。
「不思議な夢を見たわ。とてもヘンだったけれど、おもしろい夢」
「へぇ、どんな夢?」
「花に為る夢よ。一輪の花に為って、ずっと何かを待っている夢」
真実なんて、考えてみたところで、明確な答えが出る訳ではない。
なら、今ある人生を楽しもう。
「そして、一匹の蝶に出会えたわ。それだけの夢。オカシな夢でしょ? けれど、とっても温かい夢だったわ」
月明かりが彼女を妖しく映す。大きく美しい瞳に満月が写り込む。
彼女の目を見つめて言う。
『月が綺麗ですね』
お題
・夏目漱石 ・荘子 ・星新一
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