脱走王女と菓子職人4

「ええと…。どうしたんです?お客様ですか」

「なわけあるか」

 フリッツの問いかけにアーシュは仏頂面で答えた。眉間のしわは深く、瞳は限りなく細められており犯罪者かというような形相である。

 こじんまりとした店である。人が四人も入れば売り場はほぼ満員だ。間口も狭ければ店舗も小さい。店舗で話すにはいささか窮屈で、アーシュはそのまま連れてきた二人をカウンター奥の厨房の方へと連れて行った。

 幸いにも今日の作業はほぼ終わっている。明日の仕込みはもう少し遅い時間から始めるので厨房はがらんとしていた。

 先ほどから物珍しそうにきょろきょろと店内を眺めていた少女とは裏腹に後ろからついてきた少女の方は明らかにおびえた表情でおどおどしながら跡をついてきた。

 フリッツは適当に見つくろってきた椅子をメイリーアとルイーシャの前に差し出し、ついでに湯を沸かしてお茶を入れた。

「客じゃないんだからそんなことしなくていいっ!つーかこいつらに出す茶なんてねーよ」

「いやぁあ、でも師匠。ご婦人を前にして何もしないというのも…あれですし」

「だからこいつらは客じゃねぇっ!」

 そう叫んでアーシュは手近な作業台に自身の拳を叩きつけた。その動作にメイリーアも少しだけ息をのみ、ルイーシャはヒッと息をのんだ。

「はいはい。まあ師匠も落ち着いて」

 フリッツはそんなアーシュの様子に別段気を払う様子もなく慣れた手つきで湯を沸かして人数分のお茶を沸かした。

「それで、何があったんですか。そんな顔だけされてても分かりません」

 フリッツのその一言を皮切りにアーシュはつい今しがた起こった出来事を大分彼自身の私情を交えながらフリッツに説明をした。

 初耳だったルイーシャは顔を真っ青していて、メイリーアは居心地悪そうに時折ルイーシャの様子を窺っていた。

「はいはい。ではこちらのお嬢さんが師匠の作った商品を台無しにした挙句、某店舗の半地下階段に連れ込んだ、と。そういうことですね」

「申し訳ございませんっ!」

 フリッツの言葉に真っ先に反応したのはルイーシャで、涙目で体を目一杯折り曲げて謝罪をした。

「わ、私だって悪かったと思っているわ。お菓子台無しにしちゃったし…」

 と、続いてメイリーアも謝った。

「だから、その…。弁償させていただくわ。あいにくと今持ちあわせがそんなにもないから後日家の者にでも届けさせるし。きちんとお支払いします」

 メイリーアに悪気はなかった。彼女はきちんと自分の非を認めたし、確かに走ってぶつかって彼の持っていたお菓子をダメにしたのは自分だと認識もちゃんと持ち合わせていた。

だから後日改めて謝罪しようと思い、申し出た。

「ほほう、自分の非を他人に始末つけさせようって気か」

「他人じゃないわよ。ちゃんと家の者っていいました。家の者って」

「けっ。これだからお嬢様っていうのは嫌だね。結局はこの場限りで後の始末は屋敷の人間にでもやらせようってことだろ。この謝罪だってどこまで本気かどうか」

「そ、そんなことないわよっ!私は今謝ったじゃない。後日お金を持ってくるくらい別の者だっていいでしょう」

「そ、そうです。なんでしたら私が届けますから」

 二人の会話が次第に熱を増し口をはさむ隙を与えなかったが、自体の雲行きを察したのかルイーシャがやや強引に会話に割って入った。

 アーシュはメイリーアよりも背の低い少女を見降ろした。小麦色をした髪の毛を頭の後ろで一つに編んだ、メイリーアよりも少しばかり幼い印象の少女だ。毎日このお転婆に振り回されているに違いない。

「つーか最初っからこのちっこいのに届けさせる気満々だったんじゃないか」

 ぼそりとアーシュが呟いた。お嬢様なら侍女など使い捨ても同然にこき使うだろ、とその目が語っていた。

「まあまあ師匠も。良家のお嬢さんが頻繁にこんな下町まで来られるわけもないですし。その流れは別段不自然でもないでしょう。こうして素直に謝ってくれただけでも奇跡ですよ」

 フリッツが世間のお嬢様をかばっているのかけなしているのかわからないような言葉を挟んだ。そういえば、フリッツの言葉にアーシュもそのことに今気がついた。そもそもなぜにこんな身なりの良い娘が下町をうろついているのだ。本人たちには自覚はないだろうが、居住まいや話し方の癖などがこのあたりの街娘のそれとはまるで違うのだ。アーシュ自身『空色』を構えて三年ほどになるが、この界隈で上流階級の人間を見かけることはまれであった。うんと極まれに目にすることはあってもそれは紳士だったし、ましてや女性などは皆無であった。

 アーシュは疑問を解決するべく口を開いた。

「そういや、おまえなんでこんな下町で走り回っていたんだ?」

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