悪魔で、天使ですから。

朝陽真夜

Prologue

The Introduction

 時は西暦20XX年、現代。舞台は緑豊かな青い星、地球。

 地球を取り巻く宇宙空間には、宝石箱をひっくり返したかのように星々が輝き、色とりどりの光を放っている。

 次の瞬間、宇宙空間に小さな彗星が出現した。いや、「気が付いたらそこにあった」と表現した方が正しいだろう。

 彗星はそのまま、地球に向かって猛スピードで進んでいく。どこかの国の物であろう監視衛星のすぐ脇を通り過ぎるが、特に気にしない。

 どうせ見えやしない。

 無事に「こちら側の世界」にたどり着いた事を確信した「彼女」は彗星の内側でそう思った。

 これは彗星ではなく、「彼女」が自分の力で作り出した船だった。「彼女」にとっては使い捨てでしかなかったが。

 外の様子は目ではなく、感覚を通して伝わってくる。またたく星々や地球の輝きに、「彼女」は感慨深そうに深く息をつく。

 彗星の軌道を地球への突入コースに設定した「彼女」は地上で活動するための準備に入った。

 自分自身に意識を集中させる。すると、それまで精神だけの存在だった「彼女」に、肉体と骨が作られ、筋肉が形成されていく。完成した肉体を、血液が急速に駆け巡り始める。

 生成されたばかりの心臓は鼓動を激しく刻み、まるで内側からボクシングのラッシュを受けているかのような衝撃を「彼女」に与える。幾星霜ぶりに行う呼吸は重く、空気が肺に絡み付き、自分を構成する有機質の重みが、かつて自分がいた地上の情景を思い起こさせる。

 次に、お気に入りのゴシック調のドレスを脳裏にイメージする。次の瞬間、一糸まとわぬ「彼女」の体を漆黒のゴシック調のドレスが包んでいく。ドレスの生成が完了すると「彼女」は卸したての衣服特有の、ひんやりとした温度を実感した。

 この衣装は、かつて地上で活動するのに適した服装はないかと思案していた時に、とある街角で見かけた少女達がまとっていたドレスを一目で気に入り、それをモチーフにして自分なりにアレンジを加えて作り出した「彼女」の鎧だ。

 これで、準備はできた。

 その時、急ごしらえの肉体が痛みに悲鳴を上げる。だがそれも、今の「彼女」にとっては懐かしく思えた。

(懐かしいな。重力の下で活動するのも幾星霜ぶりの事か……)

「彼女」は心から笑っていた。これが生きているという事だと実感していた。

(肉体の痛みはどうせすぐに治まる。さて、到着までまだ時間はあるし、それまで眠りにつかせてもらうとするか……)

「彼女」は地上に思いを馳せながら、ひとときの眠りに落ちた――。

「彼女」を包んだ流星はそのまま地球へと静かに墜ちていく。「彼女」にとっての心の故郷――日本へ。




 さて、ここで話をしよう。


 日本本土の南に位置する常夏の島、「陽月島ようげつとう」。この島が、物語の舞台である。


 これから始まるこの物語には二人の主人公が存在する。まずは、彼らについて語ろう。


 一人は、陽月島に暮らす青年である。

 彼は今まで、ごく普通のどこにでもいる青年だったが、ある夏の夜、島に落ちてきた流れ星を好奇心から一目見ようと行動を起こし、そして、「彼女」と出会った。それがきっかけで、青年は平凡から非凡の存在となり、そこから彼は非日常の世界へと足を踏み入れていく――。


 もう一人の主人公は、陽月島に落ちてきた流星から現れた、少女の姿をした堕天使だ。

 彼女はかつて、無数の堕天使を率いて「神」と呼ばれた存在に反逆し、壮絶なる戦いの末に敗れたという過去を持つ。その際に、「神」に匹敵するといわれた己の力を十もの欠片に分断された上で封印されたという。

 天から墜ちてきた彼女は、分かたれた己の力を取り戻すために動き出す――。


 この二人が出会ったことがきっかけで、彼らに転機が訪れる。


 青年は知らなかった。

 堕天使との出会いが、彼を人ならざる者達との戦いへと駆り立てていく事を。


 堕天使は知らなかった。

 青年との出会いが、彼女の生きる意味を探すための旅の始まりであった事を。


 両者にとっての、最高の出会い。そして二人に訪れる転機。それが彼らに何をもたらすのか――。


 その答えは、青年と堕天使――そして貴方が、その目でしかと見届けて欲しい。

 物語は青年と堕天使の出会いから始まり、ゆっくりと動き出す。


 さあ、そろそろ始めよう。

 平凡だった日常から逸脱し、非日常へと身を置く事となった青年と、己の失われた力を取り戻す事を願う堕天使が織り成す――


 笑いあり、涙あり、混沌あり、そしてその他諸々が詰め込まれた、ハチャメチャな物語を。

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