#08-5 鬼との遭遇
結局、一睡もする事が出来ず朝を迎えた優斗は、部屋の時計が六時をさすと同時に部屋を飛び出した。
優斗が部屋を出ると示し合わせたように他の部屋の扉も開き、仲間達が顔を見せる。
軽く挨拶を交わして、誰からともなく歩き出す。
言葉にしなくても皆分かっていた。目的地は同じなのだから。
瀧石嶺学園の広大な敷地内にある瀧石嶺病院。
一般には知られていない鬼との戦闘により負傷又は死亡した人間が運び込まれる退鬼師専用の病院だ。
優斗は病院に世話になる程の怪我は今のところしたことはなく、訪れるのは初めての事だった。
ガラス張りの自動ドアを抜けた先に広がっている受付と待合室。
病院独特の消毒液の匂いに優斗はどこか落ち着かない様子だ。
初めて来る場所のせいか勝手が分からず、互いに目を合わせた優斗達だったが、そんな彼等の前に見知った顔が姿を見せた。
「揃いも揃ってこんな朝早くから押し掛けるなんて、馬鹿なんですか? 暇人の集まりですか?」
「雪野!?」
疲労の色を滲ませながらも容赦なく辛辣な言葉をはいた幸太郎。
何故ここにいるのかと疑問を抱くが、彼は嵐が連れて行かれていた時にいつの間にか追いかけていたという話を思い出して、優斗は一人納得する。
「そういえば、タロウは嵐に連れ添っていたな。して、嵐の容態はどうだ?」
「だから、タロウと呼ばないでください」
「タロー君。嵐君は?」
「……はぁ。ほんっと、人の話を聞かない人達ですね。そんなに気になるなら顔を見に行ったらどうです? 二階の207号室ですよ」
疲れたように重い溜め息をついた後、それだけ告げるともう用はないとばかりに背を向ける幸太郎。
そんな彼を慌てて引き留めたのは優斗だ。
「ど、どこ行くんだ?」
「助けられた借りは返しました」
「え?」
「帰って寝ます。学校は明日から行きますよ。貴方達への借りはまだ返していませんからね」
口早に告げて、今度こそ用はないと歩き出した幸太郎の背中を優斗は呆然と見つめる。
優斗と共に遠ざかっていく背中を眺めながら、聡が小さく口を開いた。
「も、もしかして、幸太郎くん。嵐くんに庇われて、怪我させた事気にしてたのかな?」
自信なさげな弱気な言葉。
根拠はないが、聡の言葉が言葉が正しいと思った。
優斗の頬が緩む。そして、自動ドアをくぐろうとしていた幸太郎に向かって声をかけた。
「ゆき……幸太郎! 学校で待ってるからな!」
優斗の言葉に幸太郎は一瞬足を止めて……けれど、振り返る事なくそのまま病院を出て行く。
「優斗君。なんだか嬉しそう」
「そうだな。幸太郎とも仲良くできそうだなって思ってさ」
「タロウの様子から察するに嵐も大事には至らなそうだな」
「だねぇ、よかったぁ」
先程よりも心なしか晴れやかな気持ちになって、優斗達は互いに笑い合う。それから、幸太郎に教えてもらった嵐の病室へ向かった。
207号室と書かれたドアプレートの下に書かれているのは嵐の名前だけ。どうやら個室のようだ。
まだ眠っているだろうと思って控えめにノックをして扉を開けると、白いベッドの上で上半身だけ起こしていた嵐と目があった。
「おっ? ツッキー達だ。なんだなんだこんな朝早くから。もしかして、お見合いに来てくれたのか!?」
目が合うなり、朗らかな顔でいつも通り間違った言葉を口にする嵐は元気な様子だ。
「お見合いじゃなくて、お見舞いだろ」
嵐の態度に安堵したように優斗は笑いながらそう告げた。
入院着に身を包んだ嵐は優斗の訂正に屈託なく笑っている。その顔色はすっかり元通りだ。
「怪我は大丈夫?」
「おう、もう大丈夫だ! こんなのただの掠り傷だって」
「そ、そんなことはないよ。だって、あんな血がいっぱい出てたし……」
「サトルンは小袈裟だな! 見た目ほど大した傷じゃないんだぜ?」
「それを言うならば大袈裟だ。だが、本当なのか? 暗くてよく見えなかったがかなりの出血に見受けられたが?」
そう言いながら、晴は嵐の背中をじろじろと見つめる。そんな晴の行動を見習うように聡までもが背中を見るものだから、自然と皆の視線が嵐の背中に集中した。
皆の視線を一様に受けた嵐は少し照れくさそうに笑う。
「な、なんだよ。みんなして……。そんなに見つめられたら、花が咲くぞ!」
「穴が空くだろ。花が咲いてどうするんだ」
「けど、その調子なら本当に大丈夫そう。良かった」
普段から表情があまり変わらない花音が珍しく安堵の表情を浮かべたのを見て、嵐は目を瞬かせ……それから、神妙な顔つきに変わる。
「あー、なんか心配かけたみたいで、ごめんな?」
神妙な顔つきは一瞬だけ。謝っているのに嵐の顔は緩んでおり、皆が心配してくれた事が心底嬉しいとでも言いたげだ。
そんな嵐の表情を見て、優斗達は何も言えなくなる。ただ彼等も優しく笑うだけ。
暫く嵐と話をした後、優斗達は学園に向かう為、病室を出た。
ほとんど寝ていないから幸太郎のようにサボろうかとも考えたが、そんな事をしたら最後、どんな罰が待っているかを想像しただけでも恐ろしい事に気づいて諦めたのだ。
こうして、優斗達の日常は再び戻り始める。
幸太郎は翌日から宣言通りに学園に顔を出すようになった。
嵐は一週間入院する事になったが命に別状はない。
チームメイト全員が時間外外出についての罰則は白監修の下、一ヶ月寮の中庭掃除と分厚い辞書のような課題と反省文といった恐ろしく厳しいものであった。
結果的に見れば、嵐が怪我をして一時戦線離脱したが、幸太郎が仲間になったという事だろう。だが、だからといって安心できるわけではない。
今回は嵐が怪我をしただけで済んだが、次回もそうだとは限らないからだ。
無力さ故にいつ仲間を失うか分からない。
その事を強く実感して、優斗は改めて覚悟を決める。
もう二度と友達を失わないように。
誰かが泣くことのないように。
大切な誰かを守れるように。
強くなると誓ったのだ。
そう強く思った時に、ふと優斗は思い出す。
いつかは分からない。ただ遠い昔同じような事を思ったような気がした。
いまと同じように無力さを嘆いて、強くなりたいと願った気がしたのだ。
記憶を探ってもそれがいつのものなのか分からない。次の瞬間には、もうその記憶すら薄れてしまう。だが、優斗自身忘れてしまっても心の奥深くに宿ったその想いだけは消すことが出来ない。
「……強く、ならないとな」
誰に言うでもなく、強いていうなら自分自身に言い聞かせるように優斗は呟く。
その声に反応して、花音が不思議そうに首を傾げたが、優斗は何でもないと笑った。
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