#09-2 転生組


「……そういえば、先輩。体調でも悪いんですか?」

「ん? 急にどうしたの?」


 優斗の問いに麗香は質問の意図が分からないとでも言いたげに首を傾げた。

 優斗は先程見た大量の薬を飲む麗香の姿を思い出しながら、口を開く。


「さっき薬みたいなの飲んでたので」


 何気なく放たれた一言。

 その言葉を耳にした瞬間、麗香の表情が一瞬だけ強張った。その表情に優斗が疑問を覚えるより早く、麗香が笑う。


「ああ、それはサプリね。ビタミンとか食事だけで取りきれない分をサプリで補ってるの」

「そうなんですか」


 麗香の表情が強張ったのは一瞬だけ。だから優斗は自分の見間違いかと思い、麗香の言葉をたいして疑うことなく受け入れた。


 それから特に会話なく歩き続けて、たどり着いたのは一つの部屋。

 ドアプレートには『501』の文字。

 どうやら麗香に指定されていた部屋についたようだった。


「シュウ、入るわよ」


 ノックと同時に遠慮なく扉を開ける麗香。

 その行動に優斗が目を丸くさせていると部屋の中から聞き覚えのある声が響く。


「文月、ノックと同時に入るなと何度言ったら分かるんですか?」

「はいはい、分かったわよ。それよりも今日はお客さんを連れてきたわよ」


 靴を脱いで部屋の中に入っていく麗香に続いて、優斗も部屋の中に足を踏み入れる。

 流石天才達の集まる第一寮と言ったところだろうか。

 優斗の暮らす第二寮の部屋よりも数倍広いその部屋は、どこかのホテルのようにも思える。部屋の角に置かれた上質そうな二つのベッドが殊更にホテルっぽさを強調していた。


「客? 誰の事……です、か……?」


 座り心地の良さそうなソファーに座り、本を読んでいた様子の秀也が顔を上げる。そして、優斗の姿を目にするなり、幽霊でも見たかのように目を丸くさせて固まってしまう。


「……おい、文月。てめぇ、なに考えてやがる?」


 聞こえてきた声に思わず視線を向けて、優斗は体を強ばらせる。

 視線の先にいたのは、ベッドに座っている赤髪の少年。体でも鍛えていたのかベッドにはダンベルが置かれている。


 今にも人を殺しそうなほど殺気のこもった鋭い視線。不愉快だとばかりに寄せられた眉間の皺。

 全身から漂う不機嫌な雰囲気に優斗は気圧されて、息を呑む。


「野蛮人ね。優斗くんが怖がってるでしょ? 少しは、そのキレやすさなんとかしたらどう?」

「ああ? 別に怒ってねえよ」


 口では怒ってないと言っているが、その顔はどう見ても不機嫌だ。

 下手な事を言ったら殺されそうだと感じた優斗は自然と黙り込んでしまう。


「あ、そういえばまだ紹介してなかったわね。彼は、弥生やよい彰人あきと。見たまんま粗暴でキレやすい野蛮人だからあまり近寄らない方が良いわよ」

「あ? 喧嘩なら買うぞ? おい、その女には気をつけるんだな。男と見りゃ、すぐに色目を使う。油断してると食われるぜ?」


 険悪な雰囲気を纏う二人に優斗が困惑していると第三者の声が室内に響いた。


「文月、説明してください。何故、彼がここにいるのか」

「はぁい」


 冷徹な声でそう発した秀也は、既に先程の表情を消していた。

 拒否する事は許さないとばかりに麗香を睨みつけた秀也に麗香も仕方なさそうに肩を竦める。


「彼が真実を知りたがってたから、連れてきた。……これで満足?」

「……文月。それは違反行為ですよ」


 目を細めて、静かな声で告げられた言葉。

 その言葉の意味が分からずに怪訝な顔をした優斗だが、その疑問を口にすることは出来なかった。


 明らかに部屋の空気が重くなるのを感じたからだ。

 まさに一触即発な雰囲気に優斗は困惑して、けれど勇気を出して口を開いた。


「あ、あの!」


 声を上げた途端、麗香に向けられていた二人の視線を向けられて、その迫力に気圧される。だが、優斗だって譲れないものがあった。


「あの日の事を教えてください! あの日、何があったのか。大河はどうなったのか。どうして、大河を連れて行ったのか。お願いします!」


 優斗は勢いよく頭を下げた。

 彼の言葉に反応するものはいない。

 痛いほどの沈黙の中、優斗は頭を下げ続ける。

 静寂が部屋を支配して、数分。小さなため息が静寂を壊した。


「……君の親友は、君が真実を知るのを望まないでしょう。親友の想いを無駄にしたいのですか?」


 かけられた言葉に先程までの冷徹さはない。

 優しくなった声音に思わず顔を上げた優斗が見たのは、少しだけ悲しそうな表情をした秀也だった。

 その表情の意味を優斗は分からなかったが、それでも彼が優斗の覚悟を聞きたいという事だけは理解する。だからこそ、優斗は頷く。

 真っ向から秀也を見据え、決して視線を逸らす事なく頷いたのだ。


「それでも俺は、知りたい。大河が抱えていたもの。隠していた真実。知っていれば、俺にだって何か出来たかもしれない。知らなかったんだから仕方ないって諦めたくないんだ」


 真っ向から見据えられて、先に視線を逸らしたのは秀也の方だった。

 彼はどこか眩しそうに目を細め、それから小さく息を吐き出す。


「……彼は、星野大河はです」

「転生、組?」


 その言葉をどこかで聞いた事がある気がして、優斗は首を傾げる。

 暫く考えた後、思い出す。

 初めて嵐と出会った日、彼が問いかけてきたのだ。家系組か転生組かと。


(そういえば、結局転生組って何なのか聞きそびれてたな)


 そんな事を思いながら、優斗は転生組という言葉の意味を考える。

 家系組が言葉通りの意味ならば、転生組というのも言葉通りの意味だろう。


「転生組っていうのは、言葉通り転生した退鬼師の事よ」

「え?」


 考え込んでいた優斗の心を読んだかのように声を上げたのは麗香だった。

 顔を上げた優斗と目が合うなり、麗香は笑う。そんな麗香を一瞥してから秀也は眼鏡を掛け直しながら口を開く。


「つまりは輪廻転生というものですよ。前世の記憶を引き継いだまま、現世に産まれた人間。それが転生組と呼ばれる人達です」

「ちょ、ちょっと待ってください。そ、それじゃあ、大河は前世の記憶があったって事ですか?」

「そういう事になりますね。そうでなければ、退鬼師としての力を使えていないでしょう。彼の家系は退鬼師とは縁もゆかりもないものでしたから」


 優斗の脳裏に浮かぶのは大河との思い出。

 幼稚園の頃からの知り合いである大河は、いわゆる幼なじみというものだ。

 長い年月を共に過ごしてきた大河にそんな素振りは一切見えなかった。だからこそ、優斗は秀也の言葉を鵜呑みにする事が出来ない。


「疑うのは自由ですが、彼は転生組です。そして、転生組だからこそ、あのまま彼の遺体を放置するわけにはいかなかった」

「どういう意味ですか?」

「鬼や退鬼師の事は世間に知られていません。国のお偉方は知っていますが、混乱を避ける為、一般には知られていない。君の周りに起こった事件も犯人不明のまま収束したでしょう? つまり、そういう事です」

「退鬼師の存在を公に出来ない。だから、大河の遺体を世間から隠す必要があったって事ですか?」


 優斗の言葉に秀也は何も言わない。

 その沈黙が答えだった。


「……転生組の退鬼師は本当に厄介なんですよ。家系組と違い、退鬼師とは何の関わりもない家に突然産まれる。だから、学園も把握しきれない。本来なら、この学園に通ってもらわないといけないのにどうしたって後手に回ってしまいます」

「昔は巫女様が見つけていたみたいだけど。今の巫女様は体も力も弱すぎて、遠視すらできなくて転生組を見つける事ができないもの。まあ、未来視も過去視も出来ない巫女様だから仕方ないのかしらねぇ」

「文月」

「はぁい、ごめんなさーい」


 秀也に窘められ、言葉では謝罪するが、その口振りからは反省の色は見えない。

 そんな麗香の様子に彰人が何故か笑っており、二人の態度に秀也が呆れたようにため息をつく。


「とにかく、彼は丁重に埋葬しました。他に質問はありますか?」

「……大河はどうして鬼と戦ってたんでしょう。誰にも何も言わず、たった一人で」


 こんな事を秀也達に問うた所で答えなんて返って来るはずもない。そう分かっていても聞かずにはいられなかった。

 どうして大河は、何も話してくれなかったのか。

 どうして大河は、一人で鬼と戦う道を選んだのか。

 どうして大河は、誰かに助けを求めなかったのか。


 大河に前世の記憶があるとしたら、自分の他にも退鬼師がいる事を知っていたはずだ。調べれば、学園の事だって分かったはずだ。

 それなのに大河は誰の助けを求める事なく、たった一人で鬼と戦う道を選んだ。

 毎日傷だらけになって、普通の人に気味悪がられながらもいつも笑って、ふざけた言動で怪我の理由を誤魔化していた。


 何故彼がそこまでしていたのか。

 何が彼を突き動かしていたのか。

 優斗には何も分からない。

 あれだけ近かった筈の親友が別人のように思えた。


「彼が何を考えていたのかなんて分かりません。単純に話しても信じてもらえないと思っていたのかもしれません」

「そんなことっ!」


 ない、とは言い切れなかった。

 もし大河が話してくれたとして自分が本当にその話を信じる事ができたか確信が持てなかったのだ。 

 いつもの大河の冗談として聞き流していたかもしれない。

 そんな考えが脳裏に過ぎり、優斗は黙り込んでしまう。


「……まあ、そうやって危険な事にも首を突っ込んでくるお節介な親友を巻き込みたくなかっただけって考えもありますけどね」

「え?」


 落ち込んでしまった優斗を慰めるかのような言葉。

 驚いて秀也の顔を見れば、彼は既に視線を逸らしている。そんな彼を麗香がニヤニヤしながら小突いている。


「お前に譲れないものがあるようにアイツにも譲れないもんがあったんだろ」


 いつの間にか傍に立っていた彰人が優斗の頭に手を置いた。

 無骨な大きな手は軽く優斗の頭を叩いただけで、すぐに離れていく。

 顔を上げた優斗の視界に入ってくるのは仏頂面の彰人。

 不機嫌そうな顔は先程と変わらないが、それでも優斗は先程まで彼に感じていた畏怖が薄れているのを感じた。

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