動き出した王太子13

 アーシュは店員に皿とフォークを返して再び歩き出した。メイリーアはわけも分からずにそのあとをついていく羽目になる。一体彼は何がしたいのだろうか。目的がさっぱり見えないままメイリーアは彼の後に続いた。

 歩くこと数分。今度は大通りから一つ横にそれた小道にある店である。角を曲がった辺りから菓子が焼きあがる特有のいい香りがしてきた。焼きあがり特有の香ばしいにおいも大好きなのだ。これはグランヒール菓子店巡りをしている最中で発見したことの一つだった。

「今度もお菓子のお店なのかしら」

「ああ。次は焼き菓子だな。出来たてのクッキーを置いているんだけど、これは難しいよな、やっぱり」

 最後の一言は自身に向けたものだったのか一人悩むように腕を組んだ。にぎわいのある通りから一つそれ、お世辞にも立地はいいように見えないのに今度の店も客が数人列をなしていた。比較的大ぶりな焼き菓子、クッキーが飛ぶように売れていく。ミッテ河に近いせいもあるのだろう。客層も下町特有の身なり意外に少し裕福そうな夫人や少女の姿もあった。

「アーシュじゃないか。その後調子はどうだい」

 軒先で品物を売っているおかみがアーシュの姿を確認して話しかけてきた。

「ぼちぼちかな。今色々と見て回ってるんだ。店にいるだけじゃ煮詰まっちまうから」

 そう挨拶を交わしてアーシュは一つクッキーを買って店を後にした。

 てのひらくらいの大きさのクッキーを半分に割った状態でメイリーアは受け取った。ひとつだと食べ応えがありそうだ。まだ暖かいクッキーはしっとりとしていて中に入っている砂糖菓子が少しだけ溶け出しているのが絶妙なアクセントになっている。

「うまいか?」

「ええ、美味しいわ。出来たてのクッキーを食べたのは初めてよ」

 メイリーアは笑顔で答えた。独特の食感がくせになりそうだ。今度ぜひともルイーシャも連れてこなければ、メイリーアは心に誓った。

 メイリーアの答えを聞いてアーシュも一緒に笑った。二人して歩きながらお菓子を食べているなんて、メイリーアはおかしな気持ちになった。初対面のあのときからは想像もできないことである。

「そりゃそうだろうな」

「ねえ、さっきからどうしてわたしにお菓子ばかり食べさせるの?」

 メイリーアは疑問に思ってアーシュに尋ねた。

「どうせなら作り立ての屋台でもやってやろうかと思って。一人より二人で食べ歩いた方がいいだろ。それでこういうのが好きそうなメイリーアに色々と食べさせて感想と意見を貰おうと思ったってわけだ」

 アーシュの答えにメイリーアは合点がいった。同時に嬉しくもあった。口では嫌そうなそぶりをしながらもちゃんと考えているのだ。それはさきほどの『空色』での言動でも分かってはいたけれど、こうして行動に移すさまを間近で見れば俄然に胸が高鳴った。

「そうなのね。分かったわ、わたしでよければなんでも聞いてちょうだい」

 やる気をみせるメイリーアにアーシュはくすりと笑った。

「じゃあ次の店だな。今度はミッテ河沿いにあるんだ。レピュード広場のすぐ隣だ」

 レピュード広場はいつもメイリーアが辻馬車を捕まえる広場である。トーリス地区に隣接する広場で馬車は基本この広場までしか入ってこられないのだ。

 アーシュの案内でいくつか道を曲がってたどり着いたのはレピュード広場の脇にある店だった。小さい店なのに大分繁盛しているのかここの列は先ほどの二軒よりも長かった。

「すごい並んでいるのね。まるで『小鳥屋』のようだわ」

 メイリーアはお気に入りの菓子店の名前をあげた。そもそもアーシュの店で働くきっかけになったのは『小鳥屋』に並んで菓子を食べるために宮殿を抜け出したせいでもある。

「へえ、あそこか。確かに『小鳥屋』はうまいな。ちなみにここは卵タルト専門店なんだ」

「卵タルト?なあにそれ」

 初めて聞く名前にメイリーアは首をかしげた。

「元はカスティレート国発祥の菓子なんだ。店主はカスティレートからの移民で二年前にここ店を出して、瞬く間に評判になったんだ」

 トリステリア南に隣接する国からの移民でもある店主はこちらに移住して稼いだ金を元手に小さいながらも店をだしたそうで、最初は物珍しさも手伝ってちらほら店を訪れた客らの評判が評判を呼び開店から一年もしないうちに人気店の一つにのし上がったらしい。菓子店組合には所属をしているものの会合の出席率はあまり良くないらしく「お菓子の祭典」開催決定の会議初回の時も不参加だったとのことだ。

「ふうん、そうなの。早く食べてみたいわ」

 メイリーアはわくわくしながら列の最後尾についた。お菓子を食べるためならこのくらいの労力なんてことない。最後に待ちうけているのは待ちに待ったおかしなのだから。

「それでアーシュはこういった暖かい出来たてのお菓子を当日提供したいって考えているのね」

「まあな。どこも横並びで焼き菓子とかケーキじゃ面白くないだろ。どこか一つか二つくらい間近でつくっているところから見られる屋台があってもいいと思うんだ」

「それとっても楽しそうだわ!」

「だろう?」

 メイリーアは喜色を浮かべた。聞いただけも面白そうだし個性的な屋台があると会場も盛り上がるだろう。メイリーアの方も今度会議に参加したら作りたて屋台を推薦しようと頭の中に記した。

「へえ、おまえそんな子供だましみたいなことを考えていたのか」

 突然降ってわいた言葉にメイリーアは驚いて後ろを振り返った。アーシュたちの並んでいるよりもすこし後ろの方ににやにやと笑みを浮かべた男性が立っていた。金色の髪の毛をしたアーシュと同じ年頃の男性である。

 彼を目視するなりアーシュの顔がゆがんた。どうやらいい印象を持っていないようだ。

「ライデンじゃねえか。こんなところでなにしてんだ。おまえこういう庶民の食い物きらいなんだろう」

 声をかけてきた男はライデンという名前らしい。メイリーアはアーシュの後ろに少しだけ体をずらしながらこっそりと観察をした。なんとなくライデンという名の男の態度が、宮殿で出会うような威張り散らした貴族の男性と通じるようなところがあって嫌だったのだ。背はアーシュの方が少し高いくらいだが、うっとうしい前髪のアーシュとは反対に短めに揃えられた頭髪をしていた。着ている外套もあまりくたびれた様子がなかった。どういう関係の人だろう、アーシュのこのあからさまに嫌そうな反応を見るに良好な人間関係ではなさそうだ。

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