#11-2 光の貴公子
七隊任命式があった翌日。
優斗一人で嵐の見舞いに行ってきた帰り道。
考え事をしながら歩いていたせいで足下を全く見ておらず、何かに躓いてしまったのだ。
危うく転び掛けたが、なんとか踏ん張って転ばずに済んだのだが、自らが躓いた原因を見て、目を見張る。
舗装されたアスファルトの上に横たわっていたいたのは、七隊の一人でもある卯月朔。
倒れているのかと思って、優斗が慌てて起こそうとした所で、彼は先程の衝撃で目を覚ましたのか、ゆっくりと目を開いた。
「…………カンナ、さん?」
未だに微睡んでいるのか眠たげな灰の瞳で優斗を映し出した朔は、小さな声で見知らぬ名を呟く。
誰かと勘違いされているようだと判断した優斗は自らの名を名乗る事にする。
「あの、俺は月舘優斗です」
優斗の言葉に朔は、ぼーっとした様子で優斗を見つめ、それから思い出したように頷いた。
「……ああ、久しぶり。ユウ君」
「覚えててくれたんですね」
「当然。俺がユウ君を忘れる事はないから」
「はぁ」
朔の言葉の意味がよく分からなくて、曖昧な返答を返す優斗だが、朔はそんな優斗の反応は気にしていないようだ。
「あの、なんでこんな所で倒れてたんですか? どこか具合でも悪いんですか?」
「……んー、別に。眠かったから、寝ただけ」
「道の真ん中で?」
「関係ない。眠い時に寝るのが俺の信条だから」
「危ないですよ。いくら車が走ってる事が少ないとはいえ、絶対に走らないという保証はないんですから」
「まあ、どうにだってなるよ」
ふわぁ、と軽く欠伸をする朔。相変わらず独特なテンポを持っている人だった。
あの時は、夜だったから月に照らされる彼の姿があまりにも人間離れしていて人外の何かに思えたが、日の光の下の彼は何処か光を帯びていて、神々しいという言葉がぴったりと当てはまりそうだった。
そこで優斗は彼も優斗と同じ光属性だという事を思い出す。
「あ、あの、卯月さん。お願いがある──」
「朔」
「え?」
「朔で良い。名字で呼ばれるのは好きじゃない」
「あ、は、はい。分かりました。朔さん」
「ん、いいこ。牛乳飲む?」
軽く頭を撫でられて、紙パックの牛乳を差し出される。
戸惑いながらもそれを受け取ると、朔は懐からもう一つ牛乳を取り出して、それにストローを刺して飲み始める。
その様子を見て、優斗も牛乳を口にする。意外にもそれは、たったいま冷蔵庫から取り出したかのように冷えていた。
「……冷えてるのが不思議?」
「は、はい。何でですか?」
「……スズちゃんにお願いして、常に牛乳を冷やしてもらってるから」
「スズちゃん?」
「あれ? まだ会ってない? 水無月珠洲。昨日七隊に入った子」
「あ、いや、この間会いました。知り合いだったんですね」
「うん、昔からの知り合い」
そう頷いた朔の顔がどこか寂しそうに見えたのは、優斗の考えすぎだろうか。
その表情の意味を優斗が考えていると、朔が口を開いた。
「……それで? お願いって何?」
「え? あ、そうだ。実は、朔さんが光属性だという事を友達に聞いたんです」
「うん」
「俺も同じ光属性なんですけど、うまく使えないんです。武器も出せなくて……」
「君に武器は必要ないと思うけど」
「え?」
「武器が出せないんじゃない。君に武器はいらない。だから、出ないだけ」
随分ハッキリと切り捨てられてしまった。
朔の言葉に嘘はないだろう。真っ直ぐ優斗を見つめてくる目は嘘をついているようには見えなかったから。
だが、それでは優斗が納得できないのだ。
「け、けど、俺は強くなりたいんです。友達が傷付く姿を見てるだけなんて、もう嫌なんです」
「……だから、俺に教えて欲しいの?」
「は、はい! 七隊の人に教えを請うのは厚かましいと思うんですけど、他に教えてくれそうな人がいなくて……」
眠たげな灰の双眸が優斗を射抜く。彼の覚悟を、信念を見定めるような視線に優斗は目を逸らしたくなるが、ここで逸らしたら彼は決して頷いてくれないと判断して、黙って見据え返した。
やがて、朔は小さく溜息をつく。
「……ユウ君の頼みなら聞いてあげたいけど、その頼みだけは受けられない」
「ど、どうしてですか?」
「面倒だから」
「ええ!?」
「……それに協定違反になるから。例外を除いて俺達はユウ君に近付けない。だから、ごめんな」
意味が分からなかった。協定違反とは何だ。何故自分に近付いてはいけないのか。そもそも俺達とは誰の事だ。
優斗の中に浮かぶ幾つもの疑問。
怪訝な顔をした優斗に朔は悲しげな笑みで笑う。
「……意味が分からないって顔してる。けど、ごめん。これ以上は何も言えない。俺もまだやるべき事があるから」
「あ、あの、俺達どこかで会った事ありましたか?」
「……ないよ。月舘優斗とはこの間、君が第一寮に忍び込んだ時に会ったのが初めてだ」
「そ、そうですよね。変な事を聞いてごめんなさい」
それならば、何故彼は以前から優斗を知っているような口振りをしているのだろうか。疑問は募るばかりだが、彼は決して教えてくれないだろう。
「……あ、そうだ。属性について教えて欲しいなら、テルテルに頼むと良いよ」
「テルテル?」
「うん。あの人は相当な変人だけど、悪い人じゃないし……あ、けど、暫く姿見てないし、また行方不明中かも」
「行方不明!? え、それって探さなくて大丈夫なんですか?」
「うん、いつもの事だし。ふらっと帰ってきて、ふらっといなくなるから」
ふと花音の言葉を思い出す。
光属性持ちは変わり者が多い。なるほど、否定できないかもしれない。
そんな事を考えていると周囲の空気が一変したのを感じて、優斗は顔を上げる。いや、空気というよりも周囲が急に明るくなったのだ。
明るいというよりは眩しいというのが正解かもしれない。
「……あ、噂をすれば。テルテルが帰ってきたみたい。良かったね」
緊張感の欠片もない声で朔がそう言ったが、優斗はそれどころではない。
この距離で既に目が痛くなるほどの光を携え、誰かが優雅に歩いてきた。
優斗の全身に緊張が走る。息を呑み、人影が近付いてくるのをじっと見守る。
瀧石嶺学園の男子生徒の制服である白い詰襟を纏った青年。右腕につけられた水色の腕章に入っている白い線の数は三本。つまり、彼は最高学年である三年生というわけだ。
ようやくその顔がハッキリと見えて、優斗はその顔を見た瞬間、思わず平伏してしまいそうになった。
風に揺られながらもキラキラと輝く金の髪。深くどこまでも透き通った碧色の瞳。整いすぎた顔立ちは、最早人間ではないのではないかと疑いたくなるほど美しい。この世の美という美を詰め込んだようなそんな青年だった。
彼の姿を見るだけで目が潰れてしまいそうになる。背後から後光が差しているように見え、その神々しさに眼前に立っているのは神様なのではないかと本気で考えてしまうほど、眼前の青年は圧倒的な存在感を放っていた。
青年の瞳が優斗を見据える。たったそれだけの事で優斗は身動きが取れなくなる。
「……テルテル、久しぶりッス。相変わらず眩しいっすね」
「おお、朔君ではないか!? 相変わらず美しい容姿だ」
「テルテルにそう言われても……嫌みにしか聞こえないっすよ」
「うむうむ。それは仕方のないことだね! 僕の美しさは他の誰とも比べられないのだからね!」
ふふふ、と笑う彼の姿は、やはり人外のものと思えるほど美しい。けれど、どうにもその容姿と言動が一致しない。
「ところで、この少年は誰だい?」
「あー、彼は……」
「いや、いいんだ! 何も言わなくても良い! そう、僕に分からない事などないからね! 君は……そう! 僕のファンだね!」
「え? いや、俺は──」
「良いんだ良いんだ。うんうん、何も言わなくても分かってるからね! 老若男女問わず魅了してしまう僕の美しさに見惚れてしまうのは仕方のない事だからね! むしろ自然の摂理だからね! どれ、握手でもしようか? それともサインが良いかい? あ、写真でも構わないからね!」
(この人、全く人の話聞かない!)
なにか勘違いして、口を挟む暇もなく、ぐいぐい来る彼に困惑して、優斗は助けを求めるように朔に視線を移す。しかし、朔は小さく溜息をついた後、関わるのも面倒だとばかりに視線を逸らして、牛乳を飲んでいる。
「さあさあ、好きなのを選びたまえ! 大丈夫! 僕は誰に対しても寛大な事で知られてるからね! 君が何を望もうと怒ったりしないからね! 安心したまえよ!」
正直言うと凄くうるさかった。声も大きいが何よりもキラキラと輝く彼の存在そのものがうるさかった。
優斗が何と言えばいいか迷っていると彼は、ふと何かに気付いたように優斗の顔をじっと見つめる。
「あ、あの?」
何故そんなに見つめられるのか分からず、そもそも幾ら彼の容姿が人外並に美しいとしても男と見つめ合う趣味は優斗にはない為、自然と距離を取る。しかし、それは許さないとばかりに急に肩を勢いよく掴まれた。
「うんうん、そうか! 君も光属性なのだね! うんうん、分かる、分かるとも! 光属性持ちは誰もがその内なる輝きを隠し切れていないからね!」
「へ?」
「……テルテル、ユウ君は属性強化したいみたいなんで、教えてあげてくれないっすか?」
「なるほど! そういう事ならお安いご用だね! 君が更に光り輝く為なら僕も協力を惜しまないよ! そう、僕は美しいものが大好きだからね! 君のその美しい魂がもっと光り輝けるように僕が導いてあげようではないか! 大丈夫! 僕に任せれば、安心だからね!」
「え? ええと……」
突然すぎる展開に頭がついていかない。そもそも眼前の青年の至近距離からの眩しさに目が痛くなってきた。
「……良かったね、ユウ君。テルテルは面倒だし、うるさいし、喧しいし、面倒だし、変な人だけど、悪い人じゃないから、安心して教えてもらうと良い」
(面倒だって二回言った!?)
「はっはっはっ、この僕にそんな事を言うのは君くらいだね朔君! だから、僕は君が好きだ。変に敬わないからね! 君に限らず七隊の面々は皆好きだけどね! そうそう、七隊といえば新しい子が入ったと聞いたよ! どんな子なんだい?」
「スズちゃん? ……あー、ある意味テルテルに似てるかもしれないっすね。見た目と言動のギャップが激しい辺り」
そんな会話を聞きながら、優斗は昨日の会話を思い出す。
瀧石嶺学園全生徒の頂点に立つ七隊。
その選ばれた生徒の中で更に頂点に立つのが序列第一位の生徒。
その人は瀧石嶺家の退鬼師であるということ。巫女様と呼ばれ、絶対の存在として敬われている瀧石嶺千里の婚約者であるということ。そして、優斗と同じ光属性の退鬼師であるということ。
ひくり、と表情がひきつっていく優斗。
顔を青ざめさせて、浮かんだ答えが間違っていることを祈りながら、昨日聞いたばかりのその名を口にした。
「……た、瀧石嶺……
「うむ、何かね?」
満面の笑みで頷かれて、優斗は頭が痛くなった。
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