異?世界一蹴「俺と不快ななかまたち」

@marunoko

第1話 麗しき日常

 異世界と聞けば、先ず頭に浮かぶのは中世の様な舞台。

 そこでは科学文明ではなく、剣や弓矢、果ては魔法や呪いを駆使して怪物モンスターや悪魔や魔王といった絶対的な悪の軍団と戦う人々を思い浮かべる。

 所謂ゲームや物語の世界だ。


 だが、ここは少し――かなり勝手が違う。


 ここは俺が生まれ育った地球ではないが、同じ地球でもある。

 

 大昔のある日、遠い未来から絶大な力を持った連中が現れて、有ろうことか歴史を変えてしまったのだ。

 

 普通に考えれば、未来で生まれた人間が過去に行き、大きく歴史を変えてしまえばどうなるか?

 なんとなく想像できるのは、その途中で起こる事件そのものが変わってしまうわけだ。

 場合によるだろうが、かなりの確立でやってきた当人が生まれない可能性が有る。


 しかも幾つかの文明を滅ぼしてしまったのだ。

 直接滅ぼした訳じゃなく、興るはずの文明をねじ伏せて興らなくした。


 こうなると、過去にやってきた技術でさえも、どうやって出来たのか?

 それ以前に、彼らが知る歴史の記憶も改ざんされねばならないはずだ。


 だが彼らは何も変わらない……ではこの世界は何なのか?


 彼等の中の誰かが一つの結論を導き出した。


 自分たちが生きた世界とは、違う歴史の世界が動き始めた。


 彼等が現れた時を境に、もう一つの可能性に枝分かれしてしまった世界。


 これが、俺が今生きている平行世界パラレルワールド と呼ばれる異世界だ。


 



「は~い、次の方どうぞ……」


 消毒用アルコール臭に包まれた診療所の診察室で、次の患者というか客を呼んだ。

 俺の白衣姿もだいぶ板に付いてきたと思うのだが、実力はまだまだだ。


 太陽がほぼ真上に来た時、もうすぐ本業の終わる時間。

 俺のテンションはいつも通り低い。

 この村に来て、もうすぐ半年……くらい経つのかな?

 何せここにはカレンダーというものが存在しないので、今日が何曜日なのかもわからない。

 そもそもには、曜日すら無いのだ。

 いくら次元が違うとはいえ、同じ日本とは到底思えない……いや、日本列島には違いないのだが「日本国」じゃ無いんだった。


あるじ様、本日の診療は先程のコウノ様で終わりです。お疲れ様でした」


 ああ、そう……今日最後の患者はコウノの婆さんで終わりですか。

 一日を締めくくるのに最後に見たのが婆さんって……帰りたい……。

 でも帰ったところで大学にも戻れないだろうし、仕事も無えし彼女も無え、天涯孤独の身の上じゃあどこに居ても同じか。


「なあ、ウンディーネ……俺がここに来てからどのくらい経った?」


 俺は傍らに居る、白いナース服を身に纏った……おそらくは美女であろう彼女に問いかけた。

 彼女の名はウンディーネ、白い肌と長いブロンドの髪……スラリと伸びた手足と均整の取れたプロポーションは、名前の通り一目見て北欧系の美人だ。

 しかし、問題がいくつか有る。


 先ず、彼女は「人間」ではない。

 今から500年ほど昔は、生きた普通の人間だったそうだ。

 それがとある人物に見初められ、その愛人となった。

 だがその人物は、彼女の美しさを永遠の物にしようと思いたち、そしてなんだかよく解らない工程を経て、若さと美しさはそのままに、永遠に動き続ける「人形」にしてしまったそうだ。

 

 こんな眉唾な話、最初は信じられなかった。

 まあそこは当然の流れだ。

 しかし初めて会った時から今までのこと、それにこの世界のことを知ってしまった以上、疑う余地は無くなってしまったのだ。


「主様、どのくらいとはどの単位でしょうか? 日数、時間、秒?」

「―――日数で頼む」


 このようにコミュニケーションがなかなか取りづらい。

 根が真面目なのか融通が効かないのか、受け答えにはやはり人間味がない……これは俺が慣れるべきなのだろうから、敢えて目を瞑る。


「わたくしが主様を発見し、救助した日から起算しますと168日目になります。

 それ以前の情報は有しておりませんので不明です」


 そう言って振り向く彼女、一番の問題はその顔だ。

 つるんとして目も鼻も口も無い、銀色のゆでたまごの様な仮面……なんだろうな、多分。

 磨かれた鏡の様な顔は、耳まで覆われていて、彼女の美貌を台無しにしている。

 彼女と面と向かうと、そこに映るのは変に歪んだ自分の顔しか映らないのだ。


 聞くところによると、人形にされた当初は素顔のまま過ごしていたらしい。

 ある時、彼女を作った人物が、どこかの誰かと賭けをして負けた。

 相手はその代償に彼女を所望し、渋々それを受諾。

 しかし創造主としては、愛してやまない彼女さくひんをただ手放す気にはなれず、引き渡す直前にこの忌々しい仮面を貼り付けたそうだ。

 そうすれば彼女を見た時その目に映るのは、醜く歪んだ己の顔だけだ。

 大抵の男はそんなのを抱く気にはなれないだろう、かく言う俺もそうだ。


「しかしさあ、ウンちゃん。

 ここには本当に一週間とか一ヶ月とかの暦は無いのか? 

 いちいち不便だと思うのだが……それと頼むから俺のことを『主様』と呼ぶのはやめてくれ。

 俺の名は不破圭一郎ふわけいいちろうだと言ってるだろう」


 ウンディーネは俺の質問に対し、数秒間考えていた。

 彼女には心臓が無い。

 代わりに胸の中には「キャニスター」と呼ばれる魂を封じ込めた機械のようなものが入っているそうだ。

 彼女の思考はそのキャニスターで行い、人間の思考速度より通常は十倍以上早い。

 頭のなかに有る脳は、記憶装置としての機能が主体になっていて、パソコンのハードディスクみたいな役割らしい。

 今俺の質問に答え倦ねているのは、適当な答えが見つからないせいだろう。


「回答がまとまりました。先ず主様のおっしゃる「暦」というものは、今から500年ほど前に廃止されております。

 『年』という単位は有りますが、これは今日から82日後に王都から順に鐘の音が聞こえてきますので、それが新年の合図です。

 次に主様のご要望についてですが、お名前が不破圭一郎と云うことは存じております。

 しかしながら、主様に対する呼称で御本名を使用することは不敬と判断されるので承諾いたしかねます。

 それより時々わたくしを『ウンちゃん』と呼称するのをやめていただきたいのですが」


 面倒くさい奴。

 ウンちゃんって親しみ込めて言ってみただけなのに、露骨に嫌な態度とってたよな。

 そんなことより、やっぱ何月とか何曜日とか無いと不便じゃないの?


「この世界では全ての民が、新年の合図により一歳年齢が上がるとされています。

 これは500年、正確には512年前から続く習慣です。

 主様からの情報により、別の世界では暦が存在していることは理解しておりますが、この世界では必要とされておりません」


 この世界では、俺が暮らした平成の日本とは全く違う価値観が働いている。

 先ず、この世界を支配しているのは一人の人間だ。

 そいつは「魔王」と呼ばれている、いや、笑いたいんだけど笑ったら殺されるらしい。

 

 その魔王さんを頂点として、世界中のあちこちに「王」が居る。

 俺の知っている世界地図は、ここでは全く役に立たない。

 世界地図どころか日本地図だってあてにならない、なにせこの日本は500年以上前から二つの国となっているからだ。


 その昔、今から700年ほど前……日本ではまだ鎌倉時代だかそこらへん……だったかな。

 この頃までは、俺の知っている歴史と代わりは無い。

 ユーラシア大陸のほとんどをモンゴルが支配していた時代だ。


 フランスだかイギリスあたりに、突然「魔王」を名乗る男が現れた。

 その男は歴史の表舞台に出た途端、数ヶ月でヨーロッパのほとんどを支配下に治めた。

 そしてそのままモンゴル帝国を、あろうことか滅ぼしてしまったそうだ。


 初代皇帝のチンギス・ハーンを殺してしまったのだから、フビライ・ハーンの時代も無い。

 それどころか世界中で、その後有力な国が興っていない。

 つまり、その時点で世界のほとんどが魔王の支配下に収まってしまったのだ。


 魔王魔王と言っても、本人が魔王を名乗っていたわけでは無い。

 後の治世により、そう呼ばれるようになっただけだ。


 魔王の本名を知っている者は少ない。

 ここらの一般庶民はもとより歴史を記した本にも載っていないので、当然俺にもわからない。

 それにそんな昔のことなんかどうでもいい。

 今現在、この世界は12の国に分かれていて、それぞれを「王」が統治し、それを細かく分けた領地を「領主」が治めている。

 この元日本は、東半分が「ヤマト」西半分が「イズモ」で、それぞれ王が居る。

 俺達が今住んでいるこの場所は、ヤマト国のヘストン領……ひでえネーミングセンスだが、領主の名前がハルティニア・ヘストン公爵だからだそうだ。

 因みにこの村の名はスワ村。

 ここは元の地名だと長野県の諏訪湖近くだと思われる。

 しかし激しくどうでもいい。


 肝心な王都、つまりこのヤマト国の首都は、東京ではなく茨木あたりになっている。

 まあ徳川幕府が無かったのだから、江戸は開拓されなかった。

 そんな訳で関東はあまり栄えていないのだろう。


 王様はエドワードと言うらしい、詳しくは知らない。

 名前からして欧米人……いや、この世界にアメリカって国は無いのだから、欧人か。


 世界に居る12人の王とは、魔王が旗揚げした当時から臣下として付き従い、その力を分け与えられた者たちだそうだ。

 何百年もその一族が牛耳っているのかと驚いたのだが、実はそうでは無かった。

 なんと皆さんご存命だそうだ。

 もちろんソッチのほうが驚いた。


「王たちは、わたくしと同じキャニスターを所持しています。

 それが魔王から与えられた力の源です」

「キャニスターって、結局何なわけ? 名前から察するに『容器』みたいだけど」

「キャニスターは、魔王が所持していた魔道具です。

 簡単に説明しますと魂を集め、それをエネルギーとして様々な力を発生させる事ができます、不老長寿もそのためです。

 そして、それ自体が強力な武器でも有ります。

 念じるだけで、相手の命を奪うことも可能です。

 殺された相手の魂は、そのキャニスターに吸収されます。

 魔王はかつて、一度に数十万人の魂を集めたと聞き及んでいます」


 それはこの前聞いた、モンゴル帝国滅亡の話だろう。

 確かヨーロッパを牛耳った魔王は、そのままチンギス・ハーン率いるモンゴル帝国に宣戦布告、ゴビ砂漠にて決戦を挑んだ。

 モンゴル軍は数十万の大軍勢で迎え討とうしていた。

 いざ決戦の時、慣れない灼熱の砂漠に現れた魔王率いるヨーロッパの軍勢と、対峙するはチンギス・ハーン率いる数十万のモンゴル騎馬軍団、モンゴルに負ける要素など皆無と思われた戦いは、一瞬にして決着!

 灼熱の砂漠が、魔王の大魔法により極寒のシベリアへと変化したそうだ。

 結果、数十万のモンゴル兵は戦う間も無く全員凍死。

 当時世界最強で、正史なら世界の半分を手中に収めるモンゴル帝国は、実にあっさりと滅亡してしまった。

 デタラメにも程がある話だが、この世界での歴史はそうなっている。


 他にも色々な国や王朝を、短期間で蹂躙して回ったおかげで、一時は世界の人口が半分ほどに減ったとか?

 

 で、ウンディーネが言うには、それらの功績を評価された王達は、そのキャニスターの複製品と膨大な領地を下賜されて現在に至るってことだ。

 

 今現在、この世界で国が有るのはユーラシア大陸に5つ、アフリカ大陸に2つ、アメリカ大陸に3つ、日本に2つ。

 ヨーロッパ全域は魔王の直轄領だ。

 何で日本が2つに分けられているのかと云うと、当時それぞれの国の人口はかなり少なかったらしい。

 そんな中で日本は比較的安定しており、それなりに人口もバランスよく分布していて、尚且つ魔王領とも離れている。

 少なくとも安定した収入と、おっかない支配者の目も届きにくい。

 そんなわけで競争率が高かったらしいが、エドワードさんともう一人、アレクセイさんが勝ち取ったそうだ。

 アレクセイってロシア系じゃないの? いいじゃんユーラシア大陸に居れば!


 まあ、それは置いておこう。


 現在は、西暦で表すと俺が居た元の世界とほぼ同じだ。

 しかしここの生活様式は、ネットもなければ携帯も繋がらない。

 まるで中世や時代劇のような感覚……。

 そんな次元じゃない。

 電気もなければ車も走ってないし、道も舗装されてないし水道もない。

 燃料は薪か炭、お金は有るけどほとんどは物々交換で賄われているし、しかも貨幣だ。

 娯楽なんて庶民には全く無縁、現代人にとっては泣きたくなるほど退屈な環境。

 

 魔王が世界を支配してこの方、大きな戦争など起きていない。

 だから武器や道具は刀剣・弓・槍があたりまえ。

 だからそれに伴う技術ってものが進歩しようがないし必要もない。

 そんな流れで産業革命も興っていないから、人々の暮らしは昔のままなのだ。

 そして宗教も認められていない。


 土着の信仰程度ならお目こぼしされるのだが、教会や寺社仏閣は破壊しつくされて跡形も無い。

 過去に何度か大きな宗教団体が神の名の下に反抗したらしいが、結果はお察しの通りだ。


 つまりこの世界の人民は、全て「王」達の奴隷でしか無いのだ。

 

 この世界に来て、ここが冗談ではなく異なる進化を遂げた世界だと理解し、この数ヶ月色々と見聞きして慣れたつもりだ。

 しかし絶対的な支配を受けているとはいえ、傍目には人々の暮らしは平和そのものに見える。

 もし、平成の日本でいきなりここまで時代が逆行すれば、国民の大半は気が狂うだろう。

 彼らは何百年もこんな暮らしをしてきたせいか、現状に疑問すら抱かないようだ。

 

 この国……と言ってもまだこの村しか知らないが、ここでの仕事といえば、多くは農業だ。

 山に入って薪を集めたり、もちろん狩りや魚を獲ったりする仕事もある。

 家畜も居るし、商人も居る。

 そんな中、俺の仕事は事もあろうに医者だ。


 ここで医者をするのに国家資格など必要ない。

 薬草の知識や簡単な病気の診断が出来るだけで、だれでも医者を名乗る事が出来る。


 因みに俺は、元の世界ではしがない貧乏学生っだったのだが、決して医学生ではない。

 この知識は、俺を助けてくれた恩人から譲り受けたものなのだ。


 そもそも何故、俺がこの「異世界」に居るのか。

 話は半年前まで遡る。

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